落ちていく
自分の部屋に戻ろうとして、階段を歩いていると誰かが話しかけてきた。夜遅いというのに、まだ多くの学生たちが行き来している。幅の広い大理石の階段の、踊り場で曲がったところだった。
「また後で戻ってくるんだね」と、その学友が言う。
「そうだね」
私は生返事をしながら考えている。長い学生生活が今夜で終わるのだった。寮の部屋も出なくてはならない。そのことにほとんどなんの感慨も覚えていないことに気がついた。そういえば先ほどの事件もそうだ。誰かがプールに飛び込んだ。
「まだまだ飛び込みそうだね」と、学友はその話題を話す。
プールに飛び込んだ者は救急車で運ばれたんだろうか。生きているんだろうか、死んだのだろうか。見てもいないのにその青白い顔が脳裏に現れる。それは知り合いの誰にも似ていないのに、なんだか身近の人のような気がしてならない。あるいは私自身であるのかもしれない。
案の定という具合に、ホールの方で歓声が上がる。
私たちは階段を上っていたのだろうか、降りていたのだろうか。ともかく教室の連なる廊下にたどり着いて、私はその一時的な連れと別れる。
「じゃあまたあとで」
「ああ」
ようやく私の気のなさに勘づいたように、確かめてくる。
「来るんだろう? 最後の夜なんだから」
みんなオールナイトで騒ぐのだ。
「もちろん」と言って、微笑んでみせた。
私は廊下を歩いていく。今になって懐かしさがこみ上げてくる。教室の中から悪巧みの声が聞こえてくる。
窓にかかっていたシーツのような白いカーテンが、廊下の端に積み上がられている。私はそれを一枚失敬して、幽霊のように頭からかぶって全身を覆った。そして窓を開け、飛び降りた。
いつものことだから、地面に降りる衝撃は大したことがなかった。それよりも、その音が、悪い連中に聞こえたようだった。彼らの声がする。
「おいなんだ」
「誰かが聴いていたのか」
「窓が開いている」
「さがせ」
私は手入れの悪い芝生の庭を転ぶように進み、金網を飛び越えて公道に出ようとする。しかし綻んだ針金に、カーテンがひっかかってまとわりつき、動きを止められてしまった。それでもなんとか抜け出したけれど、靴を取られて裸足で砂利の上におり立つ羽目になった。まあでも、いつものコースなんだから大丈夫だ。近くの駐輪場に行って、止めてある小型オートバイにまたがった。
私はスターターを蹴って、夜の闇の中に繰り出した。目の前の坂道だけが、かろうじてヘッドライトに照らされている。そのまま下へ下へ進んでいて、どこまで落ちていくのか分からない。