5.戦闘
「きゃあああああ!!」
「何よこれ!!」
「テメェ!!」
二人の悲鳴が重なって聞こえ、混乱する部屋の低い天井に響く。その部屋の中では、さらに色々なことが同時に起きて、混乱に拍車を掛ける。
死者達がローブを着た小型種族とタビーに群がって覆い被さる。鎧姿の獣人が膝を折って倒れ、二人の悲鳴で我に帰った人間族が一言叫ぶと仲間を庇って前に出る。短剣を投げた男は、すでに死者達の影に入って上手く射線上から身を隠していた。僕の後ろにエステーの姿をみとめて、魔法や遠距離攻撃を警戒したようだ。
僕に向かって投げられた短剣は、腕の中から跳び出した人形が空中で弾いていた。僕はそのときの人形の跳躍で後ろに倒れながら、すでに次の詠唱を始めていた。
腐敗の君主よ
苗床の君よ
妖蛆の王杯を
膿色の蜂蜜酒で満たせ
エステーが倒れる僕を受け止める。身体を預けたまま、上向きに首を曲げて彼女の顔を見上げる。彼女は部屋の中を見つめてタイミングを図っているらしい。その手と杖が僕の魔法を受けて黄色いエフェクトを放ち始める。僕が頷いて見せると彼女は走り出した。遅れて僕も続く。
「ノーザ!」
追い詰められていた背の高い男、ノーザ・ゴーンに向かってMPポーションを投げる。彼は僕とエステーの知り合いで、詠唱無しで《呪術》を使うレア《特徴》を持っている。鎧姿の獣人の動きを封じてMPが底をついたらしい。
亡者達を飛び越えて躍り出たエステーが、鎧姿の人間族を勢いよく打ち据える。遠心力の乗った杖の先端を頭部に受けた鎧姿がよろめく。ローブ姿で杖を持つダークエルフの彼女が接近戦を挑むとは思わなかっただろう。不意を付かれて、鉄芯の埋め込まれた杖の一撃をもろに喰らったようだ。それにエステーの杖には『ドレイン』をかけてある。
『ドレイン』は《ネクロマンシー》の魔法の一つで、武器に『HP吸収効果』を付与する。触れるだけでも傷を付けずにHPを奪う魔法で、相手の防御力を無視したダメージを打撃に上乗せする。鎧姿の受けたダメージは、見た目の傷よりもずっと酷いもののはずだ。エステーが鎧姿をもう一度殴り付ける。その隙にノーザがポーションを飲み干してMPを回復させた。
死者の山の向こう側で、短剣を投げた浅黒い男と人形が対峙している。GBと云う名前の浅黒い男は、エステーを阻止しようとして人形に阻まれたらしい。GBは未知の存在を警戒してか、距離を保ったままじりじりと横に移動している。両手を垂らして背を丸めている人形は、その場から動かないまま身を震わせる。その顔が急に割れる。血の臭いを嗅いで、衝動を押さえられなくなった中身が口を開いたせいだ。部屋の反対側では、ノーザが二人の敵に『麻痺』を掛けて動きを封じ、エステーが杖で殴り続けている。倒れた二人は既に血塗れで、その血の臭いにつられた人形の口の辺りから長い舌と涎が垂れる。ひび割れの奥の黄色い瞳が、すがるように僕を見る。
「おあずけだ! ポチ2号、お前のは目の前のだ。……それなら食べていい」
「チッ」
GBの舌打ち。目の前の化け物が完全に制御されているのを知って、思わず出た小さな失望だろう。今まで一言も発しなかった浅黒い顔は表情を殺していて、そこからは怒りも焦りも窺えない。勤めて無表情の冷静さと間合いを図る動きからは、逆に情報を集めてから動き出す用心深さを感じる。こういう手合いには逆にはったりが効くかもしれないが、しくじれば強敵だ。僕達の勝因は、彼が優秀な仲間に恵まれなかったことだ。
舌と涎の糸をひいて人形が跳ぶ。GBの首筋を喰いちぎろうとして、その顎が空を噛む。GB の動きには余裕を感じる。それに速い。長引けば人形が不利かもしれない。人形の顔がさらに大きく割れて破片が飛ぶ。飢えて余裕を無くしている。
「毒攻撃だ! 噛みつけ!」
わざとGBにわかるように叫ぶ。既に状況はこっちの有利が確定している。小型種族の女は死者達に押さえつけられて動けない。エステーとノーザが二人の始末を終えれば、三対一でGBに勝ち目はない。その前に積極的に攻撃されて、人形が余計に壊れたら修理がめんどくさい。ちなみに毒攻撃は嘘だ。僕は勝利を確信して、GBに向かって微笑んでやる。
そのとき死者達山のひとつが持ち上がって動き出した。
「ワケわかんないぃぃんだけどぉぉ!!」
部屋に絶叫が響き渡る。暴れまわって群がる死者達を撥ね飛ばしながら、タビーが立ち上がろうとしていた。……そう云えばコイツのことを忘れてた。なんかキレてる?
小柄な身体が跳ねる。逆手に持ったショートソードが一閃。死者の何匹かを斬り抜けて深く抉った。伸びきった腕と身体を跳び上がりながら小さく撓んで空中で旋回。くずおれる死者達の一人を蹴り飛ばして踏み台に、もう一度跳ぶ。彼女はGBを睨み付けながら叫ぶ。
「許さない! ぶっ殺おぉ……」
ゴン!
なんかすごい音がした。
タビーは天井に頭を打ち付けて、そのまま倒れた死者達の上に落ちた。高く跳びすぎたらしい。