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猫を拾う

 いつもは開けないサッシの左側のガラス戸が開いていて、そこから猫が外へ出ていく後ろ姿が見えた。これはまずいと思って追いかけて行くと、そこには子供が一人いて、猫たちと遊んでいた。ああ、これなら簡単に逃げられることもあるまい、と考えて周りを見渡したら、十坪ほどの裏庭全体を、防球網のようなネットで立方体に覆ってあったのだ。

 猫はひょこひょこと歩いて、弟分の毛の長い猫と喧嘩のような遊びのようなことを始めていた。柄は同じような雉模様だった。五年くらい前に、出かけたきり帰ってきていなかった。それ以外にも猫たちはたくさんいて、白っぽいうすくブチのある大柄な猫がのっそり歩いていたが、その猫の背中から尻尾の付け根にかけて広く毛が抜けていた。皮膚病なのだろうか。あとは様々な模様をした小さな猫たちが、わりとネットの近くに十匹以上もこもこと揺れていた。

 ネットに隙間もないではなく、そこから入ってくる猫たちもいたし、うちに猫がいることを知った人々が、猫を庭に捨てていくのだった。

 子供はその中ほどに座って、頭陀袋のようなものを抱えていた。袋の口の紐をほどくと、中には猫が入っていたが、動かないし、血のようなものも見えた。私はしゃがみこんで、その袋の上から猫を触ったけれど、冷たかった。死んでいるのだった。 

 部屋に戻ると、歳上のいとこが来ていた。旅行帰りらしく、スーツケースを置き、コートをとって、質素なダイニングテーブルの椅子に座った。 

「これなんだかわかる?」

 いとこは、みつ折にされた紙片を私に渡して尋ねた。

 受け取って開いてみると、なにかの明細書のようだった。

「ああ、これはあれだよ。何年か前に頼んだことがあったじゃないか。私はクレジットカードを持っていないから、代わりに買ってくれって言って」

「そんなことあったっけ。覚えてないわ」

 いとこはそんなことを言うけれど、私はよく覚えている。旅先のハリボテのような電話ボックスの中で、緑色の電話機を通して話をしたことも。そこにいたのは私だったかいとこだったか。

 いつの間にか猫たちは部屋の中に戻ってきて、あちこちで寝転んだり、楕円形の陶器の食器からご飯を食べたりしていた。サッシの方を見ると、私の子供はいなくなっていた。代わりに隣の子供がしゃがみこんで、こちらを覗き込んでいた。さらにその横に、その子供の親だと思われる大人がやはりしょぼくれた顔でしゃがみこんでいた。いつもそうやって猫を見に来るのだった。それなのに、嬉しそうな顔をするわけでもなく、幽霊のようだった。

「こんにちは」と、私と目が合うと挨拶をしてきた。

「死んだ猫は、埋めましたよ」

「庭にですか」

「いいえ、その向こうの畑の隅に」

「そうですか」

「たくさんいますね」

 私は出かけて、電車に乗ってターミナル駅にやってきた。私鉄のターミナルで、複数の路線が南から集まってくるため、横に長くいくつものプラットフォームが並んでいた。ここからほかの鉄道に乗り換えるためには、一旦建物の外に出て、地下道か歩道橋を渡る必要があった。大きなショッピングモールができていたが、私はまだ行ったことがなかった。

 大きな荷物が運ばれてきた。石炭袋のようなものの中に、目一杯詰め込まれたものを、制服の駅員が肩に担いで、改札の横の通用口から中に入ってきた。そこから台車に乗せ、線路の脇のスロープを通って、下の道路に下ろそうとしていた。

「よろしくお願いします」

 駅員たちの傍らに駆け寄って挨拶をしたのは、さっきの歳上のいとこだった。私は一旦知らんふりをして通り過ぎ、電車に乗りこもうとしていたのだけれど、慌てて駆け戻り、彼らに参加することにした。

「まあ、気後れするのはわかりますけどね」と、駅員の一人が言った。有名なコメディ俳優に似ていた。

 袋は蠢いていて、中には生きた子猫が何匹も入っているのだろうとわかった。

 横幅の狭い舗装道路の反対側に小さな小屋があり、そこに荷物は運び込まれた。私たちがついていくと、さっきのコメディ俳優に似た駅員が案内をして、私たちをコクピットのような狭い部屋に連れて行った。私は操縦席のような椅子に座って、正面の壁にならんだモニターを眺めた。それらの一つがついて、中に有名予備校講師が現われた。

「こういう問題を考えているんですけど、小学生たちがみんな退屈そうにするんですよ」

 問題をひととおり見て思ったのは、やけに簡単だなということだった。

「簡単すぎるのよ」と、いとこが指摘した。

「でも、これは、理論に則ってしっかりと考えられたもので」

「それでも、もう少し難しくしないと面白くないのね」

 その横のモニターがついて、そこにダンボールの箱が映し出された。

「謎解きをして、新しいものを作りなさい」というテロップが流れた。

 私は少し考え始めてから、見覚えがあることに気づいた。

「バンチくんじゃないか」

 そうだった。そのボール箱は、バンチくんという名前のロボットになるはずだった。

「いや、そうではないんです」と、有名予備校講師が言った。

「いや、でもバンチくんだよ」

 私たちは譲らなかった。有名予備校講師は困ったような顔で私たちを見つめていた。

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