編集会議をする
真新しい建物の中に入ってから、私は自分があまりにもラフな格好をしていることに気づいた。なんなら下着姿といってもいいくらいで、Tシャツに短パンという服装だった。それでも堂々と、ロッカールームにやってきて、自分のロッカーがどれか探していたら、友人の一人がやってきて場所を教えてくれた。
「君のはあっちの列だよ。あっちの列のここと同じところだ」
そのとおりに、奥のロッカーの塊にところに行って探したらすぐに見つかった。鍵が心配だったけれど、指紋認証になっていてガチャリと開けることができた。中を見ると、スーツがかかっていて、これを着ればいいのだと思った。
私が入っていくと、作業が始まったところのようだった。狭い会議室のような部屋の、中央にスチールの作業デスクが並べられている。周りには、不揃いの折りたたみの会議椅子や事務椅子などがバラバラとあり、数名の後輩たちが集まっている。私は部屋の隅っこにあった、古い鼠色の事務椅子の背もたれを持ち、車輪をきしませて引きずり、デスクの正面に座った。
「原稿はもう揃ったの」
「そうですね」
「まだ読んでないから、これから目を通すよ」
私は机の上に散らばるように置かれた書類の束を整理し始めた。封筒に入っているものを出し、角を揃えた。そのままではバラバラになりそうだったので、ホチキスで止めることにした。ホチキスも相当古いもので、錆が浮いている。止めようとしたら、針が入っていなかったので、その箱を探した。すぐに書類の山の脇に見つかって、補充をし、止めていった。
最初のは、私が書いた原稿だった。今回の原稿をめくっていって枚数を確認したら、そのあと数枚の空白があり、その後ろに、大きさの違う用紙で三枚ほど何かが書かれていた。ヒーローもののようなタイトルとサブタイトルが書かれた台本のようだった。書いた覚えはあったけれど、中身はよく覚えていなかった。登場人物リストのあと、話は始まったところで中途になっていた。続きは書けそうにないなと思ったから、捨てることにして、とりあえず自分のカバンにしまった。
「これは誰の書いたの」ミステリのようなタイトルの原稿だった。
後輩の一人が名前を言った。ああそうだった。これはあの後輩のペンネームだった。いまは来ていない。いくつかの原稿を手にとって、ホチキスで束ねていった。分厚くて止まらない原稿があったけれど、それは揃えるだけにして、経理担当の後輩に渡した。
「今回はきみが編集委員をやるんだろう」
「ちょっと自信がないんですけど。あんなこともあったし」
暴漢が学内に入ってきたときのことを言ってるのだろう。
「大丈夫だよ。編集委員は本を作るまでが仕事で、運営責任者の仕事がちゃんと現場を終わらせることだから」
別の大きな原稿の束が二つあった。片方はきっちり紐で綴じられていて、めくってみるとワープロで整然と打たれており、そのまま使えそうだった。
「これはだれの」
「ああ、あのひとのです」と、後輩の一人が、ひらがな五文字の有名なマンガ家の名前を言った。
どうしてだったか、なにかのときに意気投合して、会誌に原稿を寄稿するような話になっていたのだけれど、こんなに大部のものを送ってくるとは思わないでいた。全部載せられるだろうか、と少し危惧したけれど口には出さなかった。
「これはこのままで良さそうだね。そっちのは」
もうひとつの束を手に取ると、やはり同じマンガ家のもので、始めの数枚は、やはりワープロで打たれた短い文章で、あるいは私たち宛ての手紙かもしれなかった。その中の束は、フライヤーの同じものが何十枚もあった。音楽と歌舞伎を重ね合わせた舞台のもので、あのマンガ家が台本を書いたのだったろうか。
「そしたらこれ以外は手書きで清書していこうか」
経理担当の後輩が困ったような顔をして「FAX用紙は私が持っています」
「あ、じゃあお願い」
「でも数枚しかありません」
「え、そうだっけ」
部屋の奥の押し入れのような部分にいろんな道具や書類が積んである。そこにあったような気がしたので、プラスチックの透明な引き出しをいくつか引っ張り出してみたけれど、なかった。
「じゃあ買ってきてよ」
「お金がかかります」
「自分で出さなくていいよ。部費があるじゃないか」
「まだ集めてません」
「それじゃなくて、学校からの援助費があるじゃないか」
簡単な手続きで引き出せるはずだった。前の年は私がその係りをやっていたのだ。