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12.尾行の影

 エステーと別れてノーザの家の近くまで来ると、ノーザが立ち止まって小声で囁いた。


「お客さんだ。家の前で《隠密》したまま座り込んでる」


「どうするつもりかな? 家の前って」


 不用意過ぎる。誰だって自分の根城に入る前は待ち伏せを警戒する。それをわかっていないようなヤツは、スラムにはいない。


「僕に用がある訳じゃないのかも知れないね。僕の家しか知らないのかも」


「……ノーザ。僕の家に来る? 前に人形を造る(・・)のを見たいと云ってたろ? 調度いい」


 そのままノーザと僕の家に向かう。《隠密》で潜む人物も僕達のあとを着いて来ているらしい。ノーザの家の前で立ち止まって話し込んだ僕達を見ても、自分の存在が露見したと考えないらしい。


 家の前に着いて、トラップドアを開けて地下牢に下りる。ノーザには《ネクロマンシー》の『インビジブル バーサス アンデット』をかける。この魔法はアンデットモンスターから認識されなくなる効果がある。荒事なしで僕以外がここを通り抜けるのには必須の魔法だ。スケルトン達の通路を通り抜けて部屋の中に入る。


「ただいま、ポチ1号、ポチ3号。良い子にしてたかい?」


「ぶっ」


 ついうっかり、何時ものようにポチ達に声をかけてしまった。ノーザに笑われる。ポチ3号は家を出たとき、待つように命令した場所で無表情に立ったままだった。手を繋いでいたポチ2号が側に駆け寄って臭いを嗅いでも、なんの反応も示さない。新品のグールはいつもこんな感じだった。三日もするとAIが発達するのか、個性的な物を感じるほど、自由に行動をとるようになる。

 キィキィと木の擦れる音をたてて、部屋の奥の暗がりから小さな姿が僕達の方にやってくる。


「そっちがポチ1号かい? 随分小さいね。それに車椅子?」


「まあ座ってよ。……この子はね、材料(・・)がこの大きさのモンスターでね。夜の森に出てくるレッドキャップって知ってる? あれだよ。……それに人形に詰め込むときに削りすぎて(・・・・・)歩けないんだ。失敗作さ。」


 ポチ1号を抱き上げて部屋の隅のテーブルに座る。ノーザも座って立ち尽くすポチ3号を眺めている。


「尾行はどう?」


「通路のスケルトンのせいで、こっちには来ないみたいだ。入り口の階段の所だ。会話は聞こえないと思う」


「じゃあ放っておこう」


「いいのかい? まぁ何か企みが有りそうだね」


「ところで人形だけど、見たい?」


「まぁ興味はあるよ」


「じゃあ見てて。返り血が凄いから気を付けて。換気のためにドアも開けておこう」


 僕は立ち上がると服を脱いだ。









「……なんとも……凄まじいね」


「顔色が悪いね。フフフ……」


 流石のノーザも初めて見る光景にショックを受けて、やっと口から出てきた声も掠れて青い顔をしている。最初に云った通り、文字通りに削る(・・)とは思わなかったらしい。僕は作業に使った大きめのナイフと自分の体を水で洗いながら彼に笑いかけた。


「その作業……必要なのかい?」


「グールも、影の中の死者も日の光でダメージを受けるんだ。日中つれ回そうと思ったら、全身を覆う必要がある。」


「そうじゃない。何故削る(・・)んだい?」


「人形に入れるためさ」


「違う。グールは……完全にグールになったら骨と皮だけのガリガリじゃないか。僕はポチ2号の外側が割れて、中味が露出してるのも見たことがある。今君のしたことには意味がない」


「完全に変わったあとだとね、痛がって泣くんだ」


「答えになってないよ、矛盾がある。……まあいいか。それともうひとつ、もしよかったら答えて欲しい。プライベートなことだけど」


「なに?」


「君は男なのか女なのか」


「君が今見てる通りだよノーザ」


「現実でも? いや、答えたくなかったらいいんだ。すまない」


「僕は二卵性双生児で生まれるはずだった。XXとXYのね。……胎児になる前に混ざったんだ。モザイク型と云うらしい。性腺は未発達でどちらでもない」


「ふむ。何万人かに一人だね。知ってる。だけど仮想の世界では関係があるのかな?」


「キャラクター制作のとき、ガイドAIに云われたよ。『自認識上の性別が確認出来なかった』って」


「それで?」


「僕は『どっちでもない』って答えた」


「……そう云うアイデンティティーもあるのか。盲点だったな」


「それでこうなったのさ。なんにもない(・・・・・・)


「……ちょっと待って、おかしいぞ。」


「この世界に使われている技術が驚くほど進んだもので、ここ(・・)以外の何処でも見たことのないものなのは今更だ。だけど、そんなキャラクターの基本設計にまで瞬時に変更が? 骨格やテクスチャだって変わってくるはずだ。それにこんなに良くできた世界なら、もっと色々と影響が出るはず」


「あっという間だったよ。『そうですか。じゃあこれどうぞ』って感じかな」


「信じられない……もう一ついいかな? これも答えたくなかったらかまわない」


「なんだい?」


「君は『西周(にしあまね) 真澄(ますみ)』かい?」


 質問っと云った割には、ノーザの顔にはすでに確信がある。僕も隠すつもりはなかった。


「……驚いたな。僕はまだ有名人みたいだね」


「気をつけたほうがいい。この世界で鏡を見たことあるかい? 僕達はキャラクターの顔の中に現実の自分が透けて見えるんだ。今僕が気がついたのも、君の顔に覚えがある気がしたからだ。他にも君を知っている人間がいるかもしれない。少し距離があるけど、尾行者にも今見られてる。」


「ああ、気をつけるよ。ありがとう。」


「……当時未成年だったろ? ネット上には名前も顔写真も出回って凄い騒動だったよ。」


「男か女か?」


「それもあった。確か被害者の男性を、今みたいに削って(・・・)いるところに警官が踏み込んだんだね」


「当時未成年で、精神鑑定の結果責任能力なし。何度か転院して……今は叔父の経営している病院で入院している」


「仮想マシンで遊べるくらいなら、いい生活だな」


「退屈なものさ……ところで他に何かあるかい?」


 ノーザは少し考え込んでから答えた。


「身体を洗ったばっかりで悪いけど、もう一度血塗れになってほしい。……心臓が見たいんだ」


「心臓? まぁ、かまわないよ。……たぶん死なないだろうし」


 見たいと云った割りに、ノーザは切開された胸部をチラチラと見たり、仰向けのポチ3号の周りを歩き回って移動しながら眺めたりして、じっくり見ようとしなかった。時間をかけて何かを確認しようとしているらしい。それでも、もう一度身体を洗いながら眺めている彼の顔は、恐ろしいほど真剣で青ざめて見えて、もうさっきまで話題にしていた現実の僕のことも、《隠密》して着いて来た尾行者のことも念頭にないらしい。何かの思い付きを何度も確認するように同じことを繰り返している。どのくらい時間がたったのか、しばらくして歩き回っていた足を不意に止めると、彼は前を見ながら一言だけ呟いた。


「……そんな馬鹿な」

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