チームメイトたちその2
放課後のホームルームが終わった一年二組の教室に残っているのは、部活動登録申請会議に出ている顧問の保谷先生、マネージャーの富、キャプテンの弐戸学を除いた野球部関係者八人だった。
その内、四人はこの場で初顔合わせとなった。
一昔前の野球漫画のキャッチャーを彷彿とさせる見てくれをした神野 久治。ジンノ、だし小田原が言っていた『ジン』ってのはこいつだろうな。
ツンツン髪を立てたとっぽい印象の葉樹 巌の男子二人。
後の二人は、女子であった。
スポーツ刈りと一七五センチ程の長身、どこか虎や豹を思わせる風貌で、整った顔の作りながらワイルドな雰囲気のある滝 珠美。
そして、対照的に一四〇センチに満たないほどの身長、肩に掛かる程の長い髪、あどけない容貌、それに肉付きの良い胸と腰から、スポーツ選手、それも男子に混じって野球をやっているとは思えない、「発育の良い小学生」といった見てくれの外見の上川 真琴。
つまり、営倫ナインには、三人の女子が含まれていることになる。でも、俺が一番野球下手なんだろうな。
そんな個性的な面々は、前のほうの席に掛け、お互い話し合いながら、キャプテン達を待っていた。
俺も、授業中の席とは関係なく掛けつつも結局隣の宮前と、共通の話題と成り得るものを模索しながら喋くっていた。傍若無人な超能者(今ではそれに「元」という枕詞をつけるべきだろうが)と、真面目で健全そうな球児が共通に強い興味と知識を持っているようなものはなかなか見つからず、それを発見する前に会議に出席した三人が入ってきた。
「みんなー、部として認められたぞー、明日は午後からグラウンド借りれるー」
開口一番、弐戸はそう告げた。あまりにあっさりとしたものだったので、俺も皆も、その意味するところを理解しかねた。
「つまり今日、営倫高校に野球部が正式に誕生しました!」
今度は仰々しくそう宣言した。そして、バンザイと大きな声で叫び、両手を上げた。それで皆やっと理解したようだった。
「な、なんで最初は軽々しく言ったんすか!」と葉樹。
「大切なことだから、二回言いたかったんだよ!」
各人喜びを分かち合い、教室内は騒然となった。九番目に入った俺としては「ああ、そう」という感じだったが、皆苦労していたのかもしれない。一応それに合わせて、ありがとうと言って手を差し出してきた宮前のそれを握り返した。
「はーい、皆嬉しいのはわかるけど、静かにしてー」
手を叩きながらそう言った先生の鶴の一声で、教室は静かになったが、皆興奮冷めやらぬといった感じだ。
「もう一つ、皆にとって嬉しいお知らせです。先生から、皆にプレゼントがあります」
保谷先生は富と共に教室から出、すぐに大きなダンボールを二人で持ちながら入ってきた。
そして、その中から取り出された物は、胸の辺りに黒く大きな『営倫』の二文字のロゴが打たれた、純白の地のユニフォームだった。それに合わせた色彩の、『E』が打たれた帽子もあった。アンダーシャツやパンツもあった。一式揃いだった。
「まず、キャプテン、弐戸 学君」
呼ばれた弐戸は、おう! と運動部らしい返事をして、先生に対面した。
「あなたは営倫に野球部を作ろうと、最初に言い出して行動に移しました。それを、こんなにも早く実現してしまえるあなたには、何か特別な力が備わっているのかもしれません。入学試験の時に言った、『営倫を甲子園に導く』ということも、あなたなら実現させられるような気がします。……でも、勉強もしっかりしてね。まだ四月なのに、先生たちから授業態度が悪いって目を付けられてるのよ。甲子園出場校のキャプテンが、成績が悪くて出場できなくなって、八人しかいなくなって参加辞退、とか、恥ずかしいから」
教室に笑い声が響いた。
「わかりました! 成績でもトップを目指します!」
「うん。あなたの口から出た言葉は、きっと実現する」
弐戸はユニフォームを恭しく両手で受け取って、先生の前から辞した。
「次、副キャプテン、宮前 宗太君」
答えた宮前は、既に涙声だった。
「あなたの優しさは、ここにいる誰よりも強いものでしょう。集団活動では、お互いの主義主張から不和が生まれることは避けて通れません。男女混合ならば尚更です。でも、あなたがいれば、それを乗り越えられると信じています」
「はい……。ありがとうございます!」
「次、滝 珠美さん」
それに答える、運動部的な返事。
「あなたの、セパ十二球団でプレイをする最初の女子選手になりたいというのは途方もなく大きな夢ですが、あなたの練習量を見れば、その実現を信じてみたくなるでしょう。しかし、オーバーワークには気をつけてください。身体を壊した悲劇の主人公より、あなたはマウンドに立つスターが似合うはずです。時には自分をいたわることも忘れないで下さい」
先生は『セパ十二球団で』という部分を殊更に強調して言った。ユニフォームを受け取り、大きく一礼をして、席に戻る滝。それにしても、女子が投手か。
「……小田原 縁さん」
「はい」
「あなたの野球にかける情熱は、誰もが認めるところです。希望を見失いそうになったときでも、その情熱は忘れないで下さい。……でも、人には甘えたくなるときだってあります。そのときは、仲間を頼ることも恥ではないと、覚えておいてください」
「はい!」
はい、と言う二言でも、小田原の言葉は関西の訛りがあった。
「神野 久治君」
「は、はい」
少しどもりながら返事をする神野。その様は、人前に立つということになれていないということを容易に想像させた。
「体裁を気にせず、近くの高校や実業団、バッティングセンターを回り、ティーボール等、使い古した用具の譲り受けに奔走したあなたの貢献の精神は素晴らしいものです。ワン・フォー・オール。オール・フォー・ワン。ありきたりな言葉ですが、あなたに捧げます」
妙に古いボールが沢山あったのはこいつが集めてきてくれたからか。おどおどしてるように見えるが、結構行動派のようだ。
「あ、ありがとうございます!」
神野は調子外れに高い声を出して受け取り、席に戻った。
「葉樹 巌君」
「はい!」
「未経験の仮入部者が脱落していく中で、残ってくれたあなたの根性は相当なものです。人間は周囲に流されてしまいがちですから。スポーツにおいて、根性は文字通り根となるものです。葉を摘まれても根があれば、草はまた生えてきます。」
「はい!」
ちゃらけた感じの見た目に反して、結構負けず嫌いなのかもな。葉樹ってやつ。
「五十嵐 一蹴君」
「はい」
「有名校からスカウトのかかるあなたの野球の実力は、きっと営倫の勝利に大きく貢献するでしょう。その力でチームを引っ張っていってください。でも、野球は一人でやるものではないということを、忘れないで下さい。謙虚な天才ほど、怖いものはないのですから」
「はい」
五十嵐の声には感情が篭ってないが、顔は嬉しそうであった。
「上川 真琴さん」
「はい」
「運命に抗うことは、逃亡ではありません。受け入れることと同じか、それ以上の勇気が必要なことです。自分を低く見ないで下さい。あなたは、営倫野球部になくてはならない選手なのですから」
「はい」
上川に対する先生の心情吐露は、他の選手に対するものと毛色が違うな、と俺は思ったが、皆は特に気にしていないようで拍手をした。意外とアスリートは詩的な表現を好むものなのかもしれない。
「宇藤 力也君」
「はい」
俺は席を立ち先生のもとまで歩いた。
「昨日様々な立場から、あなたの入部に対する感想を言いましたが、今日は、顧問の先生として、告げます。仮入部期間が終わってしまった今、もう入部してくる人はいないでしょう。あなたがいなければ、このように部の発足を祝うのが、来年の今頃だったかもしれません。無理にスカウトしてごめんなさい。そして、入部してくれてありがとう。辛いことは絶えないでしょうが、そのときは、誰でもいいですから、信じて、頼ってください」
俺は差し出されたユニフォームを両手で受け取った。そして、俺に浴びせられる拍手が響いた。……ここにいる皆は、自分の意思で、俺に拍手をしているのだ。こんなのは初めての体験だ。俺は、受け入れられているのだ。
ユニフォームを渡すに態々こんな仰々しいことをしなくても良いのでは、と最初思ったが、青臭いがこういうのも悪くはない。
「そして、私、保谷 光。あまり野球に詳しくない、ノックも下手な私は、あなたたちに迷惑をかけてしまうでしょう。そんな私ですが、出来るだけのことをしたいと思います。今日のこのユニフォーム授与式は、その一つですが、喜んでもらえたでしょうか?」
各々が肯定の返事を発した。俺もこの趣向は面白いと感じたので、皆と同じ返答だった。
「ありがとう。みんな。……自腹切った甲斐があったわ」
ぶっちゃける先生。皆笑っているが、ユニフォーム九人分となると、笑えない金額になるんじゃないだろうか? 尤も、俺以外はユニフォーム類の相場を知った上で、感謝の気持ちを込めて笑っているんだろうが。
「最後に、保谷 富さん」
「はい」
先生の隣にいた彼女が先生のほうを向き直った。
「人をサポートに回る役目を持つ者には、サポートされる側とは違った苦労があります。……それを受け止めて、営倫野球部に貢献してください。選手たちは皆一学年下だから、皆の姉のように振舞ってください」
「はい」
恭しく返事をする富。
俺の彼女に対する恐怖心は未だに払拭されていないが、今は保谷富という人間は単なる野球部のマネージャーなのだろうか? 少なくとも、俺と先生以外には、そう見えているだろうが。
「さて、先生からは以上です」
そう言って、先生は出て行ってしまった。顧問としてまだやるべきことが残っているのだろうか。
「じゃあ、皆ユニフォームに着替えろ!」
先生に代わり弐戸がこれからの行動を指示した。ユニフォームになるということは、練習をするということなのだろう。しかし、グラウンドは使用権云々があるんじゃなかったか?
「四時半までに校門前集合。いつも通り外周走り込み十キロだ! 営倫学園野球部の産声を、響かせようぜ!」
その提案に反対する声はあがらなかった。……この熱気の中では、俺は反対できなかった。