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おしくらまんじゅう

掲載日:2026/05/03


朝の改札は、

毎日誰かを押している。


ホームへ向かう階段で、

背中に鞄の角が当たる。

謝る声はない。

みんな急いでいる。

急いでいないと、

置いていかれると思っている。


私もその一人だった。

会社に着けば、今度は数字に押される。 

売上。

成果。

評価。

順位。 


見えない手が、胸の真ん中をぐいぐい押してくる。 

隣の席の佐伯さんが表彰された。

後輩の森田くんが昇進した。

同期の由美は結婚して、

子どももいて、なのに仕事もできる。 


拍手しながら、私は押し出されていく。



おしくらまんじゅう、

押されて泣くな。



子どもの頃、

笑いながら言っていた歌が、

今は呪文みたいだった。

泣いたら終わり。

弱音を吐いたら負け。

止まったら、転ぶ。

そう思っていた。 


だから私は、

朝五時に起きて勉強し、

愛想よく笑い、

残業し、

誰より先にメールを返し、

誰にも頼らず、

誰にも迷惑をかけず、

きれいに生きようとした。


けれど、ある冬の朝。

満員電車の中で、

突然涙が出た。


理由はわからなかった。

誰かに怒られたわけでもない。失敗したわけでもない。


ただ、ぎゅうぎゅうに押し込まれた車内で、自分が荷物みたいに思えた。


人間なのに、運ばれているだけだった。


次の駅で降りた。会社とは逆方向のホームに立った。吐く息が白い。膝が震えていた。


ベンチには、清掃員のおばあさんが座っていた。


「休むの?」


知らない人に話しかけられて、私は頷いた。


「みんな、押し合うの好きねえ」おばあさんは笑った。


「でもね、本当は押されても、押し返さなくていいのよ」


「……負けませんか」


「誰に?」 


その言葉に、私は答えられなかった。


誰に勝ちたかったのだろう。

同級生?

同僚?

親?

世間?

それとも、情けない自分自身?


「前に出る人もいる。

横によける人もいる。

座る人もいる。

帰る人もいる。

勝ち方なんて、一つじゃないわ」 


おばあさんは立ち上がり、

モップを肩に担いだ。


「泣かない方法を探すより、

泣いても大丈夫な場所を作りなさい」


それだけ言って、

行ってしまった。 


私はその日、会社を休んだ。

罪悪感で胃が痛んだ。

スマホには通知が積もった。

社会から落第した気がした。 


でも昼に公園へ行くと、子どもたちが本気でおしくらまんじゅうをしていた。


押されて転んで、泣いて、三秒後にはまた笑っていた。

負けても、終わっていなかった。 


その日から、私は少しずつやめた。 


全部で一番になること。 

誰かの速度で走ること。 

無理して好かれること。

泣くのを恥じること。 

転職もした。

給料は下がった。

肩書きも消えた。


けれど夜に眠れるようになった。


競走社会は、明日も誰かを押す。 速い人もいる。強い人もいる。ずるい人もいる。 


でも、押し出されそうになった時、思い出してほしい。 


土俵の外に出ても、人生は続く。 泣いてもいい。 

休んでもいい。 

横にそれてもいい。 


おしくらまんじゅうで、本当に大事なのは。 

最後まで残ることじゃない。


押されても、自分を見失わないことだ。




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