34.剣?
エステーの傷は浅く、ダメージも大したことはなさそうだ。ノーザは念のため『ヒール』をかけると、続けて《付与魔法》の能力アップ系バッフを唱え始める。ニバスとタビーは武器を構えたままでジリジリと後退していく。敵が見えなければどうしようもないのだ。《識別》で調べることも出来ない。僕はエステーとポチ3号に『ドレイン』をかけると、二人のサポートに黒犬獣を喚び出した。黒犬獣も敵が見えるらしく、すぐにエステーの近くの見えない敵に飛び掛かる。
「ペット達のAIには見えるみたいだ」
「別の足音が近付いて来てるわ」
「あんまり強くはないみたいだけど、厄介だね。数も多そうだ」
エステー達にバッフをかけ終えたノーザに敵が向かおうとしたらしく、エステーが急に反転して杖を振り下ろす。それまでエステーと対峙していた敵にポチ3号が飛び掛かってエステーを庇う。
「ああ、これ以上増えたらエステーでもキツいぞ」
「ゾンビは?」
「狭すぎる。エステーの邪魔になる」
ゼラチンキューブのように、背景の景色が歪んで確認出来るようなこともない。敵のわざとらしい大きな金属音は、反響して正確な場所を教えてはくれない。正確な位置を知ることが出来ない敵達に、距離を取って亡者達を盾に範囲魔法で攻撃しようとすると、エステーと唯一のヒーラーであるノーザの距離が離れてしまう。この場所は狭く、敵の数は正確にはわからないが多い。今は奥の回廊をさ迷っているモンスター達もリンクするかも知れない。
「何かで色をつけたり出来ないかしら?」
例えばわざとダメージを受けて、透明な敵に血を吹き付けて目印にする。リスクが大き過ぎて現実的じゃない。それに一匹や二匹に目印を付けてもあまり意味はない。
エステーが杖を長く持ち、構え直す。敵の数が増えて突きを多様する攻撃よりも、力任せに横凪ぎに殴り付けるスタイルに切り替えたらしい。杖を振り切った瞬間の隙も大きくなって、あまりいい兆候ではない。エステーはじわじわと追い詰められている。
「ニバス、一応訊くけどドラゴンブレスは?」
「しばらく無理だ」
ゼラチンキューブを葬ったブレスは、強力だがやっぱり制限もある能力らしい。ほかに何か有効な手を考えないと、いずれエステーに限界が来る。
「このままじゃ何時か殺られる。エステーの攻撃が大振りになってきた。敵の数が多くて正確に把握できないんだ」
「いや、あれでいいんだ。敵もいっぺんに間合いに入れない。飛び出して来たヤツだけ叩けばいい。剣が届きそうな……ん?」
剣? 僕とニバスはお互いに妙な顔をして見つめあった。剣だ……僕も姿を見ることが出来ない敵の武器は剣だと思っていたからだ。何故だろう? そのことに確信がある。
「タビー、ちょっと敵の武器がどんなものか、考えて教えて。あてずっぽうでいいよ」
「え? え? えっと……片刃の曲がった……片手剣?」
「不思議だ……僕の考えてる剣と同じだ」
「俺もだ……」
もしかして? 僕はノーザの顔を見た。ノーザも妙な顔をしてタビーやニバスを見ている。彼も同じ剣を想像したのだろう。ひょっとして? 僕達は敵の武器をすでに見ている?
「ノーザ、一番弱い攻撃魔法を撃って」
「『ファイヤーボルト』? でもどこに?」
「カンでいい! 敵がいると思う場所を撃って!」
「わかった……」
短い詠唱のあと、ノーザの手元から飛んだ炎の矢が、何もない空間で小さく爆発を起こした。それを見てタビーが別の場所に短剣を投げる。これも見えない何かに命中して金属音が響く。
「当たったぞ!?」
「わかったぞ……僕達は敵が見えてる。見えないと思ってるだけだ! それでエステーには見えるんだ」
僕は思わず叫んだ。ニバスとタビーが首を傾げる。
「幻覚か?」
「デバッフのアイコンなんて表示されてないわ」
ニバスが目を細めて前を見る。タビーの云う通り敵の《スキル》による魔法なら、その事を知らせるアイコンが表示されるはずだ。これは魔法ではない。
「違う。でも似たようなモノだけど……説明は長くなる。……ニバス、タビー、敵がいると思う場所を攻撃してみて。外れてもいい……エステー! 下がってニバスのフォローを」
「……わかったわ」
エステーが後ろに下がって場所をニバスと替わる。ニバスを狙う攻撃だけ叩き落とすことに専念してもらえればいい。ショートソードの二刀流で間合いを詰めて戦うタビーには、小柄で素早いポチ3号達がサポートに入る。
「当たったわ! ……戦える!」
自分の斬撃の確かな手応えに逆に驚くタビー。感覚は敵を認めているのに、意識は敵を認識出来ないのだ。だが透明のカラクリはわかった。タネがわかれば恐ろしい敵ではない。
「よーし俺も……あれ?」
「ここよ!」
一撃当てて自信がついたのか、カンで見えない攻撃を回避し始めるタビー。ニバスは両手剣を振り回して空振りを繰り返す。ときどき命中するのもほとんどまぐれ当たりで、サポートのエステーが忙しく立ち回る。
「ヒットポイントは三〇〇くらい。《剣術》が四〇〇。雑魚ねッ!」
「当たんねぇええ!」
「ニバス、僕が撃つ魔法を見て斬るんだ!」
《識別》することに成功したらしいタビーが、敵のステータスを読み上げていく。ヒットポイントの監視と『ヒール』に余裕の出てきたノーザもニバスのサポートに入る。僕は二人に『ドレイン』をかけてポチ3号と黒犬獣に指示を飛ばす。
見えない姿が激しく金属音を響かせて倒れる。死の白いエフェクトを撒き散らして最初の一匹が消え、次々に倒れて行く。ガチャガチャと回廊の響く音、打ち合う音がしだいに少なくなっていき、エステーの一撃が最後の一匹を壁に叩き付ける衝撃音を最後に響かせて全て途絶えた。
「俺にはよくわからんよ……」
戦闘を終え、剣をしまいながらニバスが頭を捻る。エステーがそんなニバスを見て笑う。鱗に覆われたニバスの顔も、見慣れると表情の変化がわかりやすい。僕は背の高い二人の顔を見上げて、エステーが屈託なく笑うのを久し振りに見た気がした。
「安全そうな場所があったら少し休みましょう。そのときにでも説明するわ」
モンスター達のリポップまで、どのくらい時間があるかわからない。ドロップアイテムを拾い終えると、僕達は静けさを取り戻した回廊を歩き始めた。




