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4.PK達

「ちょっと待ってタビー!」


 通路に駆け込もうとするタビーを慌てて引き止める。《プレイヤー》同士が戦っているところに、迂闊に飛び込むのは危険だ。


「早く助けないと!」


「タビーさん待って! 中の様子を教えて」


 エステーのきつい口調に、タビーは我に帰ったような顔になる。


「ごめんなさい……」


「まぁ落ち着こう。それで、この扉は開いた後は自動で閉まるの? 奥はどんな感じ?」


「ドアは勝手に閉まるみたい。中はほとんど一本道よ」


「じゃあ先客が入ってから、まだそんなに時間が経ってない。モンスターのリポップも大丈夫そう?」


「うん……そうね」


「それで戦ってる《プレイヤー》の様子は?」


「詳しくはわからない。何人か叫んでるみたいだけど……」


「よし、奥に進んでみよう。様子が聞き取れるようになったら一度立ち止まって説明して。僕達は君ほど耳が良くない」


 エステーが僕とタビーに『暗視』を掛けると、僕達はタビーを先頭にしてダンジョンに足を踏み入れた。ダークエルフのエステー自身は暗闇の視力に問題はない。タビーの武器は二本のショートソードで、刃には光を反射させない工夫か、ツヤのない黒い塗装がされている。それに鞘から抜くときにも音がしなかった。そういえば裁縫は趣味って云ってたか。どうもこっちが本職らしい。

 エステーは片手で杖を持ち、反対の手の指輪を幾つか付け替えている。マジックアイテムの装備品を戦闘用に付け替えているらしい。僕は人形を抱いたままで、武器も持っていない。


 傾斜の急な通路を下りきると、そこは高い天井のトンネルのような空間だった。ここは地下に作られた水路をモチーフにしたダンジョンらしい。溜まった地下水を何処かに逃がすためのものか、遺棄された下水道のように見える。水の流れにそって、壁際の苔で滑りやすい通路を進む。横の水の流れは速くはないが、深さはわからない。もしかしたら水棲のモンスターもいるかもしれない。タビーが足を止めた。


「今『追い詰めた』って聞こえた! 『もう逃がさない』って……」


「急いだ方がいい」


「走り出したみたいだけど、直ぐに止まったわ」


 通路のカーブを曲がると、僕にも怒号や武器を打ち合わせる音が聞こえるようになってきた。すぐ先の壁に、別の通路か部屋への入口らしいアーチ型の空間が見える。その奥で何かが光った。水路に一瞬写った影は四人。すぐに悲鳴が聞こえてくる。誰かが魔法を使ったらしい。


「!……」


 タビーが走り出す。僕もエステーと後を追う。尻尾を横に伸ばして走る後ろ姿はほとんど足音を立てないのに、僕とエステーはどんどん距離を離される。獣人の身体能力にはいちいち驚かされる。タビーのあとに続いてアーチの中に駆け込むと、中は行き止まりの小部屋だった。低めの天井まで伸びる四人とタビーの影が、魔法の残滓の炎に照らされて揺れる。部屋の角に追い詰められたらしい魔法使い風の人間族を取り囲んで獣人と人間族の鎧姿、その後ろに小型種族の女が立っていた。全員が勢いよく部屋に駆け込んだタビーの方を振り向いて見ていた。


「タビー! どっちがPKなの!?」


 後ろからエステーが叫ぶ。既に部屋の中にいるタビーは、武器を構えたまま照れ隠しに舌を出して笑う。……今笑うシーンじゃない気がする。勢いよく部屋に飛び込んでから、どっちの味方をしたら良いかわからないことに気が付いたらしい。


 追い詰められていた男が僅かに動いて、僕と目が合った。それが知っている顔だったので、僕は驚いて声をあげそうになった。これでどっちの味方をするかは決まっった。ただそれを敵に悟られるのは、少しだけ早い。なんとか気持ちを切り替えて、追い詰められていた男に目線で合図を送ってタイミングを計る。


 次の瞬間、鎧姿の獣人を魔法のエフェクトが包んだ。呪文の詠唱はない。いきなりの魔法の発動。男はレアな《特徴》の持ち主で、詠唱を省略して《呪術》を発動させることが出来る。ほとんど同じタイミングで僕もキーワードを唱えて『召喚』を発動させる。


 目覚め出でよ!


 僕の足元で影が濃くなる。床の表面が人の形に切り取られて、穴が開いたように見える。ゲームらしいただの演出だけど、足元の地面が急になくなったように思えて落ち着かない。信じられないくらい精密な世界のせいで、ときどきこう云う演出は非現実的で異常なことに見えて、何度見ても慣れることが出来そうにない。そして次の光景は、もっとリアリティーを欠いて、いっそ非常識(・・・)だ。

 影から何本もの腕がつき出して、影の縁を掴んだ(・・・・・・・)


 最初に影から這い出した人影は、鼻から上がない(・・)。次の一匹は立ち上がることが出来ないまま、床を這う。あとから続くものたちも身体の何処かが欠けている者が多い。彼等を蝕む崩壊は、僕の影に潜むあいだにもゆっくりと進行している。部屋の空気に異臭が混じった。


 次々と影から溢れ出して、異臭で部屋を満たすのは《レアスキル・ネクロマンシー》によって造り出された死者達だ。召喚した二十体のうち、手足や身体に欠損がないのは半分くらい。死者達は造るのに手間がかかる上に使い捨てで、修理が出来ない。


 突然に現れて、小さな部屋に溢れかえる死者達。状況に反応出来たのは知り合いの男と、今まで《隠密》で身を隠していたらしい浅黒い男だけだった。突然の乱入者の出現に混乱し、さらに意表をついて死者達の出現。他の者もタビーも、状況を把握出来ないまま立ち尽くしている。


「気を付けろ! もう一人いるんだ!」

 

 男の発した警告と、浅黒い男が僕に向かって短剣を投げるのはほとんど同時だった。戦闘行為を取ったことで《隠密》が解除されるまで、僕は彼の存在に気が付かなかった。完全に不意を付かれて、僕は身をかわすことも出来ずに、後ろ向きに倒れた。

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