29.誰得
二つの皮袋にコインが入っています
それぞれの袋を振れば、音コインとコインのぶつかる音がするのです
二つの袋のコインを足した数は老人が知っています
二つの袋のコインを掛けた数は若者が知っています
二つの袋のコインが二十一枚よりは少ないと子供は知っています
「わかんなーい」
「まだ全部読んでないわよ。えーっと……」
老人は云いました
「若者にはわかるまい」
若者は云いました
「私にはわからない」
もう一度老人が口を開きます
「そうか、今、私はわかったぞ」
もう一度若者が口を開きます
「そうか、今、私はわかったぞ」
子供が云いました
「私はわかったぞ」
二つの袋のコインは何枚と何枚?
…………
「やっぱわかんなーい」
「こう云う謎解きって誰得なんだろうな。めんどい」
「僕はゲームの謎解きなんて、ほとんどネットで調べちゃうよ」
「ここじゃネットも見れねーぜ?」
「……それはゴールドバッハの予想を前提にした有名な問題だよ。答えは……こことここのページだね」
タビーと僕とニバスは、エステーが読む問題文を途中まで聞いて、すでに考えることを放棄していた。最後まで読み上げたエステーは、そのまま本を閉じた。考えることが一瞬でめんどくさくなったらしい。ノーザが答えを最初から知らなければ、みんなどうでもよくなって、何かほかのことを思い付いて遊びに出掛けそうな雰囲気だった。
ノーザがページを捲って指し示した文章を覗き込んで、ニバスが口の中でぶつぶつと唱える。どうやら本当に声に出して読めるのか確かめたらしい。
「ここを読めばいいのか?」
ページを開いたままの本を持って、ニバスが例の壁面に近寄る。
「じゃ、読むぞ」
Lasto,Morella Utulien.
Annon Dinen Si Edro Ammen.
初めて耳にする音のように聞こえるニバスの声。その声が終わると壁の一部がゆっくりと透けて消え始める。ゲームらしいエフェクトも効果も何もなく、魔法の幻覚を見せられているのか、それとも今まで見ていた壁が幻覚だったのか、そんな感じがした。
「中に入ったとたんに……消えたりしないでしょうね……」
エステーがそう呟く。ニバスが無言で唾を飲み込んだ。みんな同じような不安を感じているらしい。突然目の前に現れた回廊は、奥を伺うことも出来ないほど長く伸びていた。部屋のランプの灯りが届かなくなる先の闇は何もわからない。ノーザの云う存在しなかったはずの回廊は、今ここにある。それでも、それがいつまで存在し続けるのか。誰にもわからない。もしかしたら「いしのなかにいる」なんてことにも、なるかも知れない。
「タビー、奥の様子はわかる?」
「何も……ん? 少し風が吹いてる?」
「もうひとつ出入り口があるってことか?」
「そのようだね……ヘルマ、どうする?」
「このままにはしとけないよ……ポチ2号」
ほかに出入り口があるとしたら、確認しない訳にもいかない。ここから家にモンスターや《プレイヤー》が入って来ないとも限らない。僕はポチ2号を呼んで回廊の前に立った。
「通路の奥、分岐か部屋にぶつかるまで進むんだ。ほかにも何か異常があったら戻ってこい。タビー、ポチ2号が見えなくなったら音を聞いてて。……ほかにも何かあったら教えて」
ポチ2号が回廊の奥に消えて、やがて見えなくなる。すぐに僕の耳には足音も聞こえなくなる。
これでもう、ポチ2号の様子はペットメニューのウィンドウでヒットポイントの残量や状態異常の有無を確認する以外に何も知ることが出来ない。
「足音……まだ聞こえる。あ、止まった」
「……死んだ」
全員が一言も喋らないで僕を見た。僕はもう一度同じ言葉を話す。聞き間違いでも云い間違いでもないことを、不思議そうな顔をして僕を見るタビーとエステーに伝えるためだ。
「死んだよ。ポチ2号は死んだ。あっという間に、ヒットポイントがゼロになった。……タビー、足音は乱れたりしなかった?」
タビーは何も云わずに首を横に振る。青ざめて僕を見つめ返す表情は強ばって、唇が少し震えている。死の直前にも、なんの予兆もなくほとんど一瞬でポチ2号は死んだのだ。
ノーザとニバスが顔を見合わせて、次に二人ともエステーを見た。二人ともポチ2号が戦っているのを見たことがあるし、エステーはもっと前からポチ2号と一緒に戦っている。ポチ2号の敏捷性と戦闘力の高さは、三人ともよく知っているのだ。
「まさか本当にPKを一掃する罠じゃないだろうな……」
「さてね。……どうする?」
「……行ってみよう。何があるのかわからないけど、仇を討たなきゃいけなくなっちゃった。」




