船の名前をつける
サンフランシスコ丸ならいいのだけれど、ロスアンジールス丸ではダメなのだという。船の名前は、清音だけでなくてはならず、濁音が混じっていてはいけないらしい。しかし、と私は考えた、どちらにしても母音は有声音だし、サンフランシスコのラの音も有声音である。そのあたりはどうなのだろうか。
そんなことを考えながら、漆喰の壁に挟まれた狭い木の階段を下りていくと、ピンポンとドアチャイムの音がした。私が玄関に出てガラスの引き戸を開けると、そこにいたのは宅配業者の制服を着た中年の人物だった。
「どこに置きましょうか」
「とりあえずここに」
私は一畳ほどの広さの三和土を指し示した。宅配業者はゴルフバッグほどの大きさの直方体の箱を抱えていた。それを、靴箱の前に置くと、伝票を見せた。
「サインでもいいですか」
宅配業者はポケットからボールペンを取り出した。
箱はボール紙で出来ていたけれど、ところどころ破れて中身が覗いていた。隙間から見ると、プラスチックのケースにディスクが入っていて、CDかDVDか何かのようだった。私たちはその箱を、玄関のすぐ脇にある四畳ほどの和室に運び込んだ。そのままそこでうだうだしていると、親がやってきて私に声をかけた。
「そのギターはどうするの」
その部屋は物置のようになっていて、古いものから新しいものまで雑多に置かれていた。その片隅にギターケースが立てかけられていた。それは私のギターだった。部屋の中を見渡すと、畳の上にはケースに入っていないギターもあった。古びたクラシックギターで、ビニール弦が切れ垂れ下がっていた。私が高校生の頃に弾いていたもののようだった。そう思って、ギターケースの方を見ると、そこにあるのも大学生のころに使っていた、安物のフォークギターのようだった。革を模したボール紙製のケースの取っ手を持って持ち上げると、確かに中身は入っているようだった。私はそれを持って、二階の自室に戻った。
襖に囲まれた八畳ほどの洋間だった。階段から上がって入ったすぐの壁に、最新式のステレオセットが置かれていた。中くらいの大きさのスピーカに、CDプレイヤとFMチューナがあった。その手前にボール箱が置かれていて、その中には古いLPレコードが数十枚入っていた。このステレオではかけられないと思い、さっきの階下の部屋にレコードプレイヤもあったような気がしたので、そっちに持っていこうかと考えた。しかし、部屋の奥に子供のころ使っていた、レコードプレイヤがあるのが見えたので、ここでいいのだと思った。古い大きなスピーカも横だおしになっていた。さらに、左側の棚の上には学生時代に使っていたミニコンポのシルバー色が見えた。
私はそちらの端に近づき、襖を開けた。豪華な金色の絵を書いた襖だった。その襖は奥の部屋に引っ込む形で押し込まれた。隣の部屋と共用になっているようだった。襖を一枚開けたらまた別の襖があり、そこを開くと四畳半ほどの和室で、布団が敷きっぱなしになっていた。布団の上には、栄養ドリンクや菓子袋の入った箱が所狭しと置いてあった。食べかけなどではなく、備蓄品のような感じだった。ふと思いついて、枕のところで横たわり、背筋の体操をしてみた。それが終わって起き上がると、腕が何かでベタベタしている。見るとポカリスウェットの二リットルのペットボトルが半開きになって倒れていた。