13.商売繁盛
それから二週間のあいだ、尾行者も姿を見せず、GBや『みんな教』のメンバーと遭遇することもなく普段と変わらない平穏な生活が続いた。僕は昼のあいだは陶芸職人として、夜はPKとして、ときどき他のPK達と小競り合いを起こしてみたりしながら過ごして、狩りの合間に一緒にる僕やエステーを忘れて、深刻な顔で考え事をしているノーザを除いて万事順調だった。
ノーザが何を悩んでいるのか、僕にはわからない。どうせ自分の納得のいく結論が出るまで、彼は何も云わない。プライドの高すぎる彼は、信じるに足ると確信が持てるまで頭の中のことを打ち明けないだろう。悩む彼に僕とエステーが出来ることは、待つことだけだ。
ポチ3号は、どうやらポチ2号より知能が高いらしい。もしかしたら、制作時の僕の《スキル値》で性能が変わるのかも知れない。僕がナイフを使うのを見てポチ3号は興味を示した。試しに一本持たせてみると、投げてやった肉を切り取って食べるようになった。店の看板娘兼会計もすぐに覚えた。そのせいか最近昼間の露店の売り上げも良好で、今日も朝から幾つかの商品が売れた。
「いつもありがとうございます」
「ああ、あんたも大変だろうけど、頑張ってくれや……いや、釣りはいらねぇぜ」
巨体を屈めるように店を覗きこんで商品を物色していた獅子人の戦士が、人形から商品を受け取って微笑んだ。今まで一枚も売れたことのない、大き目のディナープレートを二枚も買ってくれたのだ。商品の包みを手にして立ち去る巨漢を手を振って見送る。ひらひらと手を振って門の方に向かう彼は、今から狩りに出掛けるらしい。
昼食をとってすぐに、売れ筋の小さなカップ類が売り切れた。こんなことは初めてだった。懐が暖まると気持ちも余裕が出てくる。たまには早めに店を閉めて、のんびりするのも良いかも知れない。
口笛を吹きながら街を歩く。今日の店の手伝いはポチ3号で、静かに後ろを歩いて着いて来ている。ピンク色の縦ロールは戦闘向きじゃないかも知れないが、店の看板には目立って良いみたいだ。この子を造るときに髪を少し余らせて、同じ髪型の小さな人形を造った。その小さな人形は、お得意様の錬金術師に貰われて行った。勿論中味は空っぽの、ただの人形だ。
通いなれた道も、何時もと違う時間に通ると少し新鮮に見える。街を行き交う人達も、朝方の狩り場に出掛ける冒険者や商いの場所を取り合う商人達と違って、どこかのんびりとして見える。そのすれ違う人達がときどき僕を見て振り反るのに微笑み返す。まぁ、歩く人形と一緒にいたら目立つだろう。この時間帯に会うのは、普段会うことのない人達だ。覚えていてくれたら、商売の宣伝にもなる。……と、それを見つけるまで呑気に考えていた。
ふと、視界を掠めたものに気が付いて、足を止める。それは白い壁に貼られた賞金首の手配書だった。ノーザや、ファントムナイツの手配書なら今までも何度か見掛けたことがある。手書きの文字で、半分が悪口で埋め尽くされている恨みのある誰かが個人的に作って貼ったもの。悪戯も多いだろう。ただ、ここにある手配書は、そう云った今まで見たことのあるハンドメイド感のあるものとは違った。似顔絵が描かれた本格的なものでノーザの軽薄な笑みも、誰が描いたのか知らないが良く描けている。その横に貼られた三枚と一緒に最近貼られたのか、まだ新しそうだった。それにしても似顔絵で見ると……見慣れた顔も新鮮で、初めて見るように感じる。……もちろん、その顔には見覚えはある。似顔絵としては初めて見る。
ノーザと僕とエステー、それにタビーには賞金が賭けられていた。その四枚の手配書は僕達のものだった。僕は急いで四枚の手配書を壁から剥がすと、スラムに向かって全速力で走り出した。
急いでノーザを訪ねると、彼は家にいなかった。板木が内側から打ち込んである窓の隙間から、伝言を書いた紙切れをねじ込んでエステーの家に向かう。
エステーの家は、スラムの建物の中では珍しく小綺麗な下宿になっていて経営している《NPC》も殺されずにまだ生きている。エステー以外の住人も、きちんと家賃を払ってそこに住んでいる。これはもしかしたら、スラムでここだけのことかも知れない。古びれた石造りの建物の中に入って、二階にあるエステーの部屋を訪ねると彼女は部屋にいた。
「ヘルマ、家の前で誰にも会わなかった?」
椅子から立ち上がるなり、挨拶も省略してエステーは不安げな面持ちで口を開いた。
「誰もいなかったけど?」
「昨日から家の周りを誰かうろうろしてるの。スラムの住人じゃなさそうよ」
「今や君も僕も有名人だからね」
テーブルの上に四枚の手配書を並べて見せると、エステーの顔色が変わった。
「……なによこれ」
一通りエステーに説明を終えるころ、ノックの音がしてドアの向こうからノーザの声が聞こえた。似顔絵を両手でつかんで、自分でつけたシワを伸ばしながら引きちぎりそうに力を込めるエステーは動かない。僕は彼女を刺激しないようにそっとドアを開けた。
「お邪魔するよエステー。ヘルマ、悪かったね。少し出掛けてたんだ」
「やあノーザ、これを見てよ」
ノーザはテーブルの上を一瞥して、笑いながら同じものを取り出した。
「いま外を彷徨いてた男が持ってたよ。良く描けてるね。」
ノーザが持っているのは、エステーのものだけらしい。それを手のなかで振るノーザを、エステーが睨み付ける。エステーは手配書がお気に召さないらしい。もっとも僕も、自分の手配書なんて見たくはないけれど。ノーザはテーブルの上の手配書を一枚ずつ手にとって眺めだした。
「……タビーの分もあると云うことは、ダンジョンでの件だね」
「私達、ほかに目撃者を逃がしたことなんてないわよ」
また僕のせいにされそうな気がする。さりげなく話題を変える。
「あのGBって男、絵心があるのかな? まったく同じ似顔絵だから、何かの《スキル》で複製が作れるのかも知れないね」
ノーザが腕を組んで唸った。
「どのくらいの量が街にばら蒔かれてるか……」
「あの男、いま何処にいるのかしら!? 一言云ってやりたいわね」
ノーザの問に、エステーの顔色が変わった。彼女が機嫌を損ねると少しめんどくさい。ここはひとつ元凶のGB君に、彼女の憂さ晴らしに協力してもらうべきだろう。僕も一言文句を云っておきたい。
「行ってみよう」
「何処に行くのよ?」
エステーは爆発寸前でなんだか刺々しい。八つ当たりされる前に、行動を起こした方がいい。
「『みんな教』の総本山。一番下に『お問い合わせはこちらまで』って場所が書いてある」
「敵陣に乗り込んでみるか。……面白いね」
ノーザが上機嫌で笑った。もうきっと、十通りくらい仕返しの悪巧みを思い付いたに違いない。彼に任せておけば良いだろう。