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金の午後

作者: ice
掲載日:2013/10/22

ふらふらそよぐ海草と、ぎゅうぎゅう詰めの微生物。 この町の海は、明るい珊瑚礁とはほど遠い、淀んだにび色の混沌の海。人気の引いた九月の浜辺は見た目に寂しいが、まだうすら暖く、芳しい潮の香が漂っていた。


海は、終わりがないかのように、どこまでも遠方へ続いて見える。だがそこにある果ての、向かい岸の町でもまた、今の私と同様にこちらを眺む者があるに違いない。それが私には、どうにも奇妙でならないのだ。きっと互いを知ることすらない人々が、当然のように同じような生活をしているということが、不思議に思えてならないのだ。人の死さえも、遠く知らぬならば無に等しい。希薄な世界がいやに恐ろしいのだ。

ふと過るそんな杞憂を振り切るように、私は目の前に拡がる水面に目を向けた。時刻は三時を過ぎたあたりだろうか。

まるで、あの日のような。

沈みかけた金の太陽が眩しく、波間に揺れている。思い出したのは、偶然ではないような気がする。季節も空気も、時間や、この無力感すら、あの日を模しているかのようだ。

「ーー行ってみようか」

そう、あの日も、海は、こんな風に私を妖しく誘ったのだ。


私は右手を向き、波際にそって歩き出した。

磯に向かう。進むにつれて、砂浜のさらさらした砂は徐々に小さな小石へと変わり、そして石へ、ゴツゴツした岩場へと変わっていく。黒い岩肌が重なり合いその隙間に水が顔を覗かせる、足場の悪い磯。此処はさすがに水も澄んでいる。

と、並ぶ岩のひとつに目が留まった。

「あ、れは、」

皿のようにくぼんだ岩の上に、満ち潮で残されたのか、浅く少しの海水が溜まっている。その底、揺らめく水の奥に、キラリと光るーー、

「ああ、」

もう私は夢中だった。濡れるのも構わず、くぼみに手を入れ底をあさり、震える指でその宝物を何とか摘まみ上げた。

それは、虹色に輝く、大きな鱗。


「おお、君、は」

また、来て居たのだね。

胸が熱くなる、眼も、熱く。取り乱しながら私は辺りを見渡した。しかし自分の他に影はない。

ひと息ついて手のひらを見ると、半透明の一枚の鱗は、金の日差しを浴びて宝石のように七色を返した。美しい。しかしこれは、美貌の君のほんの破片に過ぎない。あの日、今日のような秋の日に、まるで夢幻のような、金色の午後の海に、君は居た。終戦の年、希望から失望への無気力に苛まれていた私が、ふらりと訪れたこの場所で。確かに、見たのだ 。

私はーー私は、人魚を見たのだ。


「おじいちゃん、こんなところに居たの?」

突然、小さい手が私の手に触れた。ああ、やはり。似ている。

「洋。私を探しに来たのか。

ほら見なさいこれを、此処にまた彼女が来た証拠だ。あの時は、逃げるように還ってしまったが‥まだきっと生きているのだ」


「もう!ぼくは雄太だよ、洋はパパだよ!おじいちゃんたら何回言ってもまちがえるんだから」


雄太‥?それは誰だったか、思い出せない。ただこの小さな顔に、彼女の面影がちらつく。


「お前は、人魚の血をひいている」


「あ~、またおじいちゃんたらおかしなこと言ってる!

ほら、もうお茶の時間だよ、ママ達が待ってるから家に帰ろう?」


手を引かれて、私は、浜辺を後にした。

日は暮れかかりながらも、ふたつの影を浮かび上がらせていた。はたからみれば、私もひとつの景色に過ぎないのだ。そしてこの海は、単なる寂しい背景なのだ。そう、この海の秘密を、私の他には誰も、何も知らない。




「ねぇパパ。

さっきね、またおじいちゃんがおかしな事言ってたんだ。

ねぇ、僕のおばあちゃんてどんな人?」


「う~んそれがなぁ、パパが小さかった頃にすぐ亡くなったそうなんだがな、あまり覚えていないんだよ。戦争で皆大変だったし、知り合いに聞いてみても記憶も写真も殆ど残ってないらしいんだ。


おばあちゃんの事は、おじいちゃんしか知らないんだよ。」




《終》

初めまして、よろしくお願いいたします。

甘くも辛くもないけれどファンタジー風な小話です。昔に書いたものを書き直してみましたが、あまり変わらなかったです。

読んで頂きありがとうございました(^^)

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ストーリー、文章ともに、すっ、と読めました。  読み返してみても楽しめるいい作品ですね。 私は右手を向き、波際にそって歩き出した。 磯に向かう。進むにつれて、砂浜のさらさらした砂は徐々…
2013/10/22 23:26 退会済み
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