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1.ヘルマ

 今までに遊んだことのある、似たようなゲームでも《生産系スキル》の選択は難しかった。その《スキル》が使える(・・・)ヤツかどうかは、実際にやってみるまでほとんどわからない。

 『生活系MMO』なんて謳い文句のゲームの場合にはとくに要注意だ。役に立つのかわからないような《スキル》が無駄に多かったりする。ついでに云うとそんなゲームに限ってゲームデザイナーの無駄なこだわりが、めんどくさい手間として反映されていたりもする。


 《鍛冶》《裁縫》《アクセサリー製作》。これは需要も供給も多い。王道だ。装備品を作り出す《スキル》は安定収入が期待できる。同業者も多いけど安定感がある。他にも《弓矢製作》や《錬金術》なんかの矢やポーションなんかの、消耗品を作り出せる《スキル》も人気がありそう。《細工》《大工》……この辺りになると少し微妙……そして《陶芸》……皿とか壺とか。需要はない。消耗品でもない。存在意義がない。罠スキル過ぎる。


 でもまぁ、ちょっと楽しそうだった。キャラクター製作のときに、ガイドAIが見本を見せてくれた。眼の前に浮かぶ《生産ツール》のグリッドの中に手を入れて、実際に粘土をこねるように操作するのを見て、僕は興味を覚えてしまった。出来上がった形に好きな模様を描いて、出来上がり。趣味としてなら良いんじゃないかな? そういえば子供のころ、粘土遊びが好きだったなぁ……簡単に云うと、そのとき魔が差した。


 それでも、その趣味と割り切って一つだけ取った《生産スキル》に助けられて、僕はなんとかやっている。あのときは、こんなことになるなんて思いもしなかったけど。人生、何が起こって何が役に立つかなんてわからない。まぁ、まさかゲームの世界で皿やら壺やらを売って生きていかなきゃならなくなるなんて思いもしなかったけど。いやホント、人生何が起こるか訳が(・・)わからない。


 通いなれた道を歩きながら、考え事をしているうちに大通りの終わりが見えてきた。白い石と漆喰の家々が途切れて、広場と行き交う人達の姿が見えてくる。あのときと同じ様に様々な種族が、あのときと違って、前を向いて行き交う。それはこの二ヶ月で見慣れた、いつもの朝の光景だった。


 僕達が『新作VRMMOルニタニアオンライン』の世界に閉じ込められて二ヶ月が経っていた。


 二ヶ月前(これも現実の二ヶ月と同じなのか誰にもわからない。)ログインして初めてしたことは、ただこの仮想世界の精密さ目を奪われて、それこそ夢中で街と自分と同じように驚嘆にくれる《プレイヤー》達を眺めることだった。自分の毛皮を撫でてみる獣人や、戸惑いながら翼を広げる鳥人。僕も新しい自分の髪をつまみ上げ、親指と人差し指のあいだからさらさらと落ちて風に揺れる毛髪に、キューティクルの方向まで存在するのを知って軽くショックを受けた。


 姿形も様々な種族の姿が、路傍の石を手にとって眺め、噴水の水に指先を入れて感触を確かめる。白い漆喰の家々の壁を撫でてから軽く叩く。誰もが似たようなことをして、そこにあるもの全てが、見た目と予想を微塵も裏切らない確かな感触をフィードバックすることに驚き、その驚きを隠せない。エルフの青年もドワーフの髭面も、呻くような溜め息をひとつついてから、まだ試していない別のことを探して辺りを見回した。


 空は、教会らしい建物の鐘楼の後ろを流れる雲は、異国風の街並みを左右に並べて伸びる石畳の通りは、完璧だ。――世界は異常なほど完璧だった。


 ログアウト出来ないという話が聞こえてきても、僕はすぐに試そうともしなかった。ちらっと頭のすみで、そのうち運営からお詫びのアイテムでも配布されるだろうと思っただけで、むしろ自分の責任が糾弾されそうにない理由から遊ぶ時間が増えたことを喜んでいだ。強制切断と緊急メンテの心配さえしながら、運営からの発表がアナウンスされるのを待ちながら、それもいつの間にか忘れて完璧な世界の中の始まりの街を見て回った。


 おぼろげに不安を感じたのは、街並みの向こうに日が落ちて、夕闇と紅い月に空を明け渡そうとするのを見てからだった。闇の中に浮かぶ紅い真円を見上げて、僕は初めて恐怖を覚えた。完璧な世界を運営する組織からの連絡は何もない。何故か焦りを感じる僕に、世界は時を刻んで見せ付ける。どうすることも出来なかった。

 僕も他の《プレイヤー》達と同じ様に紅い月を見上げて最初の夜を過ごした。そして今も、現実の世界からのコンタクトはない。









 狩りに出掛けていく冒険者達の朝は早い。


 グリーゼの街の北門前広場には、今日もそんな冒険者達を当て込んだ露店が賑わいを見せて、売り子の呼び声が広場に入る前から往来のざわめきを飛び越えて聞こえてくる。

 露店と云っても、殆どが売り手の前に布を敷いて商品を並べているだけの簡単なものが多い。他の店よりも目立とうという工夫なのかカラフルな布地を使う人が多くて、何となく統一感のある、広場を囲む建物の色合いの中でミスマッチに映る。そういえば、その色とりどりの敷物のパッチワークのあいだを行き交う人達の装いも、バリエーションが増えて随分華やかになった。最近は『初期装備』のままでいる人を見る方が少なくなってきた。

 色とりどりの人々と露店の喧騒が、この広場の朝のいつもの顔だった。僕もどうにか店を広げる場所を見つけて、今日もその賑わいのなかに紛れ込む。


 僕の扱う商品は、ポーションや狩りのための消耗品じゃない。これから狩りに出掛ける《プレイヤー》達は、ほとんど売り物に目を止めないで僕の前を通り過ぎる。こんなに朝早くから店を広げているのは単に場所とりのためで、僕の商品が売れ始めるのは、彼等が懐を暖めて戻ってきてからだ。ほかの店より気持ち小さく陣取った敷物の上にあるのは、陶製の皿、マグカップなんかの食器類、インテリアの花瓶や水を貯めておくための壺。それから小さな椅子に座って、膝に手を置いた人形が一つ。僕は陶芸職人ということになっている(・・・・・)


 装飾の控え目な、黒いワンピースドレスを着て座る人形だけは、商品じゃない。インテリアらしくない飾り気のない襟元から素焼き粘土の白い肌を覗かせている。そこだけ釉薬を使った鮮やかな瞳。何となく顔が僕に似ているのは、作ったのが僕だからかも知れない。(今の僕の顔だって自作・・だ。)ついでに云うと、僕の今の服装も人形と同じデザインのドレスで、これは人形の服を特注で頼んだときに、裁縫職人が面白がってついでに作ってくれたものだった。オマケらしい、僕の着てる方が。


 往来を行き交う人々を眺めて時間を潰していると、知った顔と目が合う。彼女は僕を見付けると人混みを抜けて店の前までやってきた。


「ヘルマちゃん、今日は遅いのね」


 声をかけてきたのはこの広場で顔見知りになったエルフ族の女の人で、《錬金術》の《スキル》を持っている。他の店のポーションと差別化したいといって、僕の作った小瓶を商品に使ってくれている。僕は彼女のためにオリジナルデザインの小瓶を定期的に卸していた。定期的な大口注文の顧客は彼女だけで、僕にとって大事なお客さんだった。


「おはようございます。……出来てますよ」


 微笑み返して、いつものようにトレードウィンドウを開いて商品を渡す。このとき一緒に料金は受け取らない。何度もやってきたことなので、彼女も何も云わずに人形の前にかがみこんだ。

 人形が小さな椅子から立ち上がって、彼女の差し出したコインを両手で受け取る。人形は立ち上がっても一メートルに届かない。手のひらの上のコインを溢さないようにゆっくりとお辞儀をしてから、僕の所まで持ってくる。ときどきよろめいて、歩き方が少し危なっかしい。


 コインを渡したあとも、エルフの女の人は人形を見つめて微笑んでいる。彼女のだけでなく、このパフォーマンスはどのお客さんにも喜んでもらえた。この動く人形が、うちの店のレジ係兼看板娘だった。


「それにしても本当によく出来てるわね。ちらっと歯が見えたけど、本物そっくりだわ……髪なんて何で出来ているのかしら?」


「実は本物なんです」


 僕は微笑んで彼女を見上げた。彼女は少し驚いたらしい。


「僕の髪を少し切ったんです。どうしてもいい素材が見付からなくて」


「あら……それじゃ、しばらく二つ目は作れないわね。絶対売れると思うけど」


「《スキル》で作るペットですから、商品化は無理ですね。それに定期的にメンテナンスが必要なんです」


「動かなくても絶対売れるわ! 私もその子欲しいし」


「そうですねぇ……いい素材を見付けたら商品化も考えてみます」


「お願いね! 絶対に買いに来るから!」


 彼女は立ち上がると、なごり惜しそうに人形に手を振ってから往来の雑踏に紛れ込んでいった。


「その人形、動くのね。ビックリしたわ」


 声をかけてきたのは、隣で店を広げている獣人の女の子で、ウェーブのかかった明るい緑色の髪のあいだからネコミミがぴんっと飛び出して自己主張をしている。髪と同じ色の瞳が、もう一度立ち上がって会釈をする人形を追って見つめている。その少し細長い瞳が、丸くなっていくのが見えるほど目が大きい。


「僕の店の看板娘です。……タビーさん」


「ボクっ娘? ヨロシクね……ヘルマさん?」


 確かめるような語尾のイントネーションに合わせて、首を小さく傾げる彼女。視線を向ければ頭の上に名前が表示されるので、自分の名前を名乗る必要もないのだけれど。なんとなく初対面の自己紹介を省略したコミュニケーションの始まり方にはまだ慣れることが出来ない。彼女もどうやらそうらしい。次に続く言葉が思い付かないまま、僕達はお互いに微笑み合った。

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