21.スラムの商売
何本勝負か決めもしないで始まった模擬戦は、アレスのスタミナ勝ちに終わった。悔しがってスタミナポーションを飲もうとするタビーを止めて、大人げなく嬉しそうに笑うアレスを睨み付ける。見物人達はとっくに飽きて解散していた。
「終わった?」
瓦礫に座ってむくれているエステーが立ち上がった。ポチ3号が肩をすくめるジェスチャーで答える。さっきのエステーを見て学習したらしい。
「少し急がないと……もう時間がないよ」
タビーにポチ1号を渡して少し急かす。急がないと店も閉まってしまう。
「いや、面目ない。つい熱くなってしまった」
頭をかいて笑うアレスがそれに答えて僕に向かってウィンクして見せる。
「お陰で助かったよ……じゃあ行こうか」
不発に終わった僕の企てに、何か勘違いをしているらしい。人の行為が全て善意からだと、勝手に信じることが出来るのは何故だろう? この男の頭の悪さを読み違えたことが僕の敗因だ。だけどまぁ、ゴミのような部下達を見捨てたことは評価してもいい。
スラムの露店の集まりは、北門前の露店の集まりには比べるべくもないが、それでもそれなりに店の数もある。毎朝場所とりをする必要もないほどの混みかたのお陰で、敷物を敷いただけの店よりは簡単な屋体や低いテーブルを置いて、その上に商品を並べた店も多い。売り物はファントムナイツが縄張りにしている街の東門周辺のドロップアイテムを除けば、北門前とそう変わらない。ただしいくらか割高で種類も少ない。
タビーの買い物を済ませると、適当に店を冷やかしながら見て回ることにした。初めて来たアレスとタビーには、珍しいものも有るかも知れない。
「あんまり北門前と変わらないのね。高いけど」
意外にしっかりと値段をチェックしているタビー。アレスはボられて馬鹿高い串焼きの肉を買っていた。
「北門前で買ったものをここで倍額で売ってる店も有るからね」
「何か珍しいものってあるかしら?」
「そうだねぇ……」
前方の店の中に、知り合いがやっている店を見つけた。そこだけお客がいないので逆に目立つ。むしろ皆、見ないようにして前を通り過ぎている。
「あの店なら珍しいものがあるけど……でも商品に触っちゃダメだよ」
「?」
ボロボロのローブを着た人間族の女が、薄汚れた布を前に座っていた。布の上にあるのは銀色に輝く金属製のアクセサリーと、幾つかのナイフや短剣類。女は僕達が店の前で立ち止まっても顔も上げない。
「……」
店の前で立ち止まった僕達を通行人達が眺めながら通り過ぎて行く。この店はスラムでは有名なのだ。
「アクセサリーのお店? でもこれって……」
「シッ! 駄目だよタビー。それを云ったら営業妨害だよ」
《識別》を持つタビーには、売られているアイテムがどんなものかわかるらしい。
「……どうぞ……お手に取って眺めてみてください……」
店の女の掠れた声。実はこの女は今、笑うのを我慢している。うつ向いて垂らした前髪の奥で、頬をひくつかせているのが見える。
「マジックアイテム? どんな効果があるんだい?」
アレスが商品を眺めて訊ねる。女は答えない。エステーも僕も通行人達に向かって笑いかけ、指を口に当てて黙っているように促した。
「……こちらの列が主にステータスアップの効果です。装備してステータスを確認してみてください……」
「じゃあひとつ」
アレスは商品の腕輪をつまみ上げて、自分の手首にはめる。とたんに顔が青ざめて、震えだす。
「なっ! こっ、これは!!」
「ヒャハハハハハハハ!! さーわったぁ!! さーわった!!」
女はローブが捲れて脚が膝上まで見えるのも構わずに大笑いで転げ回る。起き上がるとアレスを指差してもう一度笑う。
「さわっちゃったぁ。装備しちゃったぁ」
アレスは青い顔のまま震えている。顔色からすると毒か麻痺のようだ。
実はこの店の商品は全て呪われている。《呪術》のスキルによって特別な能力を付与されたアイテム類だった。女の説明した通りに、何かステータスアップの効果も有るのだろう。でもそれだけじゃない。説明になかった、ろくでもない効果が有るのだ。それに呪われた装備品は、呪いを解除するまで取り外すことが出来ない。
「コホンッ」
女は咳払いをひとつすると、背筋を伸ばして座り直した。アレスに向かって満面の微笑みと共に告げる。
「『解呪』スクロールはいかがでしょうか? ひとつ一万ゴールドになりますけど」
「……ちょうど今必要だったんだ……グフッ……貰おうか」
青い顔で笑い返すアレス。怒る余裕もないらしい。
「腕輪と合わせて一万二千ゴールドになります。毎度ありがとうございまぁす」
深々と頭を下げて慇懃に礼を述べる女に、アレスはヒラヒラと手を振りながら、まだ青い顔でポーションを飲んでいる。スラムのことを知りたいと云っていたが、今日は勉強になっただろう。




