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28.隠し扉

 ノーザと一緒に部屋に入って来たニバスは、僕の薦めた椅子を断ると壁にもたれ掛かって部屋を見回した。背もたれのある椅子は、太い尻尾が邪魔になって座りにくいらしい。


「本当にダンジョンに住んでたのかよ」


 家具らしい家具もない部屋を見回しながら彼が少し長い首を動かすと、筋肉の隆起に押されて銀色の鱗がうねる。ランプの灯りが虹色に反射して鱗で覆われた顔の表面を流れた。一枚一枚の鱗の表面には、少しだけ透けて鈍くツヤのある皮膜がある。素材として手に入れば、人形の爪に使ってみたい。


 僕がニバスを眺めている横で、エステーが例の本を見ていた。ノーザも、エステーの横から本を覗き込む。タビーの膝から飛び下りたポチ2号が今来たばかりのノーザとニバスにお茶を入れた。


「読めるわよ。エルフ語ね」


「やった!」


 例の本をエステーに見せると、あっさり第一関門は突破出来た。マイナーな言語じゃなくて良かった。


「どんな内容なの?」


「クエストかしら……? シークレットダンジョンのヒントかも?」


「隠し扉だね……」


 エステーの手元の本を覗き込んでいたノーザが呟いた。その顔は何故か少し期限が悪そうに見える。背もたれを前にして跨ぐように椅子に座ったタビーが、下からその顔を覗き込んでいる。


「ノーザ君も読めるの?」


「読めないよ」


 人間族のノーザには本の内容はわからないはずだ。だけど彼は本の地図と部屋の中を一瞥して、もう何かわかったような顔をしている。


「僕は壁の向こうの様子が、おぼろげにわかるんだ。……チートだよ」


 そう云いながら扉の正面の壁まで歩くと、ノーザは杖の先端で壁を軽く叩いた。


「ここだよ」


「そんなところに? ぜんぜん気が付かなかった」


 僕はノーザの示した辺りの壁を見た。他の場所と変わったところは何もない。ただの壁だ。


なかったんだ(・・・・・・)。ここには何も」


 壁を睨み付けながらノーザが腕を組む。僕は彼の言葉の意味がわからなかった。


「んで……どうやって開けるんだ?」


 欠伸混じりのニバスの声。何故か彼は興味がないふりをしている。遠目でちらっと本を覗き込んだあとは、逆に見ようともしないのが、わざとらしい。本当に興味がなければ、ここまで来ないはず。


「謎解きね。答えの数字のぶんページを捲って、そこを読めば良いみたい。でも、その部分だけエルフ語じゃないわね」


「……ニバス、これ読めるだろ?」


 ノーザはニバスなら読めると思っているようだ。ほとんど確信があるらしい。昨日のうちに本を見せたとき、ニバスも誘おうと云い出したのも彼だった。


「んあ?……あれ? 読めるな……」


「ノーザ、なにか知ってるの?」 


「ヘルマ、この本のこの部分……見てごらん」


 エステーから本を受け取ったノーザは、みんなに見えるようにテーブルに本を置いた。彼がページを捲って指し示したのはドラゴンと乙女の絵だった。


「見てごらん。ドラゴンも乙女も同じ方を向いて口を開いてる。似たような図案が後ろの方にもある」


 僕は地図のあるページばかりを見ていて、この絵には注意をはらわなかった。云われて初めて、絵のなかの人物の様子に気が付いた。この挿し絵は、読むことの出来ない《種族》のためのヒントなのかも知れない。ページいっぱいに描かれた人物像はノーザの云うように壁と、その向こう側の像に向かって何かを唱えている。


「エルフの方は自信がなかったけどね。ドラゴンの方は間違えようがない」


「ドラゴンとエルフねぇ……ここは神殿か何かなのか? なんでスラムにこんな場所があるんだ?」


 そう云われてみると、ニバスの疑問はもっともだ。本の古めかしい凝った造りと、挿し絵の少し抽象的な印象は、このなんの装飾もない地下牢の空間はそぐわない。


「ニバス……それにみんなも聞いてほしい……この場所にはね、今まで何もなかったんだ。隠し扉も、向こう側の空間も。僕は前にもここに来たことがある。そのときはこんなモノはここになかった。それで気が付いた。この本とダンジョンは不自然だ」


 ノーザは前に、グールを造るところを見るためにここを訪れている。あのとき僕達には尾行がついていた。その尾行者を警戒するために、自分の周囲を調べたのだろう。

 ノーザがもう一度、隠し扉のあるらしい壁の前に立つ。ノーザを目で追いかけながらエステーが訊ねる。


「それって……どう云うこと?」


「ニバスの云う通り、少し変だ。これがこんなところに、スラムの廃墟の地下にあるなんておかしい。それこそ何処かの神殿風ダンジョンにならありそうな仕掛けだ」


「うーん? 設定ミス?」


「そうかも知れないねタビー。でも僕は、ほかのことを考えた。このダンジョンがここにあるのは無理矢理だ。それにエルフとドラゴン。この組合せもおかしい」


 ノーザは振り向くと、全員の顔を順番に眺めた。


「きっと僕達の中から選んだんだ。ニバスとエステー、もしかしたらペルディタエだったかも知れない。僕達が少しくらい悩んでから解ける程度の謎を用意して、無理矢理もってきたダンジョンの封印に使ってるんだよ」


「ニバス、それ何語で書いてある? ドラコニアンってレアな種族だよね?」


 僕がそう訊くとニバスが本から顔をあげた。


「ドラゴン語だな……自分以外のドラコニアンは見たことねぇな。キャラクターメイキングのときにも、ガイドAIに超レアだって云われたぜ」


「ほかにもドラゴン語が解る《種族》がいるかも知れないけど……《プレイヤー》全員がこのダンジョンに入れる訳じゃないってことよね? そんなのおかしいわ。」


 エステーの云う通り、コンテンツを利用するための条件を、ゲームを始める前に決定されるものにするのは少し不自然だ。種族限定のクエストと云うのもあるかもしれないが、それなら全てドラゴン語で書いてあってもいい。

 ドラコニアンはレアな《種族》で、僕もニバス以外には会ったことがない。現実的には、このダンジョンにはニバスがいなければ入ることが出来ない。と云うことになる。


「もしかしたらヘルマが本を手に入れたのも、何か……運営? なんて呼べばいいのかしら? ソイツらの操作があったかも知れないわ」


「そうだね。そんなことが出来るのは、この世界を創造(つく)って動かしてるヤツらだけだ。僕達をこの世界に閉じ込めている連中が、何かの理由で僕達とこの世界に干渉しようとしてる。これはきっと、そのことが初めて僕達に露呈した事例さ」


 ノーザが杖の先端もう一度叩く。僕を見て微笑む。その顔は、僕がこれから云うことの返答のような気がした。順番が逆だけど彼はもう賛成している。


「行ってみるかい? もしかしたら、スラムに巣食うPKをまとめて処分するための罠かも知れないけどね。……でも、面白そうだ」

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