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8.スラム

 狩りを終えてダンジョンを出ると、日はすでに落ちていた。この世界の紅い月が、影になって立つ木々の頂を照らす夜のあいだ、このエリアにはアクティブなモンスターが出現する。それに今夜はほかにも危険が潜んでいるかも知れない。僕達は待ち伏せを警戒していた。

 ダンジョンの中よりも、こういったある程度開けていても身を隠す場所の多いポイントの方が、襲撃の危険が大きい。森を抜けて草原に出るまでは気を抜けない。周囲を見回していたノーザの様子を見ると、危険はないようだ。詳しくは知らないが、ノーザは障害物を無視して周囲の様子を知ることが出来る。ハードウェアを改造したチートらしい。


 草原のウサギ達のあいだを通り抜けて、街に戻る。街の中は戦闘行為は全て無効になる安全地帯になっている。一部の例外を除けば街の中は安全だった。


 門に入ったところでタビーと別れる。大きく手を振って駆けていく彼女は、もうダンジョンでのショックを気にしていないらしい。単純なモノだ。少し不自然なくらい単純過ぎる。もっとも、見たままを全部信用できる訳ではないけれど。


「何で殺さなかったの?」


 タビーの姿が充分に遠ざかると、エステーが口を開いた。非難と云うより、純粋に不思議に思ったらしい。


「半日一緒に遊んでた訳だし、殺しにくいよ。それになかなか強かったじゃないか。《識別》も役に立つ」


 他にも理由がある。エステーにはまだ秘密にしておく。何も云わないで笑っているノーザにはバレているらしい。


「情で足を掬われないでよね。彼女、なんだか怪しいわ。何を考えてるのかわからない」


 エステーは『疑似人格』をよく知らないようで、タビーの仕草やちょっとした表情に違和感を感じて、好きになれないらしい。


「確かにね。取り合えず今日のところは、もう戻ろう。ポチ3号をあんまり人に見られたくないしね」









 メインメニューからマップを選ぶと表示される地図の、東側にある赤い縁取りで他の場所と区別されて『スラム《戦闘エリア》』と書かれている場所が僕達の住む場所だ。


 どうやら街の安全地帯にある住居や宿のほとんどは、PK達は住むことが出来ないようになっているらしい。空き家を勝手に占拠したり、上手く元の住人の《NPC》を戦闘エリアに連れ込んで殺すかして、乗っ取っりに成功した連中は安全地帯に(勝手に)住んでいたりするが、これはごく少数の例外だろう。

 そういった理由で、スラムの住人はほとんどPK達だ。他にも『空き家クエスト』と呼ばれる『クエスト』であてがわれた住居がスラムだった気の毒な《プレイヤー》達や、スラムの外で問題を起こして、追い立てられた者達も住んでいる。これは少数派だ。


 スラムに入ったところでノーザとエステーの二人と別れて、僕は自分の家に向かう。僕の住んでいる家の……正直なところ、家と云って良いかわからない。その前に立って重い落とし扉をポチ達に開けさせて、階段を下りる。僕の家は地下にあって、石の階段を下りきった先のドアには鉄格子がある。住み心地は……慣れって凄いと自分でも思う。


 ここは遺棄された地下牢だった。地上部分にあたる建物の廃墟はスラムの外周の壁になっていて、ほとんど崩れてしまって住むことは出来ない。地下は快適とは云えないが、僕にとって色々と都合が良いことがある。この地下牢にはモンスターが出現するのだ。

 モンスター達は下級のアンデットモンスターのスケルトンで、ネクロマンサーの僕には襲いかかろうとしない。元の看守や囚人の成れの果て(という設定)の彼等は、僕にとって留守中に家を守ってくれる門番のようなものだ。スケルトン達の守る廊下を通り抜けて、突き当たりの重い木製のドアを開けると、僕が普段寝起きしている部屋がある。


 ポチ3号にドアを開あけさせて中で待つように云い付けると、僕はもう一度家の外に出た。今夜はこれから訪ねたいところがあった。


 スラムのほぼ中央にある、ノーザの家の前を通りすぎる。彼はこの広い家を住人役の《NPC》を殺して不法占拠している。ドアに《付与魔術》の『施錠』の印が浮かび上がっているのを見ると、どうやら出掛けているらしい。もし家にいたらと思って寄ってみたけれど、もしかしたら僕と同じ理由で出掛けたのかも知れない。今度は西に向かってしばらく歩く。


 スラムの北西は、別のゲームから集団で移住して来た『ファントムナイツ』という、なんか恥ずかしい名前のギルドのメンバー達が集まっている。(Phantom Knightsの頭文字でPKらしい)

 ちなみにこの世界にはギルドシステムだとか、大人数の《プレイヤー》のコミュニティーを補助したりするシステムはない。ファントムナイツギルドも彼等が勝手に名乗っているだけだ。


 そのファントムナイツの縄張りに、僕が足を踏み入れることは普段あまりない。スラムの支配者を気取って大きな顔をしている彼等は、大人数で奇襲を掛けるような荒っぽい狩り(・・)を好む。僕やエステーのように、PKだと悟られないよう密かに少人数で狩る(・・)やり方はお気にに召さないらしい。僕もエステーも、今日まで獲物に逃げられたこともないし、目撃者も出さなかった。僕達のことをPKだと知らない者も多いだろう。彼等から見れば僕も獲物の一人なのかも知れない。


 道は徐々に狭くなって、込み入った住宅街になっていく。地図で見ても、スラムの外のように漠然と秩序だった街並みはここにはない。まばらな窓の灯りがもっと少なくなって、狭い路地が多くなっていく。その一つ、ひび割れた漆喰と石の壁のあいだの暗い路地で何かが動いた。


 武器も持たずに、うっかり迷い混んだ女が一人。そう見えたのだろう。大柄な人間族とリザードマンの男、それに斧を背負ったドワーフの三人が僕の前に姿を現した。下卑た笑いを浮かべて立つ男達に怯えて見せて、後ろを振り返ると……誰もいない。一点減点。普通挟み撃ちにするだろ? スラムの外の街にいられなくなって、流れて来た半端者達。大きなギルドに拾われて気が大きくなっている。大方そんなところだろう。僕を狩りやすい獲物と見て不用意に近付いて来た素人達のようだ。


 僕は、何の警戒も見せずに僕の影を踏んだ材料(・・)達に微笑んで見せた。


「あと二人、欲しいんだけど? 仲間はそれだけ?」

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