22.裏手配書
「あの阿呆がな……感謝してるんだと。お前さんの機転のおかげでPKにならずにすんだと」
「あの馬鹿が?」
その日の商売を終えて家に帰ると、留守番をしていたポチ3号とタビーと一緒にお茶を飲んでいたのはGBだった。僕の顔を見るなり告げたのは昨日の一件のことだ。どうやら僕が帰って来るのを待っていたらしい。
「普通にくつろいでるけど……ここはPKの家なんだけど?」
「お前らだって俺達の本部まで来たじゃないか」
「あそこは安全地帯だろ?」
「ここには俺に危険なものでも有るのか?」
凄みながら笑ってみせるGB。すぐそばのポチ3号を見ようともしない。いつでも仕掛けてこい。その目はそう云っている。
「ちょっと! 動いちゃダメ!」
GBの座る椅子のそばに椅子を寄せて、その上で膝立ちになっているタビーは……GBの頭にネコミミのカチューシャを乗せてバランスを見ていた。
「こんなもんかなー」
「……」
「……」
タビーはGBの頭からネコミミを取り上げると、生産ツールを展開して仕上げの作業に入った。すでに昨夜からポチ達は、全員同じものを装着させられている。彼女が作っているのは四つ目だ。嫌な予感しかしない。
「あー……GB? 今のなかなか似合ってたよ?」
「な! あれはお前の分だ! ちょっとバランスを見たいって云われて……」
「それならGBの分も作ろうかな?」
「……」
「……」
「……(何でも良いから話題を変えろ)」
「……(嫌だ。完成を待つ)」
無言の応酬と視線だけの攻防のあとで、僕も椅子に座る。背伸びしてタビーの作業を覗き込むポチ3号は、服装まで出掛ける前に見たときと変わっている。
フリルの塊みたいなスカートは膝まであって、その下にパニエの裾のレースが見える。手首と肘の少し上で生地を絞って固定するリボン。丸い襟から下に向かって交差しながら下りて腰のリボンに隠れる紐のような構造は、何の意味もない装飾でだろう。底の厚い革のシューズは歩きにくそうだ。全てが黒い材料で出来ていることを除いて、まったく戦闘向きじゃない。全てが機能美とは対局にある美意識によって形作られて、功利性を置き去りにして、なんだかよくわからない突き抜け方を感じさせる。つまり、それは『無駄』の塊のような服装だった。これも四着あったらどうしよう? ……やっぱり話題を変えよう。
「それで、何の用?」
ポチ1号を抱き上げて、さりげなく装いを確認してみる。1号も、3号とお揃いのドレスを着せられて、ネコミミのカチューシャ。おまけに尻尾までついている。
「仕事を頼みたい」
「仕事?」
賞金稼ぎの口から出てきた言葉は意外なものだった。僕にPKKになれとでも?
「これを見てくれ。裏手配書だ」
GBがテーブルの上に広げたのは、前に見たことのある手配書と似たようなものだった。ただ、まん中には似顔絵の代わりに大きく『?』が書かれていて、対象の名前も『不明』になっていた。
「……意味あるの? これ」
「下の方を見てくれ。その下の《変装術》って《スキル》知ってるか?」
「さあ……よくは知らない……レア?」
「レアだな。一時的に名前も姿も変えて別人になれる。見破る方法は知らん」
「《識別》も?」
「《識別》で見えるステータスも誤魔化せるかはわからん」
「見破れないと思ってた方がいいってことか」
話を聞きながら、厚手の羊皮紙を手にとって眺める。掛けられた賞金が六千ゴールド。僕の百倍だ。三十人を殺しているが、派手で大雑把なやり口のせいで生存者や目撃証言も多い。ほかにこの裏の手配書とやらから知ることが出来る情報はひとつだけだ。
「この話はアレスは知っているのかい?」
「知ってる。お前らに頼もうと云い出したのもアイツだ」
「PKカウントのないヤツが相手なら、僕達に頼むしかないだろうけど……なんかすごく簡単に信用され過ぎてる気がする」
「そうでもない。ただソイツが殺しすぎてるだけだ。早急に対応したい」
「ま、いいさ。それにしてもMPKなんて……面白いのかなぁ」
「何が楽しいのかわからんな」
初めてGBと意見が合った。いや、二回目か、もしかしたら三回目かも知れない。手配の人物はアクティブモンスターを別の《プレイヤー》にけしかけて、自身は殺人のフラグを立てずに殺すという、いわゆるモンスターPKの方法で荒稼ぎをしているらしい。犯行時には《変装術》で名前も顔も隠して、普段は素顔で普通の《プレイヤー》として生活しているのだ。
ともかく、名前も人相もわからない人間を探しだして殺すという仕事らしい。
「面白そうだけど……役に立つ情報が少なすぎ……ん? 多いのかな……目撃情報も生存者も」
「何か情報があれば追って報せる」
「そうだね。留守中は口笛で合図でもしてくれたら、襲わないよう留守番には云っておくよ。昨日みたいに」
GBは笑って何も答えなかった。やっぱりあのとき、戸惑う見物人達の雰囲気を後押しして、歓声に変えたきっかけの口笛はGBの仕業だった。心配性で用心深いこの男が、呑気者のボスを一人でスラムにやるはずがない。
無言で笑って何も云わないGBの、浅黒い顔の上にもう一度ネコミミが乗せられた。
「これも合図にしましょうよ。2号ちゃんも3号ちゃんも、これを着けてたら襲っちゃダメよ」
「……!」
「それ採用」