おしくらまんじゅう
朝の改札は、
毎日誰かを押している。
ホームへ向かう階段で、
背中に鞄の角が当たる。
謝る声はない。
みんな急いでいる。
急いでいないと、
置いていかれると思っている。
私もその一人だった。
会社に着けば、今度は数字に押される。
売上。
成果。
評価。
順位。
見えない手が、胸の真ん中をぐいぐい押してくる。
隣の席の佐伯さんが表彰された。
後輩の森田くんが昇進した。
同期の由美は結婚して、
子どももいて、なのに仕事もできる。
拍手しながら、私は押し出されていく。
おしくらまんじゅう、
押されて泣くな。
子どもの頃、
笑いながら言っていた歌が、
今は呪文みたいだった。
泣いたら終わり。
弱音を吐いたら負け。
止まったら、転ぶ。
そう思っていた。
だから私は、
朝五時に起きて勉強し、
愛想よく笑い、
残業し、
誰より先にメールを返し、
誰にも頼らず、
誰にも迷惑をかけず、
きれいに生きようとした。
けれど、ある冬の朝。
満員電車の中で、
突然涙が出た。
理由はわからなかった。
誰かに怒られたわけでもない。失敗したわけでもない。
ただ、ぎゅうぎゅうに押し込まれた車内で、自分が荷物みたいに思えた。
人間なのに、運ばれているだけだった。
次の駅で降りた。会社とは逆方向のホームに立った。吐く息が白い。膝が震えていた。
ベンチには、清掃員のおばあさんが座っていた。
「休むの?」
知らない人に話しかけられて、私は頷いた。
「みんな、押し合うの好きねえ」おばあさんは笑った。
「でもね、本当は押されても、押し返さなくていいのよ」
「……負けませんか」
「誰に?」
その言葉に、私は答えられなかった。
誰に勝ちたかったのだろう。
同級生?
同僚?
親?
世間?
それとも、情けない自分自身?
「前に出る人もいる。
横によける人もいる。
座る人もいる。
帰る人もいる。
勝ち方なんて、一つじゃないわ」
おばあさんは立ち上がり、
モップを肩に担いだ。
「泣かない方法を探すより、
泣いても大丈夫な場所を作りなさい」
それだけ言って、
行ってしまった。
私はその日、会社を休んだ。
罪悪感で胃が痛んだ。
スマホには通知が積もった。
社会から落第した気がした。
でも昼に公園へ行くと、子どもたちが本気でおしくらまんじゅうをしていた。
押されて転んで、泣いて、三秒後にはまた笑っていた。
負けても、終わっていなかった。
その日から、私は少しずつやめた。
全部で一番になること。
誰かの速度で走ること。
無理して好かれること。
泣くのを恥じること。
転職もした。
給料は下がった。
肩書きも消えた。
けれど夜に眠れるようになった。
競走社会は、明日も誰かを押す。 速い人もいる。強い人もいる。ずるい人もいる。
でも、押し出されそうになった時、思い出してほしい。
土俵の外に出ても、人生は続く。 泣いてもいい。
休んでもいい。
横にそれてもいい。
おしくらまんじゅうで、本当に大事なのは。
最後まで残ることじゃない。
押されても、自分を見失わないことだ。




