16.ネコミミ
自分で云うのもなんだけど、とても人が住むところとは思えない我が家にタビーを連れて戻った。アンデットモンスターの徘徊する廊下を抜けて奥の玄室のドアを開けるまで、タビーは挙動不審にキョロキョロと辺りを見回していた。家に帰ると云われて着いてきたら、ダンジョンにしか見えない地下牢を案内されたのだ。どんな顔をしていいかわからないだろう。
「ここってダンジョン? よね?」
「たぶん……練習用ダンジョンってとこかな……」
ドアが開くと、奥の暗がりからポチ達が出て来る。タビーは2号のあとから着いて出てきた1号に少し驚いた。近くに駆け寄って匂いを嗅ぐ2号に少し不安そうな顔をしながら、1号の前に屈み込む。
「……小さい。それに、歩けないの?」
「失敗作だよ」
お手製の車椅子を鳴らしながら近づいて来たポチ1号を抱き上げて、笑いかける。中身がどんなモノか知っているはずなのに不気味に思わないらしい。
「こんにちは1号ちゃん、今日からヨロシクね」
「お茶でも入れるよ。とりあえず座って」
タビーは膝の上にポチ1号を乗せて頭を撫でている。小さなか弱い見た目が可愛らしく思えるのか、1号が気に入ったらしい。
「なにかお洋服作ってあげようかしら?」
タビーが生産ツールを展開して、何かを作り始める。グリッドの向こう側に見える彼女の顔を眺めていると、緑色の髪からつきだした三角形の耳が一瞬動く。同時に嗅覚の鋭いポチ2号が僕の袖を引っ張ってドアを指差した。どうやら来客らしい。
玄室から廊下のドアを開けると、階段を下りきったところに立つエステーが見えた。スケルトン達を倒して、ここまで来るつもりはないようだった。
タビーに声を掛けて廊下に出ると、エステーは僕の姿を見て頭上のトラップドアから外に出た。耳のいいタビーに聞かれたくない話があるらしい。僕が外に出ると、エステーは少し離れた廃墟の壁に寄り掛かって僕が出てくるのを待っていた。
「ヘルマ」
「なに? エステー」
「もう一度訊くわ。何故殺さないの?」
「《識別》は貴重だよ。ちょっとタビーで試したいことがあるんだ。もしかしたら……」
エステーの両手が僕の肩に置かれた。見上げていた彼女の顔が僕の顔の高さになる。身を屈めて視線の高さを合わせるエステーを見て、僕は懐かしい気持ちになる。昔から、彼女に怒られるときは何時もこうだった。
「真澄」
「駄目だよエステー、ログが残る。僕と連絡を取る方法があるとバレたら父さん達が……」
「そんなこと、ログアウト出来てから考えるわ……いいから聞きなさい」
エステーの目がまっすぐ僕を見てから一度それて下を向く。こんなに近くで見つめあうのに慣れていないからだ。もう一度僕を見て、今度はそらさない。
「……なに?」
「タビーを殺しなさい」
「何故だい?」
「あなた、最近変よ……今日のこともあなたらしくない。タビーのことも」
「アレスやGBのこと? きっと上手く利用できるよ。実はペルディタエの攻略をずっと考えてるんだ」
「あの獣人は何か目的があって、あなたに接近したのよ。『疑似人格』ってよく知らないけど、見た感じと考えてることが違うのよね?」
「そのくらいわかってるよ」
肩の手が少し動いて右の頬を指が撫でた。困り笑顔のときの懐かしい癖だ。まっすぐ僕を見る目だけが違う。
「……あなた、あのときタビーを見て笑った。そのせいで殺せなくなったのよ。きっと何年も大声で笑うようなこともなかったのね? 真澄、あなた今どんな生活をしているの?」
「叔父さん達はよくしてくれてるよ。……姉さんこそ」
指と声が僕の質問を途中で遮る。年の離れているぶん、僕への扱いはいつまでも子供への扱いと変わらない。
「ここを出て私の家に来なさい。あの穢らわしい死人達も……猫娘もここに置いて、ね」
「そんなことは出来ないよ。僕はペット達がいなけりゃ戦えない」
「すぐじゃなくてもいいの。よく考えて」
「……」
僕の返事を待ちきれなくなって、エステーは立ち上がった。肩の手が背中に回る。頭二つ以上背の高いエステーの胸に押さえ付けられて顔が見えなくなった。
「今日は帰るわ。明日も来るわね」
立ち去るエステーの後ろ姿を見送って、トラップドアのところまで戻る。ゆっくりとドアを持ち上げて中に入る。部屋に戻るとタビーの膝の上のポチ1号にはネコミミのあしらわれたカチューシャが着いていた。小さな布の三角形が2つ、髪の上に乗っている。タビーが今作っているのは尻尾付きのリボンだ。どっちも小さなもので、出来上がる迄にそんなに時間は必要ないはずだ。それに廊下のスケルトンも何体か減っていた。タビーは耳が良いのだ。