監督の名前を教える
一番後ろの車両に私は乗り込んだ。間もなく発車し、ドアのところに立っていると、ひとりの若い人物が話しかけてきた。当たり障りのない会話を装っていたが、どうやら仲間の一人のようだった。私たちは秘密裡に改革を目指しているのだった。そこへ、車掌がやってきて私たちに話しかけた。
「切符を拝見します」
私はハッとした。なにやらこちらを見据える眼光が尋常のものではないような気がしたからだ。もしかしたら反動派のスパイで、私たちの様子を見張っていたのかもしれない。
そのとき次の駅に着いた。おかしなことだ。車掌は駅に停車するときに検札を行ったりしない。これは間違いないと思ったので、私は手動式の鉄扉を開けて、車掌を押し出した。相棒が素早くドアを閉めて、車掌を乗れないようにした。そのまま列車は出発した。
ぐんぐんスピードを上げる車窓から外を眺めていると、列車と並行して走っている姿が目にとまった。最初さっきのニセ車掌が追いかけてくるのかと思ったが、違った。よく見るとテレビのヒーローのコスプレをしているのだった。そのヒーローは本来は空を飛べるはずなのだけれど、そうはせず、ひたすら走るばかりで、やがて見えなくなってしまった。
私たちは人気のない車両をいくつか通り抜けて、一番前の車両にやってきた。そこは学校の教室のような感じで、机や椅子が並べられて、そこに何人もの人物が座ったり立ったりしていた。議長の席に座っているのは、背の低い有名な漫才師だった。
「あれ、野村さんは」
その司会者が叫んだ。
「えっと、野村さんの名前はなんだっけ? ショーヤだっけ」
「克也だよ」と私が叫んだ。
「野村監督の名前も知らないで何をやってるんだ」
「そうだね。だめだね。じゃあ、辞めます」
「辞めるって、何を辞めるんだ? 議長を辞めるのか、漫才師を辞めるのか、人生を辞めるのか」
「そうだそうだ、死んでしまえ」
評議員の面々が口々に大声を出して、議場は紛糾するのだった。
初めて固有名詞を書いてしまった。まあでも野村監督は有名人というよりも歴史上の人物だし、記号のようなものだからいいか。話題に上るだけで登場するわけでもないし。




