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19.詰み

残酷な表現があります。ご注意ください。

 杖を肩に担いでエステーが前に出た。大男を睨み付けて中指を立てる。自然に対戦相手が決まったように見せて計算の内だ。小男は一番手は引き受けそうにない。大男が周囲を見回してから背中の戦斧を構える。


「……本当に一対一だな?」


「合図をお願い」


 エステーは男の問いに答えない。構えようともしないで、男達に襲われていた女性に声を駆ける。女性が頷くと手をあげた。


「始めて」


 たった二人でスラムに入り込んで来たのだから、大男達はそれなりに腕に覚えがあるのかも知れない。自分をほとんど無視して、武器を構えようともしないエステーに対して、大男は見た目の粗暴さからしては用心深くでた。距離を取りすぎれば魔法が来るかも知れないし、エステーの余裕とも取れる態度に距離を詰めることもためらう。ギリギリの間合いで動こうとしない。


 大男が焦れる。エステーは担いだままの杖で、肩を軽く叩きながら微笑んでいる。大男に僅かに隙が生じた。張りつめて緊張した手のひらに汗でもかいたのか、僅かに指を開いて握り直そうとした。


「あぐぁっ!」


 間抜けな悲鳴をあげて自分の手を見る大男。左手の革製の小手から見える指のうち、二本が折れて不自然な方向に曲がっていた。エステーの杖の軌道が見えなかったのだろう。驚愕の表情、見開かれた目が自分の指からエステーの顔に移動する。


 エステーが戦いの前に付け替えていた指輪は、『敏捷』のステータスを上昇させる効果がある。彼女は相手に応じてステータス上昇系の指輪を付け替えて自分をカスタマイズする。今は精密度とスピードを優先しているのだろう。僕の目には今の彼女の動きを捕らえられない。


「……スゴい」


 タビーが呟いて唾を飲み込む。アレスがタビーに向かって頷いた。呑気に見物を決め込んでいるこの男は、状況を理解しているのか。僕の計略通りにことが運べば、エステーと大男のあとは小男と僕が戦う。そのあとアレスはタビーと戦わねばならない。彼はタビーを殺したり危害を加えるようなことは出来ないだろう。

 試合がどんな形で終わっても見物人達に不満が残れば彼はなぶり殺しになる。タビーを相手に手を抜いていると思われてもそうだ。強姦魔達の身内として、ここで死ぬ。それにもしかしたら、タビーはアレスを殺すことに躊躇しないかも知れない。彼()は僕達に近付くために、賞金稼ぎの仲間を見殺しにしている。アレスが見物人達に反感を買った場合、彼への攻撃をためらえばタビーも同様に命を狙われることになる。


 詰みだ。さよならアレス。君の最良の手は、試合が始まる前にあの二人を殺すことだった。あのとき賞金稼ぎのボスから、PKに鞍替えするしかなかったのだ。僕は()の呆気なさに呆れて微笑んだ。もう少し遊んでみても良かったな。まぁ、まだGBも残ってる。彼ならもう少し駆け引きが楽しめるかも知れない。


 僕の微笑みをエステーの優位を見たためと思ったのかアレスは気にも止めない。エステーにとってあの大男は敵でさえない。エステーの優位は最初からわかっている。


 大男の左手の指は全て折れてバラバラの方向に曲がっている。もう両手で戦斧を持つことは出来そうにない。顔に焦りを色濃く見せながら、残された右手だけで戦斧を振り上げようとする。その途中で戦斧が手の中から抜け落ちた。振り上げる途中で、右手の指も親指を残して折られたのだ。


「うぐぉ……」


 大男の呻き声は苦痛か驚愕のためのものかわからない。初めて肩から杖をおろして構えるエステー。杖の先端を男の顔の前に突き付けて、そこに残る血の痕を見せ付けて笑う。青黒い美貌の中で、口の内側で白い歯と肉の赤さが傷口のように広がって濡れて輝く。


「……わ、わかった。降さ……」


 神速の突きが大男の鼻を潰して前歯をへし折った。エステーは突きの構えのまま動かない。突きの衝撃で仰向けに倒れた大男が起き上がるまで、待つつもりらしい。


「な!何しやがりゅ……ブッ!!」


 折れた鼻をもう一度抉られて、大男は再び倒れた。構えを解いたエステーが大男に近付いて顔を踏みつける。


「惜しかったわね。一文字足りなかったわ」


 顔を踏みつけられて大男は怒りに我を忘れたらしい。指の動かない腕でエステーの足に掴み掛かろうとする。エステーはすでに軽く跳躍して空中で狙いを定めている。大男の口と残された右の親指が重なった瞬間、杖の石突きが親指を砕いた。関節と違う方向に曲げられて、男の親指が口の中に落ちる。そのまま杖を捻る。残りの肉を引きちぎって完全に、手のひらから離れた指を男の口の奥に捩じ込む。自分の指を飲み込まされるのはどんな気分だろう?飲まなければ窒息する。大男の顔の側に立って睨み付けるエステー。大男の顔を眺めて伏し目がちに見える瞳には、怒りも悪ふざけのときの邪悪な微笑みもない。――やってみたけど、あんまり面白くないわ――そんな顔に見えた。


 大男は掛けに出た。口の中の傷口が広がるのも構わずに体を捻ってうつ伏せになる。死の運命から逃れようと、這いずってエステーから遠ざかろうとする。自分とエステーを取り囲む見物人達の近くまで来て、退路がないことを知ると泣き出した。ゆっくりと背後に近寄るエステーが膝を裏側から砕くのにも構わずにインベントリからポーションを取り出した。不自由な両手で苦労して取り出そうとして時間をかける。もたもたしていると下半身から挽き肉に変わる。でもどうやってビンの蓋を開けるのだろう? 指も、蓋に噛みつく歯さえないことを彼はやっと思い出したらしい。すがるように見上げた目の前の見物人は、大男が襲おうとしていた女性だった。エステーは最初から大男をそこまで誘導するつもりだったのだ。女性はしゃがみこむと、男の両手のひらのあいだからポーションのビンをつまみ上げ、蓋を開けて微笑んだ。


 女性はそのままビンを傾けて、中身をすべて男の目の前の地面にこぼした。見物人達の歓声に囲まれて、結局大男は地面を舐めながら死んだ。

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