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2.タビー

 ネット上でよく聞くVRMMO向けのツールに、『疑似人格』だとか『ペルソナ』とか呼ばれるものがある。これはヘッドギアなんかのブレインコントロールインターフェースと、脳のあいだの通信に介入して出力を書き換えるもので、仮想空間内の『自分』の表情や声質、無意識にする仕草を別のものに差し替えたりアクセントを加えたり、好きなように加工して出力するためのものだ。

 本来の自分と違う個性を演出したいという人達のための、変装用チートツールと専用のデータ群で、ネット上を少し探せば、何処かの誰かが趣味として自作の『人格』を公開していたり、有償で売られていたりするものを見付けることが出来る。オリジナリティをだしたい人のための、自作や改造のマニュアルなんかもよく出回っている。


 その中でもよく見かけるのは、アニメの声優の声を加工したフィルターやゲームから抜き出したモーションをパッケージしたもので、『妹キャラ』とか『眼鏡委員長風』なんて没個性的な名称をつけられた有形無形がネットの海に溢れかえっている。有名なものは個人名が付けられて、熱烈なファンまでいるらしい。

 これは云ってしまうと、要するにネカマちゃん御用達のチートツールだった。ネット上のコミュニケーションがテキストベースから音声の通信に移行し始めたころには、すでにボイスチェンジャーという音声のトーンを変更したりするツールが有ったらしく、ネットや仮想の中で自分を偽ったり演じたりする行為の歴史は恐ろしく古い。昔は演技力も必要だったのかも知れないが、今はめんどくさいことはツール任せで、誰でも簡単に別の自分になることが出来るのだ。


 タビーという獣人の女の子は、僕より少し高いくらいの小柄な身体には少し不自然なほど大きな胸をして、長い脚を前に投げ出して座っていた。緑色の髪と同じ色の瞳は大きめ。顔全体の印象は身体に対してアンバランスに幼い感じ。甘ったるい、何処かで聞いたことのある声も、そういったツールを使っている人達に多いタイプのキャラクターのように思える。そしてどうやら僕も、同じように『疑似人格』を使っていると思われたらしい。『ボクッ子』だそうだ。


「そーいうお人形……ビスクドールって云うのかな?」


「よく知らないけど……そうかも?」


 彼()は自分の近くにやってきた人形の髪を撫でると抱き上げた。少し重さに少し驚いたらしい。膝の上に座らせたいらしいので、好きなようにさせてみる。


 僕はそんなタビーと人形を眺めて、実は少し困っていた。おもに目のやり場に。それから次の言葉に。これからどんな風に会話を続けていいのかわからない。逆に今、話題にしたら不味いことの方は……わかりやすい。今の僕達のように隣り合って店を広げたもの同士が、お互いの商品や《生産スキル》の話をするのはよくある。誰も自分の《スキル》以外のことはあまり詳しくないし、知りたがる。知り合って打ち解ける前の話題の種としては最適だった。普通なら。でも彼女の扱う商品の話題は今しない方がいい。敷物の上に並べられた商品のどれかに視線を向けるのも絶対に駄目だ。


 タビーの前に並べられた商品からすると、彼()は《裁縫スキル》を持っているらしい。

 鈍い光沢のある黒いレザー製の女性用下着は、ただ置かれているだけなのに女性らしい曲線を保ったまま潰れない。厚めのレザーの縁には金属のリベットが打ち込まれて、なんだか防御力が高そうに見える。(イメージ的には攻撃力かも知れない。)オマケに隣にムチまで置いてある。同じ材質のブーツ。短めの太いベルトと目元だけを隠すマスクもセットの装備らしい。


 どうやら彼()はある種の機能特化型の女性用装備を売っているらしい。朝っぱらから、往来の真ん中で。


 僕が会話を続ける場合の選択肢として思い付いたのは、彼()の顔面の表皮の厚みについての僕なりの考察と、何かの偶然から傷口に入り込んだ上皮組織の断片が血流に流されて心臓に運ばれたとき癒着転移が起きた場合に、そこから体毛が発現する可能性について。それから今日の天気の話題だけだった。


 人形を見ていた緑色の目が、絶句する僕を見た。首を少し傾けて微笑みかける仕草は、きっと『疑似人格』のものだろう。可愛らしく見えて、ただそれだけだ。本当は何を考えているのかわからない。


「昨夜、森に行くときに抱いてたのもこの子?」


 タビーの方から振ってきた話題にも、僕はすぐに答えることが出来なかった。何でもないことのように微笑み返すだけでギリギリで、とっさに返事も出来なかった。昨日のことを誰かに見られていると思っていなかったからだ。


 ともかく、なるべく早く打ち解けて仲良くなった方がいい。狩りにでも誘うことが出来れば、街の安全地帯から外に連れ出すことは簡単だろう。彼()が誰かに喋る前に、殺さなきゃならない。

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