26.ごちそうさま
北門で僕達の帰りを待っていたもう一人の『僕』に誘われるまま、『COCO@R』という店に入る。ここは《プレイヤー》土地を買い取って建てた店で、現実の世界の料理の再現を無理矢理試みた創作メニューの奇抜さと、コーヒーの味で有名な店だった。店の奥まった角の大きめの席に、もう一人の『僕』と向かい合って僕達四人は座った。
この世界に来て初めて、僕は頭痛がする気がした。ショックやメンタル面の変調を、『気がする』程度の体調不良として感じたことに少し懐かしいような気持ちを同時に感じながら、自分の前にいつの間にか運ばれたコーヒーを味もよくわかないまま口にしていた。
目の前でコーヒーのカップにかかる白い指。爪の形。瞬きする目とカップから離れた瞬間の半開きの唇。すべてが僕のものだった。自分の身体がもう一つあって、勝手に動いている。これは想像したこともなく、比べるべきものも思い付かないほど不気味な出来事だった。そのもう一人の『僕』は丁寧に頭を下げると、一度僕達四人見回してから口を開いた。
「賞金稼ぎギルドに依頼を出したのは私です」
突然に本題に入る。しかも以外な言葉で。《変装術》の使い手はターゲットではなく、依頼を出した側らしい。僕はくらくらする頭のなかで、考えをまとめようと必死だった。
「……なるほどね……賞金稼ぎ達も僕達も君に一杯食わされた訳だ」
「はい」
ノーザが僕達四人のなかで最初に口を開いた。その言葉にあっさりと肯定してみせた『僕』が、そのとき微かに笑ったことに気が付いた。演技だ。コイツの礼儀正しさも、控えめな表情と振る舞いもすべて演技なのだ。今一瞬だけ見えた勝利の笑みが本当のコイツ自身なのだ。
「狙いは商売の邪魔をするこそ泥どもの排除かな?」
ノーザが歯を剥いて笑う。彼も、微かな微笑みを見逃さなかったらしい。
「……それって、つまり……?」
「コイツが依頼主で……MPK本人ってことだよ」
唖然とするエステーの問に答える形で、会話に割り込む。僕は残りのコーヒーを一気に飲み干すと、カップをソーサーの上に乱暴に置いた。
「私は戦うことが出来ません。あるのは、今ご覧になっている通り《変装術》と、あとは移動速度を上昇させるアイテムがいくつか」
「あと悪知恵ね」
そう付け足してエステーが溜め息をつく。背もたれに寄り掛かりながら笑った。完敗ということか。
「でもなんで私達の前に?」
一番端に座ったタビーは、誰かが答えてくれるのを待ちながら、僕達と正面の『僕』の顔を交互に見た。
「一言お礼を」
「嘘つき」
僕は目の前の顔を睨みつけながら言葉を続けた。睨んだまま沈黙が続いたら耐えられそうにない。
「依頼を取り下げたいのなら、賞金稼ぎギルドに云いなよ」
「続けてくださっても構いませんが……MPKは廃業します。……『スキル変更クエスト』はご存知ですか?」
僕はそれを知らなかった。『クエスト』と云うのだから《NPC》達から依頼を受けて報酬を貰うゲームのシステムだろう。エステーがはどこかで聞いたことがあるらしい。
「《NPC》から新しい《スキル》を教わるのよね? 大金を取られるらしいけど」
「お陰様で今日、必要な金額が貯まりました」
両手でカップを持ち上げながらエステーに答える『僕』。僕達がPKだと知っていても、街の安全地帯のなかで何も出来ないと高を括っているのだ。何か思い当たることがあったらしいノーザが云った。
「……僕達が帰ったあとで死体を漁ったね?」
「はい」
今度はわかるように笑って見せる。少し嘘くさい。
「ずっと僕達を見張ってたんだね……姿を変えて。今日も見ていたんだ……それから自慢の脚で先回り、街で僕達を待ってたんだ」
「なんで!?」
タビーがテーブルの上に身を乗り出す。なんでそんなことをする? なんでわざわざ告げる? なんでそんなに笑う? 納得のいかないことを全部ひっくるめた『なんで?』だ。僕も納得出来ない。何かが引っ掛かる。
「生きていく為です。さっきも云った通り、私には戦えません。新しく《生産スキル》を取得して街で生きて行くつもりです」
「生きる、ね……」
ノーザがぽつりと呟いて考え出す。僕には「仕方なかった。許して」と云う風に聞こえた。
「《剣術》でも取った方が効率いいな。街のすぐ外のウサギの肉だって、《NPC》が無限に買い取ってくれる」
「……あなたは……あなたは……何故あんなことが出来るんです? 今日何人殺したか、わかっています? あんな……あんな……地面まで真っ赤になって……誰の、どの部分かもわからなくなって……」
「二十人かな? 血まみれになって漁ったんだよね? 取り零しはなかったかな?」
「……《剣術》はもう持っています。でも私は戦えませんでした。……この世界は現実的過ぎる……」
血の匂い、痛み、悲鳴。この世界がリアル過ぎて戦えない。そう云うことか。そういった《プレイヤー》がいると聞いたことはあった。もしかしたら、MPKが起こるのをずっと待っていたこそ泥達も、そんな《プレイヤー》達なのかも知れない。
「でも殺せる。死体も漁れる」
「怖いのは、自分が痛い思いをすることだけだろ? 僕への非難が君の口から出るのはおかしい。……君は僕達と同じさ。殺せる。それに知恵比べのゲームも楽しめる。僕達を待っていたのも、今日の勝利宣言みたいなものだ」
「……」
「《生産スキル》なんて取らないで、君も対人戦を始めたら楽しめそうだ。きっと強敵になる。でもやっぱり……引き受けた仕事を優先しようかな」
僕は立ち上がる。テーブルの下の異変に気が付かれないよう、注意をこっち向けるためだ。同時に正面の『僕』の首に、テーブルの下から這い出たものが絡み付いた。
「ぐぅ……!?」
「ポチ4号」
首に巻き付く棒状の毛皮に、もう一人の『僕』が驚いて手を伸ばす。慌てて引き剥がそうとするが無理だろう。
「街の東門から出た辺りに住む人食いミミズってモンスター知ってる? それをグールにして入れてあるんだ。――僕の尻尾だよ」
もう一度席に座ってから、ショックで青ざめた顔に笑いかける。僕のスカートからそっと離れて、音もたてずに忍び寄ったポチ4号は、上手く『僕』の不意をついた。並の力ではグールになって強化された筋力と敏捷性にはかなわない。
「街の安全地帯の中じゃ、戦闘行為は無効だ。その尻尾も君に何の危害も加えることが出来ない。逆に君もそれをどうすることも出来ないけどね……君がもし、安全地帯の街を出たら首を絞められるか、顔から貪り喰われるかするだろう。もしかしたら両方かな?」
両手でポチ4号を掴んで僕を睨む『僕』に、もう勝ち誇った笑みも、嘘を吐く余裕も見られない。僕は他の三人に促して立ち上がると、最後にもう一度『僕』を見た。
「もしも、もう一度会うことがあったら、それを外してあげるよ。なんなら僕の家を訪ねて来るといい。スラムは戦闘可能エリアだけどね。……それじゃ、コーヒーごちそうさま」




