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おもちゃを拾う

 屋根の高い鉄骨の建物で、壁は吹き抜けになっていた。広さも相当で、床はむき出しの砂利で、そこここに木箱やら鉄柱やらが積み上げられていた。屋根の下にはプレハブの建物もあり、タクシー会社の看板がぶら下がっていたけ。私はその窓に歩み寄って中を覗いてみたけれど、什器らしきものは、壁に下がった黒板くらいで、机や椅子も見えなかった。黒板には予定が書けるようなカレンダーの枠組みがうっすらと見えた。目を凝らすと、床に配線の一部が丸めてあるのが見えるくらいだった。向き直って周りを見渡すと、がっしりとした作りでサビの浮いた古臭い感じの大仰な車が何台か停められていて、それらのドアにも同じタクシー会社の名前が記されているのがわかった。

 そのまま歩いて出入り口のところに戻ってきた。その一角だけきれいに片付けられていて、冷蔵庫や陳列台が置かれていた。気のいい感じの中年の店員がいて私に声をかけた。

「いらっしゃい」

「何があるんですか」

 横開きの冷蔵庫からさっと赤身の塊を取り出して、清潔なまな板の上に載せた。それから包丁をさっと振りかざして、すーっ切りとったひと切れを手につまんで、私の口に放り込んでくれた。とろけるような美味しさだった。

 冷蔵庫の中を覗き込むと、短冊に「クジラ 100グラム100円」と書いてあるのが見えた。見るからに柔らかそうな肉だった。

「じゃあ300グラムちょうだい。全部生で食べれる?」

「うーん。ここでならいいけど、うちでは一応焼いて食べてよ」

 敷地の外に出ると、立て看板がいくつも立てかけられ、そこに「なんとか光」という名前とともに、着物姿の歌手の写真のポスターが貼ってあった。ここでコンサートでもやるんだろうか。そこから、車道を歩いていくと、近代的な保養所のような建物がある。木製だか金属製だかよくわからない引き戸を開けて、玄関で靴を脱いで板張り廊下を歩いていくと、また同じようなガラスだかプラスティックだか分からない引き戸があって、中に入ると和室になっている。布団を敷いて、私たちはもう寝る体勢だった。一人だけまだ起きていて、文庫本を読んでいる。そのためか、まだ煌々とLED灯がつけっぱなしだった。

「ここはもう電気を消そうよ。本を読むなら向こうにデスクがあっただろう」

 ぐるぐるといくつか折れ曲がったところにある和室の、奥の方に押し入れの横に少しだ引っ込んだ空間があって、その壁際に木製の机がしつらえてあるのだった。机といっても座卓の高さで、足のところだけ掘りごたつ式に下に入れられるようになっている。白い木目の天板には、整然と何冊かの本が並べられ、電気スタンドも置かれていた。

「黙って使って問題ないかな」

 その席には持ち主がいるのだった。そのくせ、その持ち主はこちらの部屋ではなく、反対側の洋室で寝ているのだった。

「いないときならいいんじゃない。もうとっくに向こうで寝ていると思うし」

 でも結局その一人も本を閉じ、明りを消してみな就寝することにした。

 翌朝、ほぼ同時刻にみんな起き出して、布団を片付け、テーブルを出して朝食にした。テレビではニュース番組をやっていた。天気がいいので、練習に行くことにした。

 私たちはショベルカーに二人ずつ乗り込んででかけ、田んぼの間の誰も通らない大きな道路のところでキャッチボールを始めた。片方は降りて、もう一方はショベルカーに乗ったまま、大きなボールをやりとりするのだった。それがとんでもない方向に飛び、田んぼの中に落ちたので、私はそれを取りに行った。同じように、遊んでいた親子連れも、田んぼの中におもちゃを落としているのを拾おうとしていた。ひとつは自力で拾ったのだけれど、もう一つは見つからない様子だった。しかし私にはそれがどこにあるかわかったので、拾ってやったら、丁寧にお礼を言ってきた。私はそれを聞き流し、自分のボールを拾って、道路によじ登ろうとした。するとそのコンクリートのところになにか飴みたいなものがくっついていて、私のスーツがそこにこすりつけられて、ベッタリと汚れてしまった。ああ、これはクリーニングに出さないといけないなと思って、相棒を探すと、ショベルカーに乗ったまま去っていくのが見えた。

「おーい、帰るのか」

 追いかけたけれど間に合わなかった。走ってきたところの目の前がバス停で、ちょうどやってくるところだったので、これ幸いと私は乗り込んだ。シートに座り、備え付けの端末でチームのチャットルームに入った。すると情報だけが流れていて、それによると、昨夜このあたりで殺人事件があり、そのために練習が中止となったことがわかった。私は「せっかく晴れているのになあ」と思ったけれど、仕方なかった。ところでこのバスはどこ行きだろうか。

 改めて窓の外を見ると、見覚えのある踏切を渡っているところだった。私は次のバス停で降りる決意をして、窓の横にあるボタンを押した。その間にもバスは走り続け、すぐにバス停に到着して停車した。私は料金表を見たけれど、乗るときに整理券を取り忘れていたのでいくらなのかわからなかった。私はポケットから小銭をすべて取り出して、手のひらに載せた。大小さまざまなコインが十枚以上あり、十分足りるように思った。私はそれを運転手に見せながら尋ねた。

「○○から乗ったんですけれど」

 いや、それは違うような気がした。○○というのはこの町の名前だ。私はどこから乗ったのだろう。

「殺人事件のあったところからじゃないですか」と、運転手が助け舟を出してくれた。

「はいそうです」

 しかしそこから何やら運転手は演説を始めたのだった。どうやら運転手は「なんとか光」のファンのようだった。そしてそのチケットを取るためなら、殺人も辞さないというようなことだった。空は晴れていた。

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