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チームメイトたちその1

力也登校。

野球部員のうち4人がここで登場。

②は長いので何個かに分割


「……宇藤力也です。色々あって、今日が初登校です。部活は野球部に入ろうと考えています……よろしく」

 俺は朝のホームルームで、前に立たされ自己紹介をさせられた。短いそれが終わると女子が多い教室は拍手とお喋りでざわめきたった。

「宇藤君の席は、窓際の一番後ろね」

 先生が指差した席に歩いていって掛けた俺。

「よろしく、宇藤君。僕は野球部の副キャプテンの宮前宗太」

 隣の席の、色の白い眼鏡をかけたにこやかな優男が話しかけてきた。彼の見てくれから、高校球児であると見破るのは困難だろう。

「で、こっちで寝てるのがキャプテンの弐戸学」

 宮前から見ると俺と反対側の隣の席に掛ける弐戸は机に突っ伏している。しかし、顔の全体像が把握できなくても、宮前と対照的な黒い肌と坊主頭、厳つい体格から彼が野球部員であると容易に想像できた。

「おーい。おきてー。九人目の選手が来たのにキャプテンが寝ててどうするの」

 宮前は弐戸の身体をぽんぽんと叩いた。弐戸は顔を起こし、伸びをした後、きりっとした顔を作って俺に向き直った。顔の作りもまた球児球児したものであった。

「ああ。俺が野球部のキャプテン、弐戸学だ。ポジションはキャッチャー」

「……今更かっこつけても遅いよ」

「それもそうだな。じゃあお休み」

 弐戸は再び顔を伏せた。宮前のほうがキャプテンに相応しいのではないだろうか?

「……まあ、見ての通りの馬鹿だけど、ちゃんと頭に野球が着く馬鹿だから。部活動の申請とかグラウンド使用権の交渉とか、援助金の申込とか練習とかで疲れてるんだろうし、大目に見てあげて。今日も正式に部として認めてもらうための会議に出なきゃならないらしいから」

「……俺は馬鹿じゃない」

 弐戸が寝たまま呟いた。

「こんなばかっぽいやつが、どうやって営倫に入学したんだろうな」

俺は超能で難なく入学したが、確かこの学校はかなり偏差値が高かった覚えがある。

「入学試験の面接で、『この営倫に野球部を作り、甲子園に導いて見せます!』なんて宣言したらしいよ。本人はこの情熱が合格の決め手になったって言ってる」

「……そうなのか」

「ところで、今日の昼休み、時間あるかな? ちょっと君の動きを見たいからグラウンドに来て欲しいんだけど。昼休みならグラウンド使用権とかの問題がないから」

「……ああ、わかった」

 超能の通用しない領域に踏み込むことは不安があったが、いずれ入らなくてはならないなら早めのほうがいいかと考えた俺は承諾した。

 それに、今日の昼食の富……いや姉ちゃんの手作り弁当は、誰にも見られたくないから、早弁する必要が出来たのは好都合かもしれない。

 幸い、昼休み前の授業は保谷先生の担当授業、古典ではない。

 ――この教室にいる者は、俺が早弁していることに気付かない。

 もしかしたら最後になるかもしれない超能をこの用途で使ったのが保谷先生にばれても、酷い御叱りは受けないだろう。


 昼休み、昼食を取る宮前をジャージに着替えながら待った後、共に訪れたグラウンドでは、二人の先客がティーバッティングとか言う練習をしていた。

 ネットに向かって快音を響かせている方は、長身に立派な体格、顔には無精ひげを生やした上、妙にガタイのいい、高校一年生とは見えない風貌の男子だった。

 そして、トスを上げているほうだが、おかっぱ頭に端整だがその吊り上がり気味の眉と目の作りから凛とした印象を携えた容貌を持った女子であった。

「あんさんがウワサの九人目の選手か。よろしゅうな。うちは小田原縁」

 籠の中のボールがなくなった時点で女のほうが先に、関西訛りで自己紹介した。俺はそれに返す。

「宇藤力也か……良い名前やん」

「そうか?」

 名前を褒められたのは初めてだったが、大して嬉しくない。俺の名は俺を放って逃げた両親がつけたものだ。

「ああ、バッティングに対する情熱を感じさせる名前や」

「え?」

「打とう! ってな」

「ああ……」

 つまらない駄洒落であった。ファーストインプレッションで凛とした感じを持った女だと思ったが、すでにその認識は崩れていた。

 俺は特にその洒落に対してリアクションを取らなかったが、宮前は笑ってあげているようだ。

「……俺は五十嵐一蹴」

 今度は無表情のまま男のほうが自分の名を告げた。

「イッシューはすごいんやで。リトルシニアでいい成績残して、甲子園常連校の暴君とか十二星座とかウダナンとかから野球特待生のスカウト受けたんやけど、そこ蹴ってして共学になったばかりの営倫にきたんや」

「……野球特待生とか、理解できないからな。それに、困難は多いほど面白い」

「かっこいいこと言って、その実、女の子が沢山いる高校でスターになってモテモテになりたいから、とかちゃうん?」

「俺の恋人は野球だ。お前こそ、どうして野球なんだ? ソフトボール部もあるのに?」

「ウチか? そんなん、女の子が沢山いる高校でスターになって女の子にモテまくりたいからにきまっとるやん」

 冗談めかしてそう言った後、小田原は散乱している球をかき集め籠に放り投げた。

「さ、そんなことより、宇藤に打ってもらおか」

 小田原に促がされ、新品のバットケースから新品のバットを取り出した。

「お、ピカピカやん」

「ああ、今日の朝もらったばかりだ」

「もらった? 誰に」

「……姉から」

「宇藤ってお姉ちゃんいるんや。結構皆兄弟いるんやなあ」

「ああ、……この野球部のマネージャーだ」

 この発言には、この場にいる全員が少し驚いた様子だった。

「保谷先輩? ってことは監督の息子か? 苗字違うやん。監督も先輩や宇藤くらいの子供がいるにしては若く見えるし……って、ややこしい事情がありそうやから深入りせんとこ。ウチはお喋りが過ぎるところがあるのがタマニキズやな。ジンにもそのせいでいらんこと話させてまったし」

 俺もこの上なくややこしい関係を説明するのは嫌だったため、根掘り葉掘り聞かれないのはありがたかった。ジンとやらには感謝しておこう。それにしてもこの女、自分で『タマニキズ』とか言ってやがる。

「さ、始めよか」

 俺は、先程から少し離れて素振りを始めていた五十嵐の見よう見まねの構えを取った。

「あ、聞くの忘れとったけど、ウチやイッシューと同じ左打ちでよかったんやな」

 持ち方すらわかっていなかったから五十嵐の真似をしたまでのことだった。特に打つ方が決まっていたわけではない。

 小田原は球を下手から軽く放った。俺はそれに合わせてバットを振った。

 しかし、五十嵐がしたときのような音は響かず、変わりに、小田原から放られた球が転々とはねていく空しい音だけが俺の耳の届いた。……俺でもこんな球なら簡単打てると思っていたが、そんなことはなかった。

「……宇藤って、もしかしてド素人?」

 一振りを見ただけで、そう見破った小田原。やはり、五十嵐と俺のスイングでは、雲泥の差があるようだ。

「……そうだよ。悪いか」

「悪いとは言うとらんで、最初は皆こんなもんや。人数の足りないウチの部ではそれでも貴重な戦力や。……うちがちょっと減らしてまったからな。ま、こういうのは野球漫画とかの王道やな。ウチがコーチしたる……と、その前に普段も左利きか?」

「いや、右利きだ」

「じゃあ、ちっと右でも振ってみい」

 右で振る、と言われてもどうすれば良いかわからなかった俺に、宮前が手本を見せてくれた。

「うーん……右でも変やな。そや」

 宮前を真似たスイングでも、気に食わなかったらしい小田原は、妙な行為をした。スイングを止めるように言った後、両手でハートマークを作り、俺の目の前にかざしたのである。

「右目だけつぶってや」

 言われたとおりにする。やや中心からずれたハート越しに小田原の顔が見えた。

「次は左を閉じて」

 今度は逆にしてみる。こちらも同じような感じだが、右目を閉じていたときよりハートが正面に見えた。

「どっちのほうが、ハートが中心に見えた?」

「左を閉じたときだな。……で、これはなんなんだ? 恋のおまじないか?」

「そうや。営倫学園七伝説の一つ、このおまじないをしたカップルは……って違うわい!」

 肯定してから否定した小田原。これがノリツッコミという奴だろうか。

「今のはな、利き目を調べたんや」

「利き目? 目にもそんなのがあるのか?」

「ああ。宇藤は左目を閉じたとき、つまり右目を開けていたときのほうがハートが中心に見えたっちゅうことは、右が利き目や。野球では、投手に近いほうの目が利き目だとええらしい。つまり、宇藤は左打ちで練習したほうがええ訳や」

 右とか左とか何度も出てきてややこしいが、結論、俺は左打ちで行けってことか。

「さて、ウチがスイングの見本みしたる。ミヤさんは後ろから見たってて」

 小田原は傍らに立掛けてあったバットを手に取り、俺に見せびらかすように前に掲げた。

 そして、右手を一旦離して、グリップに小指と薬指の付け根を合わせるように握りなおした。

 その上に、左手も同じように握る。

「握りは大体こんなんや。右手の第一間接と第二間接の間に、左手の第二間接が来るように握るとええ感じになるで……って、教本の受け売りやけどな」

 小田原はバットを握った両手を、左肩の後ろ斜め上まで持ってきた。左打ちと左打ちが対面しているので逆向きになるが、その握りを真似て構えてみた。

「あ、両手は離すなや。スイングがぶれるさけ」

 宮前が後ろから俺の両手を握って構えを正した。

「今度は肩があがっとるで、力抜きや」

 宮前は、今度は俺の両肩に両手を置いた。

「膝、伸びきっとるで、軽く曲げて余裕をもたせるんや」

 俺は宮前に直される前に膝を曲げた。本人に邪気はないんだろうが、あんまりペタペタ触られるのも決まりが悪い。

「今度は曲げすぎや。種田仁とかジェフ・バグウェルみたいになっとる。素人のうちは、ガニマタ打法は真似せんほうがええ」

 ……誰だ、それ? プロ野球に興味あるやつならわかるのか?

「お次は腰が上向きになったわ。肩・腰・膝は地面と平行になるっちゅうのを意識せい」

「バットは立てるちゅうのも覚えときい」

「だから両手は離すなや!」

 その後も、あちらを立てればこちらが立たずのいたちごっこを続けた。昼休み終了の五分前の予鈴がなるまで、俺は数回しかバットを振ることを許されなかった。

「もうこんな時間か。最後にもう一球だけ投げたる。構えや。ミヤさん、離れときい」

 俺は小田原に促がされ、俺は構えた。昼休み中構えの練習をしたのだから、打たれるために放られたトスなど簡単に打てるようになっただろう。

 だが、結果は先程と同じだった。

「くそ! なんで当たらないんだよ!」

「バッティングがそう簡単に身につくはずないやろ」

 昨日の夜、保谷先生に会うまで思い通りにならぬものはなかった俺だが、今では小さな球にさえ翻弄されてしまったのであった。

 それにしても、本当にスポーツに携わった状況では俺の超能は発現しないのだろうか? そう聞かされていたので試みていないが、保谷先生が嘘を吐いたのかもしれないし、俺が「わずかな例外」でないとも限らない。加えて、『競技内』という概念の範囲も気になる。試合中のみを指すのか、練習中も含むのか。

 一応試してみるかと、小田原に向き直った。

 ――片付け、任せた。

「さ、皆でさっさか片付けて、授業もどらなな。宇藤、ぼーっとしとらんで手伝いや」 

 通用しなかった。片付けの場ですら発現しないということは、三十分ばかり構えの練習しただけで、俺の超能は衰えて完全になくなってしまったのかもしれない。

 妙に年季の入ったようなボロボロのボールを拾い集めて器具倉庫に仕舞い、同じクラスの俺と宮前は共に教室に戻った。

「……疲れた」

 自分の席に戻った俺は、そう呟いた。

「お疲れ様。小田原さん、基本的に陽気なんだけど野球のこととなると厳しいからね。仮入部した野球未経験者の何人かが小田原さんの扱きに耐えられなくて根を上げた」

「人数も揃わないのに、とんでもない奴だな」

「そのせいで随分やさしめになったけどね」

「……あれでか」

「前は同じことを何度も言わせたらお尻をバットで叩いてた」

「体罰反対主義の現代では考えられないな」

「僕もお父さんにはよく殴られたよ」

 ……俺はふと、俺と血の繋がった、実の叔母を思い出した。

「でも、上手くいったときには褒めてくれたよ。厳しさは愛、ってわかってたから、そんなお父さんでも、大好きだった。今でもたまにキャッチボールするんだけど、『今はお前のほうが俺を殴る番だな』って、言ってくれる」

 だが、宮前のその言葉で、連想を中止した。宮前の親と俺の叔母は根本が違う。

「……で、宮前は親父さんを殴るのか?」

「殴らないよ!」

 それにしても、球児のやさしめと、俺の考えるやさしめだと、かなりの乖離があるようだ。

「……ところで、宇藤君、まだ入部届け貰ってないけど、もう嫌になった、とか言わないよね?」

 宮前は懇願するような瞳で見つめてきた。

「……俺には嫌とは言えない理由があるからな」

「良かった。じゃあ、これ書いて」

 溜め息交じりに答えた俺に宮前が目を輝かせながら手渡してきたのは、学校所定の入部届けだった。必要事項を埋めてそれを宮前に返す。

「ありがとう。……ほら、弐戸君、起きて」

 ペシペシと弐戸の頭を叩く宮前。

「九番目の選手よ。営倫野球部を代表して君に歓迎の言葉を送る」

 演技がかった声で言った後、弐戸は宮前から入部届けを受け取り封筒に仕舞って、再び眠りについてしまった。

「……お前も苦労してそうだな。宮前」

「野球のための苦労だから。そうそう、今日の放課後はこの教室でミーティングだから」

「了解」 

 そこで宮前は俺との会話を完全に絶ち、真剣な表情で板書を始めた。学業も真面目にやんなきゃならないだろうなと思った俺はそれに倣おうとしたが、睡魔には勝てなかった。

野球の話が出てきたよ

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