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36.とどかない

 紋様の刻まれた回廊の終わりは巨大な門になっていた。その前に立って確認してみると、メインメニューのマップは地上にある街の中心付近を表示している。この場所はグリーゼの街の中央広場、僕達がこの世界にログインして最初にいた場所の真下にあるのだ。


 ドラゴンと乙女のレリーフの刻まれた門は、一見して不自然なところはない。ただ、ちょっと気が付きにくい奇妙な点があることに僕は気が付いた。僕の住んでいる地下牢からこの場所までの道程は、ほとんど平坦で高低差もない。/locationコマンドを実行して得られるz座標も、似たような数字だ。なのにこの場所の天井は高すぎるのだ。


 天井すれすれの、上の構造物の重量を支えるアーチが等間隔で並ぶ高さには、もう地上の街があるはずだった。


「前に姉がいるって云ってたな。エステーが姉ちゃんなのか?」


 小声でニバスが僕に訊ねる。聞こえていてもほかの人間には答えにくいような雰囲気を上手く作った声は、同時に僕にも秘密を明かすことを促す物腰の柔らかさを含んでいる。ニバスは計算ずくでこういったことが出来るのだ。僕が答えずにいると、それが答えだと云うように神妙な顔で頷いて見せた。


「……そうよ」


 僕に代わってエステーが答えたことで僕も踏ん切りが付いた。


「別に隠してた訳じゃないんだけどね……僕達は連絡を取り合うことを禁止されてる。ログが残ったら……面倒なんだ。この世界で会ったのも偶然だよ」


「……そうか。いや、悪かった」


「別にいいよ。それで?」


「ウチの妹な……お前さんに惚れてるんだ」


 さらっと、何でもないことのように云ってのけるニバス。僕がアホみたいに口を開けて何も云い返せないでいると、タビーと一緒に門を調べているノーザが肩を震わせた。僕に背を向けたままで笑っているらしい。

 

「それでエステーに突っ掛かってたのかな?」


「ま、そう云うこったろうな」


「それで、お兄様としてはどう考えているのかな?」


「こんど狩りにでもに誘ってやってくれ」


「……別にいいけど」


 ノーザが声を出して笑いだした。


「ヘルマ……こう云うときは、もっと返事に気を使うんだ……きっとニバスはペルディタエに伝言を頼まれたんだよ。これはデートのお誘いだ」


「僕には……そう云う駆け引きはわからないよ……でもまあ、エステーも連れていけばニバスも来るのはわかるよ」


「ヘルマ!」


 食いついて来たのはエステーの方だった。顔が真っ赤になっている。ニバスはエステーから見えない方の手で親指を立てて、――ナイスだ。器用に口の片側だけで笑って見せる。


「駆け引きね……ま、今はそれよりも……この門だが……」


 ノーザが門を振り返って指し示す。


「開かない。大きすぎる」


 門の、ちょうど乙女の足元に耳を当てて中の様子を探っていたタビーも振り向いた。


「鍵穴もない。魔法の施錠でもないの。ただ、大きくて動かせないだけよ」


「中の様子は?」


「動くものはない。ただ恐ろしく広いね」


「水の音がするわ」


「タビー少し下がって……ポチ3号」


 僕に命じられてポチ3号が門に向かってナイフで斬りかかるが、門にはキズ一つつかない。


「破壊不可能オブジェクトか」


 ニバスが腕を組んで門を見上げる。習って僕も上を見る。


「高いな……」


「あの高さ、おかしいよ……ここのz座標は僕の家と変わらないのに」


 地上の街と、この場所の境界はどうなっているんだろう? 突然に出現したダンジョンは、ほかにもいろいろな矛盾を孕んでここに存在しているのかも知れない。僕は等間隔に並ぶ天井のアーチが背後の闇に溶け込んで見えなくなる辺りまで眺めて、少し違和感を覚えた。


「……ねぇノーザ?」


 ノーザも門と天井を見上げている。その横でタビーがもう一度門を調べようと、レリーフの乙女の下に耳をつける。僕はもう一度天井を見上げた。


「高くない……大きい。……ノーザ、天井の向こう側、透視出来る?」


「ちょうど街の……広間の南……」


「おかしいぞ……ここは僕の住む地下と変わらない高さ……天井のアーチがさっきより大きい……それに、今……」


 僕はタビーに向き直ってもう一度見た。


「タビー、さっきも同じように門に耳を当ててたね?」


「へ? うん、やっぱり水の音だけ」


「……とどいてない」


「うん?」


 門から頭を離して僕を見るタビー。まっすぐに立ってもとどかない。……間違いない。


「みんな、門から離れよう! タビー、君はさっきまで乙女の足元にとどいてた。ちょうど耳がそこに有ったんだ……今は届かない。君は……僕達は、縮んでる……だんだん小さくなってるんだ!」

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