アライグマが脱走する
最初の数学の授業だった。私は黒板の前に立ってチョークを持ち、生徒たちの方を向き直った。授業時間は始まっていたけれど、まだ席についていない生徒もたくさんいて、ほとんど準備が出来ていなかった。しかしそれよりも、私の視界は真っ白で、モノがよく見えない状態だった。
どうしたことかと考えてみれば、チョークの粉が舞い上がって、教室の前の方一帯がモヤがかかったような状態になっていたのだ。とりあえず換気扇を入れようと思い、黒板の横の壁にあるスウィッチをカチカチと上げ下げしてみたけれど、どちらがオンでどちらがオフかもわからない。作動音がしないのだ。入っているような気もするなあと思いながら見上げたら、換気扇の吸い込み口の正方形のカヴァーが埃だらけで、これは無理だなという感じだった。
私は廊下に出て、隣の教室の前の廊下を通りがかりに、窓の下のバーに乾かしてある雑巾のうち、黒っぽいものを一枚手にとって、その向こうのトイレの手洗い所で、雑巾を洗うことにした。そこも全く掃除が行き届いている感じではなかったけれど、バケツ口用の水道の蛇口をひねって、バシャバシャし、絞ってから教室に戻った。
窓を開けて風を通したので、少しはマシな状態になっていた。私は雑巾で天井を拭くことにした。ついでに黒板も雑巾でふこうか考えたけれど、書けなくなって困るかも知れないと、思い直した。
猫の声で目を覚ました。
枕元を見ると、大きなアライグマが、後ろ足で立ち、私の寝ている和室の戸口から隣の部屋の方を見ていた。その足元を猫がウロウロしながら、アライグマに目配せを送っていた。
「ほら、ちょうどいいぞ、いまだ」という感じで。
あっと思った私は起き上がり、隣の部屋に向かって声をかけた。
「猫が行くよ!」
見ると、同居人が、ベランダの手前でサッシを開け放ち、布団を干して戻ってくるところだった。
「カーテンしておいてもダメかな」
「ダメだよ。鍵をかけてないとサッシも開けるんだから」
ああ、これも夢だな。うちには私と猫しかいない。アライグマも飼っていないし、同居人もいない。