二日目 その1
半年ぐらい更新しなくてごめんなさいね
見てる人いるかな?
幼い俺は縛られていた。
そして、眼前には薬缶を手にし、俺を見下す女。確か、親父の妹、叔母だ。
やつは、湯気が上がる薬缶の口を、身動きが出来ずに転がっている俺に向けて傾けた。
忌まわしい過去の出来事。
これと同じような夢を、俺は頻繁に見る。
そして、いつも決まって俺はこう念じる。
――このお湯が、この女にかかっちゃえばいいのに。
それは、いつもならその通りになる。良く見る夢なので、今回もその願いはかなうと確信していた。
しかし、今回は違った。
薬缶から流れ出た熱湯は、瀑布のような存在感を帯びて、俺に襲い掛かってきた。
そこで、目が覚めた。時計を見ると朝の七時。春の日差しが差し込む朝だというのに、かすかに残る筋肉の痛みもあいまって、いやな気分だった。
もう一度眠りに落ちようという気が起きなかった俺は、朝食を採ろうと階下に向かった。
「おはよう、力也」
富は既に朝食の準備を整えていた。
「朝ごはんすぐできるけど、食べる?」
「ああ、もらうよ。ありがとう」
「いいって、『ありがとう』なんか。私は、あなたのお姉ちゃんで、マネージャーなんだから。弟で、野球選手の力也のお世話をするのは当然のこと」
富はそう言って、俺にコーヒーを運んできた。
……親権を持っていた俺と血のつながった叔母夫婦は、富が言う『当然のこと』はしてくれなかった。
先日の『同族喰らい』の件で垣間見せた富の残虐性は恐ろしかった。しかし今、彼女とままごとじみた姉弟関係を結んでいることが、どこか心地よかった。
トーストとコーヒー、ベーコンエッグを向かい合って食べる。簡単な料理でも、富の料理の腕が良い物であると理解できた。
「そういえば、先生……いや、お母さんは?」
保谷光と始めてあったとき、彼女は教師としての態度を纏っていたから、意識しないと先生と言ってしまう。
「まだ寝てるみたい。『クラブ活動発足における顧問の手続き』とかで、帰ってくるのが遅かったから、今は寝かしといてあげてる」
「そうか、お母さんも大変なんだな」
話しながら、俺たちは朝食を済ませた。早起きの習慣もテレビを見る習慣も無い俺は手持ち無沙汰になってしまう。漫画の続きでも読むか。
「姉ちゃん、あの漫画の二巻貸して」
「ごめん、今友達に貸してるんだ。結構レトロな漫画って、人気あるの」
「あ、そうか……全巻繋がってるか確認しておけばよかった」
「でも他にも面白いのあるよ。読む?」
「いや、漫画を並行して読むのは好きじゃない。完結してるやつを一気に読むのが好きなんだ」
「じゃあ活字は? 古いのだと正岡子規のとかもあるよ」
「字を読むのも苦手なんだよな。で、正岡子規って何者?」
そう尋ねると、富は正岡子規に関する薀蓄を滔々と語り始めた。
『打者』『飛球』『直球』『四球』とかの野球用語を作ったとか、『九つの人九つの場を占めてベースボールの始まらんとす』とかいう野球に関する句を読んだとか、野球を一般に広めた功績を称えて、割と最近、平成十四年、野球殿堂入りを果たしたとか……。
「で、他にも野球の普及に貢献し、殿堂入りを果たした人物に中馬庚って人がいるんだけど……」
正岡子規の次はチューマンカノエ、とか言う奇妙な名前を持った人物に関して語りだしそうになる富。どうやら薀蓄を垂れ流しだすと止まらない人間のようだ。
……正直うんざりしてきた。
富から逃げ出すためにはどうすればいいか考え、先日の宮前からのメールを思い出した。
「ごめん姉ちゃん。御講釈ありがたいけど、宮前と練習する約束があるんだ」
件のメールには行かない旨を伝えたが、まあ嘘も方便だろう。
「あ、ごめんね、長いこと語っちゃって。支度するね」
いそいそと準備を始める富。
俺は彼女から受け取ったユニフォーム一式を装備し、ここからさほど遠くない蛍小学校に向かった。