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9.黒犬獣

 僕の言葉を勘違いした三人が笑った。笑うと余計に醜い。キャラクターの顔なんて何度でも作り直せるのに、何故もっと見た目に気を使って作らなかったのだろう。


「こりゃいいや! そんなに協力的なら俺達も優しくするぜぇ」


「手が足りないのは勘弁してくれや。俺らも頑張るからよ!」


「フヒヒッ」


「何処でしようか?」


 彼等はゲームの世界の中にまで来て、なんだか生産的(・・・)な行為に情熱を失わないらしい。偽物の身体で()をしたいのか知らないが、それならなおさら自分のキャラクターを飾らないのが不思議でしょうがない。どんな方法を取るにしろ、第一印象は事の成功率に多いに関係するはずだ。


 もっとも僕には、男という生き物のことはよくわからない。彼等は努力や工夫を放棄して、安直に結果を獲たいと望んでいるだけなのかもしれない。

 彼等のすぐ横の路地の奥は、僕の視力では窺えなかった。入ってすぐの、ゴミの浮いた水溜まりの反射以外に、黒く沈んで塗り込められた奥まで灯りは何もない。


「この奥はどうなってるの?」


「んあ? 行き止まりだな」


 リザードマンが首を曲げて路地を覗きこみながら答えた。


「リザードマンって暗視能力があるの?」


「ん? いや。動くものはよく見えるけどな。この辺りは知ってるだけだ」


 三人のうち、暗視能力があるのはドワーフだけだ。能力を付与するマジックアイテムも、みずぼらしい格好から判断すると持っていないだろう。殺す順番が決まった。それに少し試してみたいことがある。


「そうなんだ。じゃあこの奥でいい?」


 返事も待たず、路地の中に入る僕の後ろで三人はもう一度笑った。僕の影が路地裏の闇に溶け込んで境界を失う。


 少し奥まで進んで立ち止まる。薄闇の中で『召喚』のキーワードを呟くと、振り返って彼等を見た。


「うぐぁ……」


「うぉ! 気を付け……」


 急に倒れたドワーフがリザードマンの背中にぶつかる。振り返ってドワーフを見ようとしたリザードマンの動きが不意に止まる。背後で起きていた異変に目を奪われて、倒れた仲間のことも一瞬忘れたらしい。一番後ろを歩いていた人間族も、急に暗さが増した路地の入口を振り返って立ち止まっていた。


 ドワーフの足首を、影から這い出た者が掴んでいた。倒れた彼の背中に乗った別の影が、うつぶせの喉笛にかじりついている。闇の中でそいつの目が光る。振り返ろうとした残りの二人は路地の入口を塞ぐように立つ死者達を見て絶句していた。


 ドワーフの背中で蠢く影に気が付いて、ゆっくりと視線を落とすリザードマンには、仲間の喉笛を食いちぎる獣が見えるのかも知れない。動体視力は良いのだろう。逆にゆっくりと動く、影の中から瞳のない眼窩で彼を見つめる死者にはまだ気が付かない。死者はドワーフの足首を離すと、完全に影を出てリザードマンの前に立った。崩れ掛けた腕が自分に向かって伸びはじめて、彼はやっと武器に手を掛ける。


 ドワーフの上で窒息を待っていた獣が、短く太い喉から口を離した。圧し殺した唸り、息を短く吐く音に続いて、肉を食いちぎる音。骨を噛み砕く音。体内に留められていた呼気が新しい逃げ道から漏れるとき、笛のような音がした。

 音と匂いに刺激を受けて腕の中で震えるポチ2号を地面に下ろすと、人形の顔を外してやる。


「うゎ……」


 人間族とリザードマンの口から、同時に悲鳴が上がりかける。壁を蹴ってリザードマンを飛び越えたポチ2号が人間族の喉を潰す。リザードマンは腕を伸ばす死者の腹に三度短剣を突き立てて、その敵が自分の攻撃に何の反応も示さないことに気が付くと、めちゃくちゃに武器を持つ腕を振り回し始める。


「うわあああああ!!」


 ドワーフの上から獣が跳んだ。空中で振り回される腕に噛み付いて、バランスを崩したリザードマンを地面に押し倒す。リザードマンは仰向けに倒れて、鱗に覆われた腕に噛み付く獣と、ゆくっりと歩み寄る死者を交互に見た。それから弾かれたように、起き上がろうともがき始める。


「その噛み付いてるヤツ、なかなか素早いでしょ? ちゃんと目で追えてたかな?」


「……なんなんだよぉ。お前……」


「質問に答えて。見えてた?」


「……見えなかった! なんなんだ! これは!」


「質問が多いね。僕はネクロマンサーで、その犬は黒犬獣。召喚コストが高くて、まだ一匹しか喚べない。他に質問ある?」


「……助けて」


「やだ」


「何でもする! 助けてくれ!」


「……そうだね。もし、もう少し静かにしてくれるなら、致命傷にならない場所からかじるように命令してあげる。五月蝿くしたら死ぬよ?」


「……」


 ポチ2号と逃げ道を塞いでいた死者達も、自分の仕事を終えていた。すでにリザードマンの周りに集まって来ている。人間族とドワーフはもう影の中に沈みこんで、別のモノに変わっているだろう。今日タビーに壊された分の補充には足りないけど、しばらくは犬とポチ2号に頑張って貰うことにして、本当に口を閉じて悲鳴を圧し殺そうとしているリザードマンは、このままペット達のご褒美にすることにした。彼の最後の努力は、僕の予想を越えて長く続いた。これが『根性』とかいう美意識かも知れない。リザードマンは最後の最後に(オトコ)を見せた。

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