断罪教室
夕闇罰ゲームの派生に近いです。
13日、午後23:50。【 】
むせかえるような血の匂いが充満する教室に
僕は、一人立ち尽くしていた。
黒板に記された『有罪』と『死刑』の文字。
壁に寄りかかって座ったまま、ピクリとも動かない君の体。
手に持ったカッターナイフから滴る血が、僕を現実に引き戻す。
「ごめん」
吐き出した謝罪の言葉は
君に、もう聞こえてはいないだろう。
13日、午前9:15。【HR前】
毎週金曜日の朝、黒板に人の名前が書かれる。
書いた人を知る者はいない。
だけど、名前を書かれた人がどうなるのかは
このクラスの生徒全員が、よく知っていた。
だから毎週金曜日の朝は、誰も彼もが早起きして学校に行き、黒板に自分の名前が書かれていないかを確かめる。
一刻も早く、安心するために。
そして今日は、その金曜日ーーーー
教室に入ると、一斉に聞こえてきた
悲鳴と安堵の溜息。
どうやら今日も例外なく、人の名前が書かれたらしい。
ざわざわと湧き立つ人の群れを掻き分けて
僕は自分の席についた。
毎週金曜日、記される人の名前。
それは、今日『裁判』を受けることが決まった『容疑者』達の名前なのだ。
判決が出るのは放課後
無罪なら良いけど、有罪ならーーーー
罪に合った罰が、下される。
まぁ、僕みたいな人間には
関係ないことだけど。
「裁人ー、今週も名前無かったぜー!これで一週間は安泰だな」
と、不意に背後から腕が現れ
僕の右肩に体重がかけられた。
……このクラスでいきなり肩組んでくる奴なんて、僕は一人しか知らない。
「そっか。良かったな、正義。
今週は誰なんだ?」
明智正義。
いかにも謀反とか起こしそうな名前だが
実際は裏表のない、正直な奴だ。
いわゆる幼馴染だから、僕のことをある程度理解してくれていて
他の人よりは親しみやすい……
と、思う。
すると正義は、律儀に指を使って数えながら
今週の『容疑者』の名前を挙げていった。
「一組の河村と、三組の田中と
同じクラスの神崎。
……あと、刹那もだ」
「……刹那も?なんで」
「さぁなー」
挙げられた名前の中に知り合いの名前が聞こえて
思わず聞き返してしまう。
刹那が選ばれた理由なんて
正義が知っているはずないのに。
紅月刹那。
正義と同じく、僕の幼馴染だ。
記憶の中の『刹那』は、少なくとも容疑者に選ばれるような奴じゃない。
といっても、中学は違ったから
今はあまり接点がないんだけど。
「刹那かぁ……随分また懐かしいな」
「だよなー。裁人、高校入ってから刹那と喋った?」
「いや、ほとんどない」
「そっか。俺は結構話すけど……あいつ、変わってなかったよ。お人好しで、素直で。無罪になるといいな……」
ーーーー『変わってない』、か。
なら、なおさら不思議だ。
容疑者は基本ランダムだが、何もしてない人間は選ばれない。
正義が、未だ一度として選ばれていないように。
一組の河村は、校内でも有名な不良で
田中は、確かカンニング疑惑をかけられていて
神崎は……いわゆる『ギャル』。良い奴とは言い難い性格。
こんな風に、選ばれた奴にはそれなりの『基準』があるのだ。
刹那が昔のまま、『あまり目立たないタイプ』なら、選ばれるはずがない。
なのに、何故。
……なんて、考えても仕方ないか。
「そうだな」
僕がなんとなく頷くのとほぼ同時に、始業の鐘が鳴り響く。
これから判決までの間、緊張して過ごす生徒がほとんどなのだろうと思うと
特に何も感じずにいる自分が、割と最低に見えた。
13日、午後17:20。【放課後・部活時間】
空が、茜色に染まる。
遠くで聞こえる、部活動に励む生徒達の声。
昼間の騒がしい教室とは一転し、静寂に包まれた夕暮れの教室に
刹那は、佇んでいた。
開いた窓から吹き抜ける風が
長い髪を揺らして
伺えた刹那の表情は、とても淋しそうで。
……いや、『淋しそう』というより
『後悔』?
なんて声をかけていいのかわからず、僕が黙りこくっている内に、視線に気付いた刹那が振り返る。
まずい、と感じたけれど
少し遅かった。
「……あ、れ?」
おそらく僕のことなど忘れている刹那に
僕が言える言葉はない。
まして刹那は
判決が下るその時を、待っているんだろうから。
引き返そう。
と、僕が方向転換した瞬間。
「あ、待って……!」
刹那が、僕の袖口を掴んで引き止めた。
油断し切っていたせいで踏ん張りが利かず
体がくんっと傾く。
ところが刹那は無意識だったらしく
僕が振り返ると、慌てて手を離した。
「ご、ごめん」
「、別にいいけど。何?」
「あ、えと、あの……
ーー紫月裁人君、だよね?」
照れ隠しなのか、自分の髪を触りながら刹那は言う。
あれ?癖なんだったっけ?
何にせよ、意外にも刹那は僕を覚えていた。
驚きが顔に出ないように気をつけて
僕は、なるべく平坦な声で答える。
「そうだよ。覚えてたんだ?」
「うん。忘れたことなんて、無いよ。
紫月君こそ、私のこと忘れてると思ってた」
「覚えてはいたよ。声かけなかっただけで」
刹那は、ふにゃりと笑った。
ーーやっぱり、正義が言っていた通りだ。
何も変わっていない。
笑顔も性格も
昔のまま。
「なんで【容疑者】に?」
言い切ってから、後悔した。
そんなの、聞いたってしょうがないだろう。
余計やりにくくなるだけだ。
だけどもう、後の祭り。
口に出した後では、取り返しがつかない。
撤回するかどうか迷い出した僕を見ると
刹那は驚いて、そしてすぐに困ったような笑顔を浮かべた。
「私ね、覚悟はしてたんだ。
こういうことになるとは、思ってなかったけど……いつか裁かれる日が来ることは、わかってたの。あの時からずっと」
髪を掻き上げたその左手は
夕日に照らされて、小さく震えている。
刹那の笑顔が、強がりである
確実な証拠。
「あの時……?」
僕が聞き返すと、刹那はゆっくりと答えた。
静寂に包まれた教室の中に
響き渡る澄んだ声。
僕は、自分の耳を疑った。
「ーー二年前、人を殺したの。
持ってた鋏で、ザクって」
13日、17:59。【放課後・判決時間】
ガラリ。
教室のドアを開けると、4人の男女がそこに居た。
派手な格好をした女子は愕然と
生真面目そうな男子は安堵の表情で
煙草を咥えた男子は恐怖に顔を引きつらせ
刹那は静かに目を伏せて
文字の書かれた黒板の相対している。
ーーーーあぁ、判決は、下されたんだ。
こちらに気付いた派手な女子が、勢いよく後ずさり
慌てて振り返った不良の男子が、手にした金属バットに力を込めて
生真面目そうな男子は、とっさに教室から走り去った。
刹那は、ただ黙って黒板を見上げている。
【 】は、ポケットからカッターを取り出し、改めて黒板を見た。
『判決!
田中は無罪!
神崎、河村、紅月は有罪、終身刑!!
お疲れ様でしたー!(^O^)/』
赤い色で記された、死刑宣告。
その隙に、【 】の動向を伺っていた不良の男子が動いた。
【 】にむかって金属バットを力強くふり下ろす。
明らかに、殺す気で放たれた一撃。
【 】はそいつを見据え、カッターナイフを横薙ぎに払った。
すると
不良の男子の腹部に、大きな傷が刻まれる。
金属バットが、命中することは
なかった。
痛みと速さに困惑した不良の男子が、その場に膝をつき
そのまま崩れ落ちるのを静かに見下ろしてから
男子の心臓当たりに、深々とカッターつきたてる。
ーー残すは、あと二人。
「ひっ……!や、やだ!来ないでえ!!」
次は自分の番だと悟ったのか
派手な女子が尻もちをついて
這うように距離をとろうとした。
だけど、逃がす訳にはいかない。
【 】は【判決者】に逆らえないから。
「わ、私が、何をしたっていうのよ!
何も悪いことしてないじゃない!!」
「……何が悪いかを、決めるのは【判決者】。
ーー君にその権利はないんだよ」
行く手を阻む机や椅子を退けて
怯える女子の目の前に立つ。
そして、その頚動脈を
引き裂いた。
飛び散る鮮血。
悲鳴を上げる暇もなく、彼女は床に倒れ伏した。
ーー残すは、あと、一人。
刹那は、逃げもせず
抗おうともせず
ぽつりと呟く。
「そっか、【執行者】って
君だったんだね」
【 】は、答えない。
それでも、刹那は続けた。
「君は、変わらないね。
優しいところも、不器用なところも」
……優しい?
たった今、二人の人間を殺したというのに?
「変わってないよ。
昔から、いつも君は悲しい目をしてた。
泣くのを、我慢しているような目」
刹那が笑う。
【 】の心の中を、見透かしたように。
殺したくない。
そう思った途端
頭の中で、声が聞こえた。
泣き喚く子供の声みたいに
耳障りで仕方ない。
『判決は絶対、有罪は死刑!
殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセーーーー殺せ』
ズキズキと痛みだした頭を押さえて
【 】はカッターを振り上げる。
このまま、あの声を聞き続けたら
壊れてしまいそうだった。
崩れてしまいそうだった。
「ずっとね、『ありがとう』って言いたかったの。小学生のとき、いつも君は、私を助けてくれたでしょう?だから
君に裁かれるなら、それはそれで
幸せなのかもしれないね」
もうすぐ殺されるだろうこの状況で
刹那がそう言った。
『ありがとう』、か。
小学生のときのことなんて、覚えてないと思っていたのに。
【 】のことなんて
忘れたままで、良かったのに。
「なんだ、覚えてたんだ」
必死に笑みを浮かべて言うと
本当に幸せそうに笑って
刹那は、自分の髪に触れる。
ーーそうだ、確か、癖だったんだ。
嘘つきの彼女が
本当のことを言う時の癖。
「覚えているよ。
だってずっと、【 】のこと好きだったんだから」
最後まで聞くことなく
【 】は、刹那にむかって刃を振り落とした。
またまた飛び散る血。
手に残る、肉を裂いた感覚。
殺した。殺した。
【 】が、殺してしまった。
キーンコーンカーンコーン。
閉廷を告げるチャイムが
何処か遠くの方で、聞こえた気がする。
その後のことは、あまり覚えていない。
20日、午前9:15。【HR前】
今週も、当たり前に金曜日が訪れて
黒板に人の名前が書かれる。
書いた人を知る者がいない。
だけど、名前を書かれた人がどうなるのかは
このクラスの生徒全員が、よく知っていた。
だから毎週金曜日の朝は、誰も彼もが早起きして学校に行き、黒板に自分の名前が書かれていないかを確かめる。
一刻も早く、安心するために。
そして今日は、その金曜日ーーーー
「おはよー、刹那」
「おはよ、三紀」
教室に入ると、一斉に聞こえてきた
悲鳴と安堵の溜息。
どうやら今日も例外なく、人の名前が書かれたらしい。
ざわざわと湧き立つ人の群れを掻き分けて
僕は自分の席についた。
と、いつもなら飄々としている正義が
珍しく焦った様子で、僕の元へと駆け寄ってくる。
僕が首を傾げていると
正義は普段より数段早口で、まくし立てた。
「今週の【容疑者】に、お前が入ってたんだよ!確かに、『紫月裁人』って名前が……」
「……そっか」
「だ、大丈夫だよな!?お前、何も悪いことしてねーし」
「うん、この結末は知ってるよ」
死ぬかもしれないのに
僕は不思議と喜びを感じている。
そりゃそうだ。
僕はこれで、解放されるんだから。
「ーー有罪、終身刑」
21日、午前11時24分。
『臨時ニュースの時間です。
昨晩、◯△市内の高校の体育倉庫で
男子生徒の死体が発見されました。
男子生徒は、体中を鋏で切り裂かれており
警察は、猟奇殺人として捜査を開始しています。』
この小説を書いて内に気づきました。
『そうか、私の小説に足りないのは、『謎』だ』と。
だから今回はあえて、あやふやにした
つ、つもりです。
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