平和を守る
友人でもある君主は、年齢はそれほど若くはなかったが顔立ちは美形で、アイドルのようだった。着ているものも、そんなに飾らない単色のシャツにスラックスだったけれど、生地や仕立てに高級感があった。私の部屋は、六畳ほどのワンルームで、部屋の左側面はステレオなどのAV機器で占められていた。正面にはテレビ画面があり、右側の側面にはベッドがあった。君主は気さくな感じでそこに座り、爽やかな笑顔を見せた。
「七時半になったら切り替えて、ヘッドフォンで聴くようにしたらいいよね」
このあと、夕方から君主と婚約者と一緒にこの部屋でヴィデオを見るという約束だったのだ。しかし私は、毎週聞いているラジオがあったので、その間ふたりは私の邪魔をしたくないという意味だった。どうしてそんなことを知っているのかと思ったけれど、さっき機器を触って予約の確認をしたときに気づいたのに違いない。
「それにしても、ここは映画館みたいだねえ」
「スクリーンもあるしね」
ベランダに続く窓際に、白いスクリーンが半ば巻き上がった状態でぶら下がっていた。
「日曜日には、あのふたりと、その先輩も来るんだろう」
「うん、そうだね」
「うまくやっているのか。なんなら口添えをしてもいいよ」
「いや、だいじょうぶ。みんないいひとたちだから」
「さて、ちょっと付いてきてくれよ」
私たちは出かけた。大きなショッピングセンターの中を歩きながら、君主はやはりにこやかに話しかけてきた。
「紫の服は見つかったかい」
「うん、一応これなんだけど」
私はスポーツシャツを着ていたけれど、その左の肩から袖口にかけてのところが紫色だった。全体の五分の一ほどの面積だった。
「でも単色ではないんだろう」
「うん、そういうのは売ってなかった」
そうこうするうちに、店の中から御殿のような座敷に上がり、すっすすっす歩いていくのへ、はぐれないようについていった。君主はいくつかの襖を通り抜け、そこここに待機している和装の役人たちに挨拶もしないで、とうとう最も奥にある部屋にやってきた。最後の襖を抜けると、中は薄暗くなっていた。私はかがみ込むような姿勢でついていった。部屋の奥のところだけぼんやりと蛍のように光っており、その手前には御簾があった。私はその手前で座り込み、正座をした。君主はその御簾を巻き上げて中に入っていった。御簾の向こうにいるのは、君主の親でもある院主様であった。
「それで手はずは整ったかな」
「はい、私たちは映画を観ますし」
「そうか。要は皆の者をひとまとめにしないことだ。それぞれバラバラにすることだ」
「分かりました」
会見のあと、君主の秘書でもある婚約者と三人で、執政所にやってきた。古寺のような建物で、通用門から入っていこうとすると、乗馬や馬車の準備をしていて、数十名が出かけるところだった。
「さすがに、経理局の連中はきっちりしているな」
謂わば社員旅行のようなもので、経理局のメンバーだけ旅に出ることになっていた。その支度も整然と行われ、既に出発ま近かというわけだった。
「さて、問題は防衛局の連中だな」
私たちは、その詰所に向かいながら対策を話し合った。
「火事でも起これば、消しに行くのではないか」と提案した。
「いや、そんなことをするとは思えない。見物にもいかないだろう」
「え、そうなの。火事にも心を動かされないなんて、本能が壊れてる証拠じゃないか」
「そうかもしれないね」
中門をくぐって、濡れ縁の横の細長い路地を行くと、詰所が見えてきた。畳敷きの大広間に、布団が敷き詰められて、そこにみな寝そべっているのだった。近づくに連れてわかったのは、そこにいるのは役人たちだけでなく、犬や猫のペットたちだった。
一番奥にいた隊長に話しかけてみた。
「どうなの。武器の準備とかは」
「いやいや、こいつがいるからね。休暇になるということで実家から呼び寄せたんだ」
猫が三匹いて、その一匹にいとおしげにブラシをかけているのだった。
「これなら大丈夫だな」
私たちは頷きあった。