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15.作戦継続

 GBに案内された狭い部屋の中で、椅子と一緒に机をがたつかせて立ち上がった偉丈夫が微笑んだ。黒い髪の堀の深い人間族の男がまっすぐに僕の目を見た。


「良く来てくれたね。私がギルドマスターのアレスだ」


 GBは僕達を部屋に通すと、ドアの横の壁に寄り掛かって何も云わない。紹介も説明もなしで押し黙ったまま「あとは勝手にやれや」とでも云いたげで、ただ目が愉しそうに笑っていた。


「僕はノーザ・ゴーン。PK第一号のね」


 ノーザが会話の口火を切る。アレスは笑顔を崩さない。僕とエステーは一度目配せをして、押し黙ったままでいた。GBの方も見ていた方が良いと思って壁際に移動する。


「スラムに住んでるんだってね。どんなところだい?」


「スラムに興味が有るのかい? 来てみたらいい」


「興味が有るのはこの街全部。いや、我々の住むこの世界全部かな」


世界(ここ)は牢獄さ。僕達を閉じ込めてる」


「……そうだ。我々は今この世界で訳のわからない状況に置かれて、逃げ出すことが出来ない。こんな時だからこそ、我々は助け合っていかねばならない」


「ふん、こんな時って……仮想の世界に囚われて逃げ出すことが出来ない。そんなこと、ほかのどんな状況と比べて喋ってる?」


「何もまだわからない。私はこの世界のことを調べあげ、情報を集めて公開し、みんなの助けになる組織を作ろうと思っている。」


 ノーザの屁理屈攻撃にぶれない。人の良さそうな顔に見えて、なかなか太い(・・)。アレスはノーザの問に答えるようで答えていない。自分の云いたいことだけいってのけた。


「その手始めが賞金稼ぎかな?」


「まずは治安からだ。街と周辺が安全になって、みんなが安心して過ごせるようになれば外の世界を見る余裕も出てくる。我々には休息できる場所が必要だ。例え仮の宿でもね」


 この短いやり取りのあいだに『我々』が四回で『みんな』が二回。なるほど彼は『みんな教』の教祖さま……いや御本尊らしい。今のところ誰もが聞けば「なるほど、そうかな?」と思うようなことしか彼の口からは出てこない。


「みんなのためだ! 誰かがやらなきゃ駄目なんだ!」


 僕は大声で叫んでみた。部屋にいた全員が驚いて僕を見る。僕は笑いだした。


「フフフ……ノーザまでそんな顔して、何を驚いているんだい? ねぇアレスさん、あんた何時もそんな風に演説してるんだ? 大昔の独裁者みたいだ。あんたの組織は脆いよ。きっと上手くいかない」


「何故そう思うのかな?」


 アレスが振り向いてじっと僕を見た。まっすぐに目を見て話す彼は日本人らしくない。


「そうやって()いことばっかり云って、具体的なことはきっと何も云わないんだ。焚き付けられたしたっぱ達は、何をしたら良いかもわからないで暴走する。そんな烏合の衆をGBや他の中堅が仕方なく面倒を見て付き合ってる。……そんなところじゃないの? スパイだってスラムに潜り込む前から露見したよ」


「スパイだと!?」


 アレスはタビーの件も知らなかったらしい。驚いてGBを見る。何に怒っているのかわからないが物凄い形相だ。次は真っ青にしてやろう。


ポチ3号(・・・・)素顔を見せてやるんだ」


 僕の横にいたポチ3号が一歩前に出る。後ろから肩越しに手を伸ばして、人形の顔を外してやる。


「覚えがないかい? 髪型は生前(・・)と似せてある。素顔はまだ(・・)面影が残っているだろう? 君の演説を僕達に教えてくれた」


 近づく人形に合わせて視線を落とすアレス。その顔はみるみる青ざめて、膝から崩れるようにして椅子の上に体を落とす。歩み寄ったポチ3号の顔は、座り込む彼の視線と同じくらいの高さだ。


「昔のボスにご挨拶しなさい。ポチ3号」


 スカートをつまんで少し持ち上げる。膝を折りながら、わざとらしく大仰に頭を下げるポチ3号は空気読めてる。目の前の相手にショックを与えるにはどうしたら良いか、わかるらしい。生前よりだいぶ賢い。アレスは座り込んだまま、ポチ3号の顔を見つめて動かない。僕達が(いとま)を告げても彼は顔の前で拳をつかんで青ざめたまま、一言も発しなかった。









 『みんな教』の総本山を出てスラムに戻る途中で、ノーザが目配せをしてから口を開いた。尾行がついているらしい。GBだろう。


「君らしくないね。さっきのは……」


「私もそう思うわ。ヘルマ? 」


「なんだか頭に来てね。……馬鹿馬鹿しい」


 敵は、敵でさえなかった。ニバスの云うように「一枚岩じゃない」どころか、バラバラだ。リーダーを名乗る男は、現在進んでいる作戦も知らない。理想の御題目を唱えるだけだ。恐らくスラムのこともほとんど把握していない。もしかしたら、一番目立つファントムナイツの連中にしか目がいかず、ほかの連中のことは考えたこともない。そのくせに、その考えたこともない僕達を調べもしないで利用しようとする。作戦は穴だらけで見え見えだ。今僕達の後ろを《隠密》でついてくるGBがフォローに回るのも個人的な判断だろう。


「GB! いるんだろ?」


 僕は立ち止まると振り返って叫んだ。


「……まだ用があるのか?」


「まだ用があるのは君だろう? ついて来るんだから。……まあいいや」


「用件を云え」


「このあとの作戦はどうなってる? もしかしてこの先にタビーがいるのかな?」


「賞金首になったタビーが、家を追い出されてお前らに泣き付くんだ。スラムに転がり込むために」


「ふん、作戦中止を知らせるために、急いでたのかな?」


「……いい作戦じゃないか。それでいこう」


「ちょっとヘルマ、なに考えてるの?」


「なんだと……」


「スラムの前まで行けば会えるかな? 行ってみよう」


 スラムの外周を囲む高い塀が途切れる手前、入口の近くにタビーは寄り掛かっていた。僕達の姿を見つけると、壁から体を離して駆け寄ってくる。途中で一緒にいるGBに気が付いたのか、立ち止まって不思議そうな顔をする。


「やぁタビー、久しぶりだね。GBから聞いたよ」


「ヘルマちゃん、私……ってなんでGB!?」


「『変態裁縫職人には部屋は貸せない』って追い出されたんだってね。行くところがないならウチに来るといいよ」


「え? え?」


「じゃあGB、そう云うことでこの娘は預かるよ」


「もう知らんわ……好きにしろ」


「えーっと……ヘルマちゃん?」


「歓迎するよタビー。一生懸命考えた作戦なんだろ? スラムなんて勝手に空家に住み着いてるヤツらばっかりで、住みたかったら勝手に入り込めば良かったんだよ。君の作戦もまったく意味はないけどね」


 タビーの手をとって無理矢理腕を組む。GBと僕の顔を交互に見比べて、タビーは何か自分の知らないところで作戦変更の話があったと思ったらしい。GBはタビーを見たまま、少し考えてから口を開いた。


「気を付けろよ。お前らの云う『みんな教』は御本尊が一番信心深いぞ」


 僕がその言葉の意味を理解出来たのは、次の日のことだった。そのときは、GBがタビーに向かって云ったように思えて、少し奇妙に感じただけだった。

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