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試合その1

 六月上旬ながら、試合当日は真夏と錯覚するような猛暑であった。

「オス! 団長! 大変です!」

「どうした!」

 観客席に陣取る、ガクランに身を包んだ女子生徒の一人が叫んだ。団長と呼ばれた方もまた同様の格好をしている。

「一人、ぶっ倒れました! 恐らく熱中症です!」

「ガクラン脱がせて、日陰に運んでおけ! 水分も補給させておけよ! 症状みてやばいようだったら、救急車も呼べ!」

「オス!」

 そう答えると、その女子は倒れた仲間を日陰に運んだ。

「今日までずっと練習してきたのに、本番、しかも試合前にこんなことになるなんて……悔しい、でもっ! 立てない……」

 倒れた女子はうわ言のように呟いた。ガクランは通気性が悪く、熱が篭り易い。そこに突然の猛暑日。試合前から倒れるのも無理からぬことであった。

「今日ダメでも、地区予選がありますよ! そのときに頑張りましょう! 大江先輩!」

 看護にあたる女子は、応援団口調から、労わる口調に切り替え、仲間を元気付けた。

「汗、拭きますね」

「遠田さん……ありがとう」

 遠田は大江のガクランを脱がせた。

 その様を誰かに見られていることに気付き、人の気配がしたほうに向き直ると、園子は立ち上がり、背筋をピシッと伸ばし、両手を背中に回し、腰を深く折って頭を下げた。

「お恥ずかしい所をお目に掛けて申し訳ございません! 宇藤選手!」

「あ、ああ、見ていてすまん……」

 この場に立ち合わせたのは偶然だったが、見ていたことには変わりない。それなのに逆に謝られるとは予想していなかったため、力也は反射的に謝り返してしまった。

「応援団が一人、大江園子の分まで、この遠田花音が張り切って応援致します!」

「ああ、よろしく」

 力也はそう言って、自軍のベンチまで駆けて戻って行った。

(しかし……早くも一人倒れるなんて、応援団って選手よりきついんじゃないか?)

 考えながら戻る途中で、再び話し込んでいる二人を見かけた。

(あれは……五十嵐と相手チームの奴か?)

 今度は男同士だったが、チームの主砲が敵とどんなことを話すのか気になったので、遠巻きに様子を伺うことにした。

「俺の魔球が完成した。……ノーヒットノーラン、達成してやるよ」

「……随分自信があるようだが、保志、営倫はそんなに弱いチームではない、と忠告しておく」

「……話はそれだけだ」

 保志と呼ばれた選手は、一塁側のベンチ方向へ歩いていった。

「……楽しみだな」

 主砲である自分に面と向かってなめられるような発言をされたのに、五十嵐は笑っていた。


 先攻、宇多南のラインナップは、以下の通り。

 一番 サード    九京   歌太郎 クキョウ ウタタロウ

 二番 セカンド   楓    仙樹  カエデ  センキ 

 三番 ショート   狩村   鉄腕  カリムラ テツワン

 四番 レフト    花咲   祐樹  ハナサキ ユウキ

 五番 ライト    姫野   如月  ヒメノ  キサラギ

 六番 キャッチャー 若草   子規  ワカクサ シキ

 七番 センター   君原   空   キミハラ ソラ  

 八番 ファースト  土岐   陸王  ドキ   リクオウ

 九番 ピッチャー  保志   入魂  ホシ   ニュウコン

(それに加え補欠九名)

 対する後攻、営倫のスターティングオーダー。

一番 ショート   宮前   宗太  ミヤマエ ソウタ

二番 ファースト  小田原  縁   オダワラ ユカリ

三番 キャッチャー 弐戸   学   ニコ   マナブ

四番 センター   五十嵐  一蹴  イガラシ イッシュウ

五番 サード    神野   久治  ジンノ  ヒサナオ

六番 レフト    葉樹   巌   ハギ   イワオ

七番 セカンド   上川   真琴  カミカワ マコト

八番 ライト    宇藤   力也  ウトウ  リキヤ

 九番 ピッチャー  滝    珠美  タキ   タマミ

 一塁側ベンチの宇多南。皆一様に高校球児という存在を体現しているような見てくれである。

「で、この中で、誰が女だ?」

相手から受け取ったメンバー表を眺めながら、宇多南の姫野が尋ねた。

「二番、七番、九番だ」と、このメンバーでの仮キャプテン、若草が答える。

「三人もいるのか……世も末だな」

「まあいいじゃないか、女の子と蝶の舞う野原で球を追うような野球も」

「俺らはビジターに当たるだろうけど、活躍すれば観客席に沢山いる女の子の目に止まるかもしれないしな」

 ぼやく姫野を、花咲と土岐が元気付けようとした。

「おいお前ら。気を緩めるな。弱気は最大の敵だが、相手を舐めてかかるような過ぎた強気もまた、最大の敵だ。ベルト打法のエピソードを知らないのか?」

 しかし、若草はあくまで真剣だ。この勝負に対する執着と、冷静な判断力から、一年メンバーのキャプテンに選抜されたのであった。彼の鶴の一声で、選手の顔から緩みが消える。

若草はふう、と息を吐き出し、保志の方を向いた。

「……で、お前はそのタブーをのっけから破ったのか」

「ああ、五十嵐がいても、女も混ざった九人のチームに俺の球が打ち込まれるはずないだろ」

 宇多南からのスカウトを蹴ってわざわざ営倫に入学した五十嵐一蹴の名は、このチームではかなり知られたものであった。中学時代対戦した選手も何人かいる。特に保志は、彼と浅からぬ因縁がある。

「まあ、俺もお前の球がそう簡単に打たれるとは思わないがな。俺も簡単に打たれるようなリードはしない」

「いや。リードは俺がする」

 保志は自信に満ち溢れた顔でそう言い切った。彼は何でも俺がやる、タイプのピッチャーなのだ。

「……場合によっては、すぐに下がってもらうぞ。君原も投げられるし、投手は控えにもいるからな」

 本人がそう言ってるのに無理に捕手がでしゃばるのも良くない、と考えた若草は、もう一度溜め息を吐きながら、それだけ言った。保志のようなタイプの投手に気持良く投げさせることが大切なのだ。

「了解。代わるようなことはないがな」

 若草は立ち上がり、ベンチから外に出て集合をかけ円陣を組ませた。

「ウダナン! ファイト!」

 十七人の選手が、それに続いた。


「さすが、人数多いと、声もでかいな」

 三塁側ベンチ。宇多南の掛け声を聞いた弐戸はそう呟いた。

「でも、一人当たりあっちの二倍の音量を出せば敵うはずよ」

 それを聞いて、『営倫』の二文字が書かれたユニフォームを身に纏った保谷光が言う。

「野球馬鹿にもわかる計算で示してくれて、ありがとうございます監督」

「でも、弐戸君中間テストの成績、全体的に悪くなかったわよ」

 宮前の危惧に反して、弐戸のテスト結果は、点数自体は平均ラインだった。……誤答はエキセントリックなものが多かったが。

 学業の方はと言うと、神野、宮前、富がトップクラスで、中間テストの成績は一年の一位を神野が、二年の一位を富が飾った。

 後は皆平均レベルである。尤も、弐戸と力也はそれぞれ宮前と富という協力者あってのことだが。

 ついでに、富と上川はテスト中でも超能を使えるが、カンニングなどは決してしていない。また、光も生徒の心を掴むために超能を使ったことはない。

「先生のお陰です」

 弐戸は顧問に一礼をしてから、三塁側ベンチ前に立ち、集合を叫んだ。

「エーリン! ゴー!」

 九人の声が、重なった。

 プレイボールは、もうすぐであった。


 イニング開始前の投球練習とボール回しが終わり、しまっていくぞの合唱がグラウンドに響いた後、宇多南の小兵先頭バッター、九京が左打席に入った。

 スイッチピッチャー(両投げ)とスイッチヒッター(両打ち)が対戦する際には、投手の側が先に投げる腕を明確にするというルールがあるが、宇多南には両打ちはいなかった。

 左対左の場合、一般的には投手が有利とされており、実際それは数字にも現れている。

 しかし、数字が全てを現していたら、スポーツはつまらない。今、ここで行われるプレイが予想できないものであるから、スポーツは人をひきつけるのだ。

 滝は振りかぶり、軽く下げていた右足を捻りながら、脚部再頂点となる膝を『営倫』と打たれた胸辺りほどにまで上げる。爪先が捕手真直ぐに向くよう足裏を着地させるとほぼ同時に、右腕は折りたたまれ、球に良くエネルギーを伝えるための重心移動に備えられている。

 そして左からスリークウォーターで発射された第一球目は、ど真ん中に構えた弐戸のミットに吸い込まれるように大気中を滑っていき、それに収まった。時速一三〇キロをわずかに超えていた。

(……女子にしては速いな)

 もちろん、彼には正確な球速はわかっていない。感覚でそう思ったのだ。

だが、彼にとってそれは打ち頃の球速であった。初球なので見送ったが、もう一度同じ球が来たら捕らえることが出来るだろう。尤も、バッテリーも見逃すことを見越して、その球を放ったのかもしれないが。

(もう一つ、試してみるか)

 第二球目、捻りながら上げられた右足が下げられていく段階に至った当たりで、九京はバントの構えを見せた。

 それに合わせて一塁手小田原、三塁手神野が猛然と前に駆けて行く。二塁手上川も一塁ベースに向け移動を始めた。リリースを終えた滝も前進するが、先程より四〇キロ程スピードダウンしたチェンジアップ……直球と同じフォームで投じられる遅球は、キャッチャーに捕球された。

バットは引いていたが、審判からストライクの宣言がかかった。

(各内野手のフィールディングも悪くない。……キャプテンの言うとおり、舐めてかかると痛い目にあうだろうな。それにしても二球続けてど真ん中とは、この捕手も大胆なリードをする)

 九京は捕手をちらりと見た。マスクの下で彼がどのような表情を浮かべているかは確認できなかった。

(遊び球無しで勝負に来るかもしれないな)

 九京は構え直し、投手を凝視した。

 振りかぶった滝は、足を上げた後、上半身を沈ませた。瞬間、九京は投手が何をしているのか理解できなかった。

「ストライク! スリー! バッターアウト!」

 一瞬間の後、審判の叫びが響いた。

(アンダースロー……)

 投球練習の際、マウンドに立つ女子投手は、左右で投げ分けていたが、いずれもスリークウォーターだった。

 宇多南の全選手は、彼女がスイッチピッチャーであることは理解していた。だがそのことが印象深かっただけに、別フォームで来ることが予想出来なかったのだ。

「すまん」

 ベンチへ戻る際、九京はネクストバッターボックスの楓に謝罪した。

「いや。あの手の奇襲は一度見たら対応できる」

 二番楓は、右打席に立った。

 彼に対する初球も、左スリークウォーターど真ん中ストレートのストライク。

 二球目も同様の球であった。それを、基本に忠実なスイングで引っ叩いた。

 ピッチャー返し。

 打球は投手の足元からセンターへ抜ける……かのように見えたが、二塁ベース後方に位置していた宮前に捕らえられ、一塁でアウトとなった。ナイスショートが球場にこだました。

 そして三番、ベンチ前で素振りをしていた狩村は、右打席に入った。

(一番二番に対し、初球からストライクを取りにきている。初球狙い目だな)

 彼に対する球は、スリークウォーターでの外角いっぱいから外へ逃げる、投手の利き手側に沈みながら曲るスクリューボール。

 狩村はそれをおっつけるように打たされ、ライナーはファースト小田原のグラブに飛び込んだ。

 六球でチェンジ。守る営倫、好調の立ち上がり。


 一回裏の攻撃。

「ストライク!」

 三球目にして三回目のそれを宣言された宮前は、一塁向けて駆け出した。キャッチャーの捕球が不完全であると確認したため、振り逃げに走ったのだ。

 だが、宮前が一塁ベースに到達するより先にファーストへの送球が速かった。一塁塁審がアウトを宣言する。若草は落球を詫びるため投手に対し軽く頭を下げた。

「さすがミヤさんやな。出塁への執念。弱者が強者に勝つためには、みっともなくてもそういうのが大切なんや」

 呟いて、小田原はサイン『打者委任』を確認してから左打席に入った。宮前コールから変わり小田原コールがかかる。吹奏楽部が奏でる曲も変わった。一人ずつ応援曲も設定されているようであった。

(ブラバンも応援団もええ仕事してくれるなあ。うちも負けてられへんな)

 小田原はバットを握り締め、投手を睨み付け「来いやあ!」と一喝した。 

(あのピッチャー、球は速いが直球一辺倒や。打てない相手やない)

 マウンドに立つ保志はそれを涼しげな顔で受け止め、ダイナミックなオーバースローで右腕から白球を射出した。撃鉄が薬莢を叩き潰したような音が響き、ストライクのコールがかかった。スピードガンで計測したなら、時速一五〇キロ前後が表示されるだろう。

 時速一五〇キロ。並みの高校の野球部でこの数字を叩き出した者は、ピッチャーに求められる他の要素に眼をつぶられ、その双肩に甲子園出場の期待という重荷を背負わされるだろう。だがそこは天下の宇多南。それだけで手放しでレギュラー入りという訳にはいかないのだ。

(確かに打席に立ってみると速いな……でも鈷井野バッティングセンター自慢のマシンより、ちょぴっとばかし上って程度や)

 小田原の考える『ちょぴっと』を時速に直すと約一〇キロ。ちょぴっとというレベルの差ではないが、豪速球に物怖じしていない、という点で、ここでは強気がプラスに働いていると言えるだろう。

 小田原は二球目、三塁線側にファールを打った。振り遅れているが、バットに当てたことには変わりない。

 次はヒットにしたる。と息巻きながら、バットを構えなおす小田原。

 第三投目、投手保志は、軸足が地球と一体化したようなリフトアップから、重力という援護を効果的に得るために重心を加速させ、右手から右足の爪先をなぞれば「C」のような形となる体勢となり、そして身体全身を捻じるようにして球を放った。それは、回転軸を進行方向へ向けたまま推進し、バットなど意に介さぬように、ミットに突き刺さった。

「ストライク! スリー! バッターアウト!」

 宣言された小田原は、ベンチへ駆け戻った。

「……ミヤさん。三球目のノビ、異様やったな」

 同じく既に一打席目を済ませていた宮前に、確認するように尋ねた。

「うん。……僕の時も三球目、急に球のノビが強くなった」

「もしかしたら、ジャイロボールかもしれんな」

 ジャイロボールとは、螺旋回転を帯びながら前進するため、初速と終速の差が5%未満となる、ノビを持たせることに重点を置いた球種である。時速一五〇キロを出せる保志の場合、物理的に考えれば、七キロ程の減速しか生じさせない……はずの球である。

 到達までに一〇キロ以上の減速を見せるストレートと織り交ぜられたら、共に大別すれば直球である(スライダーにカテコライズすべきであるという意見もあるが)とはいえ、ミートのタイミングを見極めるのは困難である。

 大きな差はないように見えるが、一八・四四メートルという限られた間隔の中、〇・〇一秒ずれれば何十センチも差が出る世界なのだ。

「魔球ジャイロボール……あの速さで投げられるのは脅威だよ」

「そやかて、消えたり増えたりするわけやないんや。奴さん、変化球も投げてきいひんし、鈷井野のおっちゃんちで時速一四〇に慣れたうちらなら、打てるはずや。あのピッチャー、俺の豪速球を打てるもんなら打ってみやがれってタイプやな。タマちゃんとは対称的や」

「でも、あっちのピッチャー、一五〇ぐらい出てると思うよ」

「そんなん、大差ない」

「一〇キロって凄い差だと思うけど……」

 小田原はあくまで強気であった。

 続く弐戸は追い込まれてから凡打に倒れた。この回、両チームとも三者凡退に終わった。


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