3.エステー
とりあえず、彼女の前に並ぶ商品の話題から入ることにして、話をふってみる。なるべくさりげなく。興味があると思われるのは……避けたい。あんまり露骨に誉めたりしない方がいい。プレゼントとかされても困る。
「あー……その……変わったモノ売ってるね……」
「ひとつあげよっか?」
「……ありがとう……」
はえーよ。
渡されたパンツらしいレザー製品を即効でしまいこむ。僕達のやり取りを眺めて通り過ぎる人々の視線が少し気になる。知り合いに見られたらどうしよう? でも今はそれどころじゃない。最悪でも昨夜何を見たのかは聞き出したい。
タビーがうちの商品に興味が有りそうなら、お返しにひとつかふたつあげてみてもいい。そう思って様子を探ると、どうやら彼女の興味を引いたのは、商品じゃなく僕らしい。タビーは人形を抱いたまま、じっと僕を見つめている。
「……珍しい《スキル》を取ってるのね……しかもけっこう高い」
「!……」
また驚かされた。彼女は自分以外の《プレイヤー》の《スキル》がわかるらしい。そして僕が驚いたのを見て、彼女も少し驚いたようだった。
「もしかして《識別》って知らない? 人のステータスが見えるのんだけど?」
……ぜんぜん知らなかった。自分の顔色が変わっていくのがわかる。正に血の気の引く思いがした。
もしかして、こんな人の多い場所で露店とか、大失敗? 今まで人前で《スキル》を使うのを避けたり、誰かと話すときにもなるべく話題にしないようにしてきた。それでずっと秘密に出来ると思っていたのだ。僕はあまり《スキル》を人に知られたくなかった。
「ヘルマ!」
僕がもう一度口を開きかけたとき、少し遠く、人垣の向こうから名前を呼ばれた。知っている声だった。すぐに声の主の青黒い顔と銀の髪が人混みを掻き分けて、見え隠れしながら近付いてくる。彼女は知り合いのダークエルフで、よくパーティを組む。最初の日、この世界にログインしたときに、たまたま僕の後ろに立っていたのが彼女だ。
「エステー、どうしたの?」
僕達の前までたどり着いたエステーを見て、タビーが呑気そうに微笑んだ。ローブの裾を少し持ち上げて杖を持ちかえながら、エステーは僕達の前にかがみこむ。その少し深刻そうな顔にタビー気が付いたかはわからない。空気を読まない『疑似人格』の振る舞いの下で、中の人が何を考えているのか表情からは判断出来ないことも多い。エステーはそんなタビーを見て、さりげなく表情を取り繕って微笑み返した。もしかしたら、僕と二人だけで話したかったのかも知れない。
「こんにちは、エステーさん」
「はじめまして……ヘルマのお友だち?」
タビーが僕の人形を抱いているのを見てエステーは少し驚いたらしい。青い顔をさらに青白くさせながら、ギリギリで笑顔を崩さなかった。彼女は普段から絶対僕の人形に触ろうとしない。
「今知り合ったばっかり。裁縫職人……だよね?」
「裁縫は趣味かなー。売れたことないし」
「あら、でも動きやすそうで防御力も有りそ……」
エステーはタビーの前に並ぶ商品を見て、何か勘違いをしたらしい。そういえば少し変わったレザーアーマーにも見えるけど、違う。違うぞエステー。それは趣味装備だ。彼女はごっついブラジャーを手に取ったところで、自分の間違いに気が付いたらしい。笑顔のまま、真っ赤になって硬直する彼女に、タビーが呑気に止めを刺した。
「うちの商品、手にとって眺めた人って初めてよ? 勇気有るわね~」
わかってて売ってるの?
「ところでエステー。用が有ったんじゃ?」
細身のすらりとした手足に、女性らしい減り張りもそれなりにあるダークエルフ。少しきつい感じのする美貌には、タビーの商品は似合いそうな気もする。どっちかと云うと、中の人の性格は虐められる方が似合いそうだけど。タビーの言葉に真っ赤になって、何も云い返せないエステーに声をかけて話題を変えてあげる。
「……そうよ! ヘルマ! あなた《識別》って知ってる?」
「ちょうど今その話をしてたんだ。タビーさんはそれが使えるらしい。」
タビーが僕とエステーの顔を交互に眺める。
「もしかして、知らない人多いのかな?」
「うん。知らなかった……」
「今朝、知り合いからその話を聞いたの。それであなたを探しに来たんだけど……」
「ステータスって人に見られると良くないの?」
「出来れば内緒にしておきたいね……ほら、僕の《スキル》は……レアだし、目立つとね……」
タビーの尻尾が少し持ち上がる。表情と連動して動くのはどういう仕組みだろう? ぴこぴこと尻尾の先を動かしながら、彼女は首を傾けて微笑んだ。
「ステータス隠せるアイテム有るけど? 取りに行く?」
タビーの案内で、街の北東にある森に向かう。森の中に隠されたダンジョンがあって、お目当てのアイテムのような、ランクの低いマジックアイテムが取れるらしい。初心者狩場の草原を通りすぎて森に入るとタビーが話しかけてきた。
「昨夜この辺りを散歩してたら、何か抱っこして森に入って行く人が見えたの。あれってヘルマちゃん?」
「そうかも……僕は夜のあいだに狩りをするんだ」
エステーが僕を見て口を開きかけて、また閉じる。問いただすような視線に僕は目線を合わせなかった。
「ところで《識別》だけど……」
「私はてっきりアイテムのデータがわかる《スキル》だと思ってたけど?」
「うん。アイテムも調べられるけど、人も同じように調べられるの。《プレイヤー》のステータスもわかる。どんな《スキル》を持っているのかも」
「《スキル》ってどんなことがわかるの? 使える魔法の説明とかあるのかな?」
「それはわかんない。《スキル》の名前だけ」
「じゃあ、その《スキル》について詳しくないと、結局具体的なことはわからない訳ね」
「そう。ヘルマちゃんのそれとか、初めて見る……《特徴》で取れるレア《スキル》よね?」
このゲームの《プレイヤー》達は八つの《スキル》を持っている。《スキル》の他にキャラクターを特徴付けて個性を出すのが《特徴》というものだ。これはキャラクターを制作するときに決まるボーナスのようなもので、例えば《力持ち》だとか《切れ者》なんていうステータスが通常より高くなるものや、《射程距離延長》とか、特定の行動の判定が有利になるもの。《お金持ち》なんて初期の所持金が多いだけのものがある。僕のように特別な《スキル》を取得出来るのは《隠しスキル取得》といって、他にも何種類か有るらしい。
他に《スキル重複取得・剣術》とか《詠唱省略・精霊魔法》なんてものもよく聞く。本当はそういった当たりのレアが出るのは低確率なはずだけど、どうせ《プレイヤー》達はみんな当たりが出るまでキャラクターを作り直ているだろう。
「レア《スキル》ってやっぱり強いのよね?」
「どうかなー。クセがあって使いにくいかも。僕のは弱点もあるし、準備に手間がかかるよ」
「ねぇタビーさん? この辺りは来たことがあるんだけど、ダンジョンなんて有ったかしら?」
エステーが会話に割って入る。僕が訊かれたことに正直に答えるのを聞いて不安になったのかも知れない。
「もうすぐ着きますよ。あの倒木の向こう。あそこの大きな岩よ。実は隠し扉になって……」
タビーの指差した先の岩の表面には四角く切り出されたような穴が開いていた。地下へと続くらしい通路の奥は、ここからは見えない。
「隠し扉……開いてる……」
「どうも先客がいるらしいね」
通路の奥を覗き込もうと近付いたタビーの背中がピクリと震えた。獣の耳を真っ直ぐに立てて中の様子を探っているようだ。僕とエステーには何も聞こえなかったけれど、獣人のタビーには何か聞き取れたらしい。タビーはそのまま振り向かず、通路の奥を覗き込んだままで呟いた。
「……大変だわ! 誰か奥で叫んでる! 『PKだ!』って」