18.試合形式
悲鳴は唐突に途切れて、別の怒気混じりの声に代わった。それからもう一度悲鳴。今度ははっきりと方向がわかる。
悲鳴の主が口を塞がれてから反撃を試みて、余計に怒りを買ったらしい。複数の笑い声があとに続いて、そこに驚きの声が混じった。
「タビー」
そう聞こえた声にアレスが眉を潜めた。笑い声の主達は、タビーとアレスの知り合いらしい。
「もしかして?」
思いっきり冷たい目で睨んでやる。
「面目ない」
アレスが足を早めた。僕の前を走るエステーを追い抜いて、声のした方に駆けて行く。怒号と笑い声の主はアレスやタビーの知り合いらしい。状況はまだはっきりとは断言できない。悲鳴の主に非がある場合も考えられるが、可能性は低そうだ。
「お前達! 何をやっている!」
「ア、アレスさん!」
怒鳴りながら現場に駆け込んだアレスと、あとに続く僕達の前で人間族の女性を押さえ付ける大男と背の低い男が驚きの声をあげた。タビーは既に片手で剣を抜いて、ポチ1号を抱いたまま男達を睨み付けている。
「助け……」
大男が慌てて女性の口を塞ぐ。小男が前に出た。
「俺達は……その……スラムのPKを……」
「嘘よ!」
「テメェ!!」
「やめないか!」
アレスの一喝で女性どころか大男までびくりとして口を閉ざした。タビーがゆっくりと僕達の横にやって来る。
「タビー、教えて」
僕はエステーの顔を見ながらタビーに訊ねる。エステーはすでに殺すと決めているらしい。こういった男達が我慢できないのだ。こいつらはもう楽に死ねない。
「君が、僕がPKだと知って接触してきたことはもうわかってる。でも、どうやってPKを見分けるの?」
「《識別》で見ると、ステータスにPKカウントと最後に殺した《プレイヤー》の名前が表示されるわ」
「そこの武器も持ってない普段着の女性はPKかな?」
「違うわね」
「そのでっかい汚物と小さい害虫は?」
「……違うわ」
タビーが唇を噛んだ。相手がPKなら先制攻撃をしてもPK行為にはならないからだ。
「……そうだ! オレ達はPKじゃあねぇ……」
「黙れ汚物」
「PKは僕だ」
僕が前に出ようとすると、アレスにさりげなく遮られる。この甘い男が説教でも始めたら一緒に殺してしまいそうだ。
「その女性を離すんだ」
大男の腕を振り払って、アレスの背後に駆け込んだ女性にポーションを渡す。唇が切れて血が出ているだけで、たいした怪我は無さそうだ。
「大丈夫? 大丈夫なら大勢人を呼んできて欲しいんだ。男達が逃げられないように」
女性に小声で告げる。アレスにも聞こえたが、アレスは男達を睨み付けたままで、駆けて行く女性を制止しなかった。エステーが女性を見送って僕を見る。何をするつもりか伝わったらしい。彼女は指輪を戦闘用に付け替え始めた。
「それで……?」
「それは……その……」
腕を組んだまま睨み付けるアレスに、今度はしどろもどろ小男が何か云おうとして、結局下を向いた。
「ふんっ」
アレスが何か云おうと口を開いたとき、遠くからざわめきが聞こえ始めて、さっきの女性が先導する叫び声が混じって聞こえてきた。少し離れた通りの方から助けを呼んで帰ってきたのだろう。大男と小男が不安そうに周囲を見回して青ざめる。大勢に袋叩きにされると思ったらしい。
集まって来たのは三十人ほどで、武器も持たない普段着の姿も混じっていたが、何人かは知っている顔のPKで、PKではない人達もほとんど武装していた。彼らはスラムの住人達だ。
「ギャラリーが集まったね。そろそろ始めよう」
僕は集まって来た人々を見回した。何人かはこれから始まることを知っている。今までにも何度か、同じようなことがあったからだ。僕もギャラリーに混じって見物したことがある。
「お前達、賞金稼ぎだろ? ここにいるのはお前達のボスだ。そうだろ?」
男達が顔を見合わせる。もし自分達が助かる可能性があるなら、それはアレスとタビー次第だと考えたらしい。
「そうだ! 俺達は賞金稼ぎ……」
「……」
無言のアレスの眼光に屈して、大男は最後まで喋れない。小男はまだすがるようにアレスを見ていた。僕はここでアレスも試してみることにした。場合によってはコイツらと一緒に死んでもらう。
「試合をしよう。勝てば、生きて帰れるかも知れないよ?」
「試合?」
「そうさ、そっちは君達二人とボスのアレスで三人、僕達はエステーと僕、それにタビー。一対一で戦って君達が二勝したら帰ってもいいよ。……そうだね降参するときは『降参』っていってくれたらいい」
断ればこの場の全員を相手にすることになる。実際には選択肢は一つしかないのに、男達は無駄に迷っている。アレスがちらりと僕を見たが、僕は気が付かないふりをした。エステーが杖を担いで前に出る。僕は見物人の中の知った顔に目で合図を送った。その知り合いが剣を抜くと、ほかの見物人達も武器を手にして、ちらつかせ始めた。
「……わ、わかった」
大男は呻くようにそれだけ云うと唾を飲み込む。
「それじゃあ始めよう」