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「傍若無人なる瞳」

自分が好きなもの色々ごっちゃに詰め込んだ混沌とした作品。

多くの野球作品(とくに某野球バラエティ)に影響を受けています。

あと、作り始めたのが2008年で、登場人物が話題に出す野球ネタがかなり古いですね。第二回WBC以前。

ついでに僕は中日ファンです。

 夜の街をたむろする目障りな輩の足をわざと踏んでやる。案の定、やつらは訳のわからないことをがなりたて、俺を取り囲んで拳を握った。

 ……単純な奴らだ。俺が凡人だったとしても、こいつらのやろうとしていることは容易に読み取れるだろう。即ち、袋叩きにでもしようとしているのだ。

 しかし、それは愚かなことだ。……お前らの拳が傷つけるのは、お前らだ。俺はただ突っ立っているだけで、この状況を難なく切り抜けられる。

 さて、誰から操ろうか。俺の正面にいる太っちょでいいか。

 ――お前の殴る相手は、すぐ横のグラサン野郎だ。

 俺がそう心の中で呟いただけで、その通りになる。連中、何が起こったのか理解できていないようで、目を白黒させていやがる。

 ――やられたらやり返さなくちゃな。グラサン。お前の敵は、太っちょと、正当な復讐を止めようとする奴だ。

 忽ち仲間内で大乱闘となり、最早俺など眼中にないといった様相だ。俺は歌を口ずさみながら包囲から抜け出す。

 ――ムシャクシャしたときは、夜の街に繰り出すに限る。そんじょそこらに気晴らしが転がっている。

 俺は大声で笑う。林立するビルに反響して広がる音。満月の下に広がるコーラス。悪くない趣向だ。

 合唱がやんで、ふと確認し忘れていたことを思い出す。

 ――連中の財布、いくら入っていたんだろう。五人組だったから、全員から抜けば、結構な額になったかもしれない。

 しかし、別にあいつらから抜かなくても、財布を携えた人間なんて掃いて捨てるほどいる。

 おお、おあつらえ向きに前からチャリに乗った御巡りがこちらに向かってきている。

 笑い声をいぶかしんでやってきたのか、乱闘の通報を受けて駆けつけたのか、無為無策なパトロールの最中か。そんなことはどうでも良い。

「あ、御巡りさん」

 俺は善良な一市民っぽい口調で呼び止めた。御巡りのチャリはやけにうるさいブレーキ音を立てて止まった。次は「どうしました?」と尋ねてくるだろう。その前に……。

 ――金を出せ。そしてそのことを忘れろ。

 声を出さない恐喝は成功した。御巡りは何事も無かったかのように去っていく。警察手帳を頂戴することも可能なのだが、後々面倒になりそうなのでやめておいた。

 さて、この金を何に使おうか。そうだ、靴を探すための灯りにでもしてみよう。どのみち金なんてあってもなくても欲しい物は手に入るのだから。

 夜の街も堪能し終わったし、思いついたことを早速実行しようと帰路に着いた。

 俺の住家は小さなアパートだ。豪邸を手に入れることも可能なのだが、一人暮らしの未成年がそんな家に住んでいたら怪しまれるだろう。それは俺の望むところではない。

 その俺の自室の前に、見知らぬ女が一人立っていた。年の頃は二十代半ばといったところだろうか。スーツ姿に長い髪の、何処かインテリめいた雰囲気のある女だった。

「お帰りなさい。宇藤力也君」

 女は俺の名を呼んだ。こいつは何者だ、と考える前に、矢継ぎ早に自己紹介を始める。

「私は保谷光。営倫学園の教師であなたの所属するクラスの担任です。入学したのに一回も登校してこないあなたを心配して、家庭訪問に来ました」

 営倫学園というのは、今年から女子校から共学になるということで興味を抱いたため、俺が自分の能力の実験と暇つぶしを兼ねて受験してみた高校だ。呆気なく合格してしまってから興味を失って入学式にも出ていないまま二週間経っているが。

「深夜徘徊なんて、噂通り素行があまりよろしくないようですね」

 小言を呟く女。なんと教師教師した態度であろうか。敬語も相まって気に食わない。

「悩み事や相談があるなら乗ってあげます。ですから部屋に通してくれませんか?」

 ……しかし、これはベタだが悪くないシチュエーションのようだ。深夜に押しかけてきた女教師を部屋に連れ込む。

「ええ、実は、僕の手には御しきれない問題がありまして……」

 俺は提案に乗るふりをして、女を部屋に招きいれた。

「どうぞ、適当にお掛けください。何もない部屋ですが」

 俺は顔がにやけてしまうのを我慢し、恭しい口調を保った。

「それで、その問題とはなんでしょう?」

「実はですね……」

 俺は女の同情を得るためにあることないこと語り始めた。幼いときに両親が出奔しただの、冷たい親類に引き取られたが虐待を受けた後追い出されただの、タチの悪い借金取りに追われているだの、麻薬の販売や売春の斡旋を強要されているだの……。

 ちなみに、このなかで本当のことは、最初と二番目の部分だけだ。しかし、俺は彼らを憎んでなんかいない。むしろ感謝している。彼らのお陰で、能力に気付けたのだから。

 女は俺の話に聞き入っているようだ。さて、そろそろ頃合いか。

 ――この哀れな男の子のために、脱げ。

 ゴロツキから御巡りまで手玉に取れる俺の能力。念じただけで、視界内の人や物を意のままに操れる。

「脱げ……か。本性現したようね。宇藤君」

 しかし、女は薄ら笑いを浮かべながら言った。

「なんだと……」

 前代未聞の事態に、俺は狼狽してしまう。まだ寒さが残る春の夜であるのに、汗が伝うのを感じた。

「なら、こっちもそれなりの対応をしないとね」

 女はすっくと立ち上がって見据えてきた。その瞳は、俺に恐怖を催させた。

 しかし、まだ俺には常に携帯しているナイフがある。それを取り出そうとポケットに手を突っ込もうとした。

「無駄よ!」

 女がそう叫ぶと同時に、両腕が動かなくなった。見ると、床から生えた二本の触手に拘束されていた。それは徐々に俺に加える力を強めていく。きりきりと締め付けられる痛みに、俺は呻き声を上げてしまう。

「これ以上なにかしようというのなら、その両腕を失くす覚悟を決めてからにしなさい。あなたなら手を使わずとも物を飛ばすことは可能でしょうからね」

「……わかった! わかったから、これをどうにかしてくれ!」

 俺は懇願する。我ながら無様だとは承知だが、体裁は両腕の代わりにはならない。

触手は忽ち掻き消えたが、まだ痺れが残っている。

「少し酷いことをしたとは思うけど、これも教育のうちなのよ」

 女は教師染みた態度に戻った。

「宇藤君、あなた超能協会から問題視されているのよ」

「超能協会?」

「あなたや先生みたいな常を超えた能力を持つ人間、超能者の集まり。その存在が一般に感付かれないように調整する組織なの。あなたの行為は眼に余るってことで、粛清者……まあようするに刺客を派遣しようかという話が最近上がったんだけど、先生が反対したのよ。まだあなたには更正の余地があるはず。誰も殺してないし、育った環境も悪いし。先生のクラスの生徒だし、努力次第でね」

 一人称が先生に変わっていた。つまり、俺を教え子と見なしているということか。

 それにしても、俺みたいな能力を持った人間が他にもいて、組織立った活動をしていて、俺を殺そうか殺すまいかと話し合った、という事実は俺に少なからぬ衝撃を与えた。異常な俺が思っていたよりこの世界は異常だったのか。

「というわけで、今日からあなたを更正させます。営倫学園で、一緒に倫理を営みましょう!日本語としては間違ってるような気もするけど、今は国語の授業じゃないからいいよね」

「……はあ」

「目上の人に対する返事は、『はい』」

「……はい」

「元気が足りない!」

「はい!」

「よろしい」 

 俺はこの女……いや先生に歯向かう気力を失っていた。この世界は自分の思うがままであるという自信をこいつに完膚なきまで壊されたのだから。

「じゃあ着いて来て」

「え……どこに……ですか?」

「先生の家。私生活から改善させてあげるから」

「え……でも……」

「目上の人に対する返事は?」

「はい!」

 もはやヤケッパチだ。命が救われただけありがたいと思おう。

「あと、先生からのお願い。連れて行って欲しいところがあります」

「はい! それはどこでしょう!」

「魔物が住むと人口に膾炙されている場所」

「はい!」

 勢いで答えてしまったが、俺にはそれがどこかわからなかった。


 俺は当面必要になりそうな物だけを鞄に纏め、先生に案内されるまま着いていった。

先生の家は、これといった特徴の無い二階建ての一軒家で、俺のアパートから徒歩で十五分程度の距離だった。こんな身近に俺を超える超能者がいたなんて、つくづく、井の中の蛙であったなと痛感する。

「ただいま」

 先生が扉を開けて言うと、中からお帰りなさいという返事が来る。どうやら、この家にはもう一人誰か女が住んでいるようであった。

 土間で立ったまま待たされているとと、その声の主が玄関脇の階段から駆け下りてきた。 

 年齢は俺と同じくらいであろうが、お下げの髪に清楚な印象を受ける顔、一昔前の女学生といった見てくれをしていた。

「『傍若無人なる瞳』……」

 彼女は俺を見るなりそう言って身構えた。俺はその言葉の意味を図りかねた。

「……はじめまして。私、光の義理の娘で、保谷富と申します」

 こちらを警戒した様子のまま、恭しく告げられたそのトミという名もまた、彼女のアナクロニズムな雰囲気を助長しているようだった。

「『傍若無人なる瞳』さん。そちらのお名前は?」

「……俺は、宇藤力也」

 その不可思議な呼称が自分に向けられているものだと気付き、俺は自分の名を告げた。

「で、『傍若無人なる瞳』ってのはなんだ……ですか?」

 彼女が先生の娘だというなら、敬語を用いた方が良いと判断した俺は語尾だけ言い直した。

「失礼しました。宇藤さん。名を知らなかったので、超能協会であなたに付けられたコードネームをそのまま用いました」

「ま、私の手に掛かればいずれ傍若無人なんて枕詞はなくなるわよ」

 先生が宣言する。俺としてはその『傍若無人なる瞳』というのは言いえて妙だと感じたが、そんな呼称を俺に付すほど、超能協会は俺を知悉していたのか。

「でも、今日から一緒に暮らすんだから、そんな客に向けるような態度はやめてあげて。力也はあなたの弟みたいなものなんだから。」

「ありがとう、お母さん。弟、連れてきてくれたんだね!」

 急に言葉遣いを変える富。余所行きの態度から家庭内の態度に切り替えたというところだろうか。それにしても富の言葉はどういう意味だ?

「あ、力也もウチでは私のことお母さんって呼んで」

「……わかりました、お母さん」

「もちろん学校では先生と生徒」

「……はい」

「で、グラウンドでは顧問と選手だから」

「……ちょっと待て! グラウンドってなんだ!」

 つい素の口調が出てしまった。

「運動場、競技場の意」

「そんなことはわかってる!」

「野球部に入るって言ったよね?」

「誰が、いつ、どこで言った!」

「力也が、さっき、力也の元々の家で。魔物が住むと人口に膾炙される場所につれてって欲しいっていったら、はいって言ったよね」

「ならそこはどこだ!」

「甲子園」

 しゃあしゃあと答える光。もう名前呼び捨てで良い。こんなやつに世話になるぐらいなら、刺客に狙われる方がましだ。

「もうやってられねえよ! 出てくぜこんな家!」

 俺は身を翻して、扉を乱暴に開き、再び満月の下を駆け出した。

 とにかくこのまま夜行列車にでも乗って、出来るだけ遠くに逃げよう。拠点は出先で見つければいい。当面必要なものを詰めた鞄は置いてきてしまったが、俺なら代替物の調達も容易だ。

 なんだか夜逃げみたいだ。かっこ悪いが仕方ない。世の中はそんなに甘くなかった。……くそ、この言葉が俺にも当てはまるなんて、十五年も生きてきてやっと気付かされた。

 全力で走る機会も必要も今までほとんどなかったため、あまり距離を走った感はないのに息が切れてしまった。

 ちょうど自動販売機が目に入ったところで、休憩をとることにした。

 さっき御巡りがくれた金を挿入する。俺だから言えることだが、自販機にも個性がある。そしてこの自販機は融通が利かない。飲む物を迷ったりしようものならその全てを出してしまう。今確変大当たりなんかかましたら、アシがついてしまう恐れがある。戻すこともできるのだが、時間が掛かる。

 スポーツドリンクの缶を片手に、一息ついていたため、俺めがけて飛んでくるものがあったと確認できたのは、額に感じた痛みによってだった。手で触れると、ヌルリとした感触がある。その手を確認すると、血液がべっとりと付いていた。そして、視界が赤く染まる。瞳まで血液が流れ込んできているのだ。

「額を掠めただけか」

 その声は男のものだった。

「……いきなりなんなんだお前は! 超能協会からの刺客か?」

「いや。違うよ宇藤力也君。僕も君と同じようなものだ。超能協会に属さないで思うがままに力を振るう、フリーの超能者だ。このようなスタンスの者は協会からは『超能ゴロ』と呼ばれるがね。君の名は『超能ゴロ』の間でも結構有名になっているのだよ。『超能ゴロ』の価値観は人によって様々だが、僕は同じ超能者へ一方的に命の遣り取りを申し込んで、それを奪うことを至上の喜びとしているのさ」

「何故そんなことを……」

「そっくりそのままお返しするよ。噂に聞いたけど凡人いじめは良くないよ」

 男はあざ笑うように言った。

「さて、僕は君の能力を知悉している。君の能力はこの僕に効かないし、物にも影響がないようにしておいた。もし、自販機に対し能力を使っていたら、もっと早く僕に気付けたかもね」

 血に染む視界でも、男がゆっくりと近づいてきているのを確認できた。

 ――俺の前から消えろ!

「だから、効かないと言っただろう。無意味なことはやめたまえ。それにしても、君は綺麗な言葉のお勉強をしたほうが良かったんじゃないか? 死ぬ前の言葉がそれなんて、まるで狂人だよ。まるでじゃなくてそのものなのかもしれないけどね」

狂人そのものの男はそう言った。俺は缶を打棄り、ポケットからナイフを取り出して投げつける。

「おや、ありがとう。でも、冥土の土産はこっちがあげるものだよ」

 しかし、それは一輪の花に変わり、男の手に収まった。

「じゃあ冥土の土産に教えてあげるよ。それなりに有名な君だけど、真の目的は君じゃないんだ。君は前座。真打は保谷光のほうさ。彼女は恐らく君を追ってくるだろう。もし君が、自分のことを僕のメインターゲットだと思っていたなら謝るよ。誤解するような言い回しをして、ごめんなさい、とね」

 そういうと、男の手の中にある花は、今度は銃に変わった。俺は無様を自覚しつつも逃げ出そうとする。しかし、瞬間、今度は両足に激痛を感じた。トラバサミにはさまれていた。俺はうずくまりそれを外そうとしたが、びくともしない。

「観念したらどう? でも、君が一秒でも長く生きていたいというなら、保谷光が来るまでいたぶってあげてもいいよ」

 男の顔がにやけた。こいつは俺を弄って遊んでいる。光とは根本的に違う。光からは恐怖を起こさせるオーラが出ていたが、こいつからは吐き気を催す臭気がする。

 しかし、下衆な俺には、そんな奴に殺されるという最期がお似合いかもしれない。どうせ、超能を封じられたら何も出来ない人間だ。

「僕が考えうる限りの責苦を与えてあげるよ。フルコースだ」

 男がそういった瞬間、額と両脚痛みは消えたが、代わりに体中の肉を抉られるような痛みを感じた。苦痛に叫び声をあげる俺。

 その痛みが消えたと思ったら、次は身体の内側でフジツボが繁殖していくような掻痒感。

 自らの身体に爪を立て掻き毟ってもそれは消えなかった。

 そして炎に焙られ、呼吸を止められ、極寒に晒され、針に貫かれ、液体に溶かされ……それでも俺ははっきりとした意識があった。

「どうだい? お気に召したかな?」

 その問いに対し、俺はあうあうと呻き声をあげることしか出来なかった。

「うん。言葉にはなってないけど、良い返事だよ。まだまだ続くよ」

 男はにぱぁっと笑顔を作った。

 もう死でも生でもいい。この生き地獄から抜け出したい。

 しばらく俺は次に来る苦痛を思い恐々としていたが、俺の身体には何らの感覚が起こることはなかった。

 訝しく思い俺は男の顔を仰ぎ見た。しかし、身体の上にそれはなかった。

「……ばかな。なにが起こった?」

地面に転がっていたそれ……男の顔は、そう呟いたと思うと、頭から切り離された身体と共に四散し、そして霧消した。

「……やっちゃった」

 すぐ背後から、女の声がした。俺は今までその存在に気付いていなかったし、あの男も気付いていないようであったから、その女は超能の類で気配を消していたか、瞬間移動か何かで今来たということになるだろう。

 振り向くと、その女が保谷富であることがわかった。

「お母さんから超能は禁止されていたんだけど、弟を助けるためだし、仕方ないか。それにあの男、協会から粛清許可が出てたし」

 富はそう言うと、俺に向き直り、手を差し伸べた。

「さ、帰ろう。力也。いきなり出て行っちゃって驚いたけど、お母さんもお姉ちゃんも怒ってないよ」

 彼女は、笑顔を作った。それは、富から見ればまさしくなのだが、家出した弟を迎えに来た姉がするようなものであった。

 しかし、俺はその顔に畏怖を覚えた。俺が手も足も出なかった男の首を、本人すら気付かぬ内に身体から切り離し、消滅させたのは彼女なのだ。

「どうしたの? お姉ちゃんの言うことが聞けないの?」

 富の笑顔が崩れ始めてきた。

「なら、さっきの男とずっと遊んでいたら? 『傍若無人な瞳』さん」

 そう言うと、霧消したはずの、先程の男の破片が再び現れ、それらが掻き集まって再び人の形をなそうとしだした。

 奴の顔は二度と見たくなかった俺は、富が差し出した手をとった。すると、男に成りかけていた肉片たちは再び分散し、消えてなくなった。

 俺たちは、手を握り合ったまま共に歩き出した。今更お姉ちゃんとおててつないでお家に帰る、なんて柄じゃないのだが、富が手を放そうとしてくれない。

「明日から、一緒に学校通おうね」

「……はい」

「『はい』なんて堅苦しい返事はやめて。家族なんだから。ね?」

「……うん。姉ちゃん」

「野球部、入るんだよね?」

 ここで断りでもしたら、またさっきの男を呼び出すかもしれない。俺は首を立てにふり、肯定の意を現した。

「私マネージャーだから。一生懸命サポートするよ」

「……よろしく」

 そう返事をしてしまうおれ。野球なんかやるのが嫌で逃げ出したが、迎えに来た富に対する恐怖でやっぱり野球をすると言ってしまう。

 行き当たりばったりな行動しか取れない自分が情けない。

 それにしても、俺や光や富みたいなわけのわからない能力を持った者が携わる競技が、まともなものになりうるのだろうか?


 帰宅後、富が自分の部屋に戻ったことを確認してから、何故二人がそこまで野球に拘るのかを、光に尋ねてみることにした。

「力也、体育の授業にまともに参加したことないでしょう?」

 光……いや、ここではお母さんと言うべきか、先生と言うべきか……ともかく彼女は、そう尋ね返してきた。俺は肯定した。身体を動かすのは嫌いではないが、目的を持って他人と運動をするのは嫌いだった。超能のお陰でそれでも問題なく過ごせた。

「スポーツというものが、どういう経緯で出来たか、知ってる?」

「いや……いいえ。知りません」

「……神話の時代からスポーツと言うものは存在していたと伝えられています」

 堅苦しい口調……これは先生モードよりもっと堅苦しそうだ。一体彼女の中に、何種類の役割が混在しているのだろうか。

 そんな口調で急に大昔の話になり、俺は身構えた。今の自分の身の回りに起こっていることを理解するために、この講義は真面目に聞くべきだろう。

「その起源については様々な説があります。しかし、実際は、超能者による支配から開放されるために、凡人……超能者でない者が考え出した、超能を封じるための手段だったのです

スポーツにおいては、超能は、わずかな例外を除いて発現しません。そして、スポーツに長く携わると、超能は衰えていきます。この現象を、協会は『競技結界』と呼んでいます。しかし、古き超能者の多くは超能の維持よりスポーツとの関係を望みました。それ故、超能者は今ではマイノリティーとなったのです」

「つまり、俺に野球を勧めるのは、傍若無人な力をなくしたいから……ですね?」

「ええ、他にもいくつも目的はありますが」

「でも……先生や、……姉はスポーツに携わっているらしいのに、超能、持ってますよね?」

「私や富の超能は、競技内では、効果を及ぼしません。それに、選手として参加しているわけではないので、衰えも僅かです」

「どうして、……先生や……姉は、選手としてスポーツに携わらないの……ですか?」

「超能が必要だからです。学校の体育ぐらいはこなしてきましたが」

「必要ならば、顧問やマネージャーとして少しでも携わっているのは何故ですか?」

「私は、富にスポーツを勧めました。しかし、本人はスポーツなんかしたくない、っていうのです。かつての彼女……当時は『破壊と再生のカオス』と呼ばれていましたが……に無理に勧めるのは私の命が危なかった」

 そういえば、「本命は保谷光」と言っていたあの男がよほどの自信過剰でない限り、奴は先生と互角以上の力を持っている筈だ。それをいとも簡単に屠った富は先生をはるかに超える実力を持っていることになる。

「そこで私は搦め手で攻めることにしたのです。天涯孤独の彼女の母親役となり、常識を見に着けさせると共に、古今東西のあらゆるスポーツ作品を与えました。そうしたら彼女、野球を痛く気に入りました。そこで私は野球部の顧問となり、彼女を選手として迎えようとしました」

「……ちょっと待ってください。野球部に選手として迎え入れようとした?」

「今年度から、高校野球は女子選手解禁になりました。プロ野球でも大学野球でも女子選手が認められており、プロ野球団……関西独立リーグの神戸9クルーズにも女性選手が登場したのに、高校野球のみが女人禁制なのはおかしいということでしょう。女子硬式野球があるのに、男子の硬式野球に女子の参入を認めるのは悪平等主義だという批判もありますが」

「知りませんでした。まあ、スポーツには縁がない生活をしてましたから」

「ですが、彼女は選手としてやるのは嫌だと言いました。私は粘って、彼女をマネージャーにすることに成功しました。そうしたら、彼女は、野球が嫌で家出した弟を迎えに行って、説得して選手にしたい、と言い出しました。……多分、漫画かなんかの影響です」

「俺を訪ねた目的の二つ目はそれですか。そしてまさに姉の望み通りになった、って訳ですか……」

「変な誘い方をしたのはそのためです。無茶苦茶なことを言えば、傍若無人で我儘であろうあなたが逃げ出すのは目に見えてましたから。もちろん、私はあの男、『同族喰らい』にも気づいておりました。役の一つを担ってもらったわけです」

 どうやら、あの男……『同族喰らい』とやらより、先生のほうが上手のようだ。

「……まあ、そんなとこかな」

 先生は砕けた口調に戻った。講釈はもうお終いというところだろうか。

「一応わかりましたけど、俺がこの家の一員になることと、野球部に入ることは確定事項なんですか?」

「今更嫌、とか言ったら、富、何するかわからないわよ。あの子の力、『同族喰らい』の一件で知っているはずでしょう? あれでも氷山の一角のそのまた一角よ」

「……わかりました、お母さん。野球部、入りますよ。野球が嫌で逃げ出したけど、やっぱり命には代えられません」

「ええ。野球部の顧問として、あなたの入部を歓迎します。超能協会の役員の一人として、あなたを粛清せずに済んだことに安心しています。一教師として、非行生徒の一人が倫に戻りつつあることを嬉しく思います。保谷富の母……彼女の暴走を止める使命を持つ者として、あなたの手助けを感謝します」

 先生は自分の持つ各立場から、俺の入部に対する意見を丁寧語で述べた。口調が一定しないのは、演じるべき役割の多さ故だろうか。

 それにしても、保谷光という人間の本性はどれなんだろうか。俺のアパートの前で待っていた教師なのか、俺に触手を巻き付けた時や「目上の人に対する返事ははい」といった一連から想像できるようなサディストなのか、スポーツの起源を俺に語ったときのような語り部なのか、それともまだ見ぬ野球部の顧問なのだろうか。

 保谷富に対して母親なのか、それともただ暴走を止める役割からそうしているだけなのか。

 そして、俺に対しては何者なのか?

「きっと、全部本性なんだと思う」

 先生は俺の心を読んだようで、そう呟いた後、こう俺に言った。

「もう遅いから、お風呂はいって、そろそろ寝たほうが良いかな。学校に必要なものはこっちでもう準備してあるからね」

なにこの中二じみた文章

野球はもうちょい先

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