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留学して1カ月

当時、高校2年だった俺は両親に勧められて留学に行くことになった。

本人にやる気はほとんどなかった。英語が得意なわけでもないし、海外に憧れがあったわけでもない。ただ、「若いうちに行っておけ」という親の一言と、就活に有利になるかもという打算が重なって、気づいたら飛行機に乗っていた。

行き先はイタリアにある小さな町アオスタ。

アオスタ?どこそれと思った人は正常だ。俺も最初そう思った。イタリアといえばローマやミラノを想像するが、アオスタはそのどちらでもない。フランスとスイスの国境近く、アルプスの山々に囲まれた北の小さな谷間の町だ。人口は四万人ほど。観光客よりも地元民の方が多い、こじんまりとした場所。

なぜそこになったのかというと、エージェントに「静かな環境で語学に集中したいなら」と勧められたからだ。俺に断る理由もなかった。

ホームステイ先はごく普通の家庭だった。ホストファーザーは無口な建設業の男で、ホストマザーはよく喋る明るい人だった。子供が二人いて、上が十二歳の男の子、下が八歳の女の子。猫が一匹。石造りの古い家。絵に描いたような、北イタリアの家庭だった。

到着した初日、ホストマザーが言った。

「ここはあなたの家だから、リラックスしてね」

俺は愛想笑いをして、「ありがとうございます」と言った。

リラックスできる気が、全くしなかった。


 そして到着して三日目に、俺はやらかした。

夕食の席に近所の家族が招かれた。いわゆる「新しい日本人の子を紹介するよ」的な集まりだったらしい。みんなが「どこから来たの」「イタリア語は話せるの」と矢継ぎ早に聞いてくる中で、ホストファミリーの八歳の女の子が俺に聞いた。

「日本では何してたの?」

俺は何を思ったか、こう答えた。

「暗殺者」

ウケると思った。子供相手だし、冗談っぽく言えば笑ってくれると思った。

女の子は固まった。

隣に座っていた母親が、すっと俺から子供を引き離した。

ホストマザーが、テーブルの向こうで苦笑いをしていた。

その日から、ホストファミリーの態度がどこか遠くなった。夕食の会話が減って、俺の部屋の前を通るとき足音が速くなった気がした。

完全にやらかした、と気づいたのは一週間後だった。


語学学校に通い始めてからも、状況は大して変わらなかった。

クラスは十二人。日本、中国、ブラジル、ドイツ、スペイン——色んな国から来た人間が同じ教室に詰め込まれていた。授業はイタリア語と英語が半々。初日の自己紹介で、俺はさすがに暗殺者とは言わなかった。名前と出身だけ言って、さっさと座った。

無難にいこうと思っていた。

でも噂というのは足が速い。ホストファミリーの口から広まったのか、三日も経たないうちにクラスの何人かが俺のことを「あのアサシンの日本人」と呼んでいた。廊下で普通に聞こえた。英語がわからないふりをした。わかってしまっていたので。

授業中は真面目にやっていた。それだけは自信を持って言える。ただ、授業が終わった瞬間に話しかけてくる人間がいなかっただけで。

休み時間、みんなが固まって話しているのを横目に、俺は一人で教科書を読んだ。別にいいし、と思っていた。友達を作りに来たわけじゃない。語学を勉強しに来たんだ。そう自分に言い聞かせていた。

昼休みは学校の近くの広場のベンチに座った。買ってきたパニーノ(サンドイッチ)を食いながらスマホで日本語のサイトを読んだ。異国に来て日本語を読んでいる自分が少し情けなかったが、他にすることもなかった。アオスタの空は高くて、アルプスがやけにくっきり見えた。景色だけは、よかった。

ホームステイ先に帰ると、ホストマザーが夕食を用意してくれていた。ホストファミリーは悪い人たちではなかった。ただ、会話が弾まなかった。俺のイタリア語が拙いせいもあったが、あの夜の一件が確実に影を落としていた。

食後は部屋に戻って、勉強をした。単語、リスニング、シャドーイング。寝る前に日本にいる母親にLINEを送った。「元気?」「元気だよ」それだけのやり取りを、毎晩繰り返した。


二週間が過ぎた。


三週間が過ぎた。

俺は少しずつ、この生活のリズムに慣れていった。慣れてしまっていた。朝起きて、学校へ行って、広場のベンチでパニーノを食べて、家に帰って、勉強して、寝る。それだけの毎日。

寂しいとは思わなかった。いや、正確には——寂しいと思わないようにしていた。

一ヶ月が経った頃、俺はようやく認めた。

失敗した、と。

暗殺者のせいだけじゃない。もともと俺は、自分から話しかけるのが苦手だった。日本にいるときもそうだった。それが異国の言葉の壁まで加わって、完全に詰んでいた。

その日の昼休みも、広場のベンチに座った。パニーノを取り出して、スマホを開いた。

隣に、誰かが座った。

顔を上げると、見たことのない女がいた。クラスは違うらしい。ショートカットで、大きなリュックを背負っていて、手に山盛りのジェラートを持っていた。十月なのに。

「隣、いい?」

訛りのある英語だった。でも流暢だった。

「どうぞ」

彼女は座って、ジェラートを一口食べて、それから俺を見た。

「あなたが暗殺者の人?」

俺は少し間を置いた。

「そうです」

彼女は笑った。声を出して、本当に可笑しそうに。アルプスの方まで聞こえそうな笑い声だった。

「最高じゃん、それ」

久しぶりに、人に笑ってもらった気がした。

「どこの国?」俺は聞いた。

「韓国」彼女はジェラートを二口目で半分にした。「ソウル。あなたは?」

「日本」

「あー、だから変なジョーク言ったんだ」

「変だったか」

「めちゃくちゃ変だった」

また笑った。俺も少し笑った。

「ユナ」と彼女は言った。

「リョウ」

「リョウ」彼女は繰り返した。「暗殺者にしては普通の名前だね」

「本名は別にある」

「何?」

「暗殺者なので言えない」

ユナはまた笑った。今度は俺も、ちゃんと笑えた気がした。

アルプスに、風が吹いた。



今回2つ目の作品を作成しました。今回このお話を見かけて読んでくださっているあなたありがとうございます!!感想や星つけていただけると嬉しいです!※誤字脱字がありましたら教えてもらえると幸いです。

留学でやらかした主人公、先が思いやられる留学も残り11カ月、これからどうなることやら、このお話は脚色はあるものの私、かつおのえぼしの体験談をもとに書いています(笑)少し長いお話になるので続きはまた今度   かつおのえぼし


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