年頃な悪役令嬢に関心を持たずにいられない
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夫が亡くなった。
娘と私を残して、だった。道が連日の大雨でぬかるんでいて、馬車の足が取られたらしい。遺体は、川に流され帰ってこなかった。
「別に、明日が私の誕生日だからって急いで帰って来なくたって良かったのに……」
夫のいない屋敷。二人の寝室で、涙を流し続ける。
そこで、キィとドアが開いた。はっと振り向けば、今年五歳になった娘のリーズアがテチテチとこちらに歩いてくる。
「おかあさま、泣いてるの?」
舌っ足らずな声で話しかけてきた娘は、屈託のない笑顔を作った。
「それならね、わたくしの大事なね、くまのお人形ちゃん貸してあげる」
能天気な態度に、腹の底から熱くなる。突き抜けるような衝動が私を突き動かした。
「……ッ! 鬱陶しいわね、どこか行ってよ! ――っなわけないでしょ、私の可愛い娘ちゃーん!」
手を振り払ったせいでリーズアが後ろに倒れ込みそうになったのを、滑り込みキャッチする。ズザザーと滑った音がした。
きゃ、きゃ、と喜ぶリーズアを抱きしめながら、私は大粒の汗をかく。
あっっぶな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
やばい、このままだとこの純真無垢で可愛い娘が悪役令嬢邁進コースだった!
あの突き飛ばした瞬間に頭を巡ったもの。それは私の前世の記憶だった。
私は、ブラック会社の社畜としてリードで繋がれる毎日を送っていた。その日も終電間際まで残業し、ホームで電車を待っていたのだ。
そこで何気なく読んでいた小説が、悪役令嬢となったリーズアが断罪される話。
夫を亡くし無気力になった母親――エルフリーナに顧みられず、放置され続けたリーズア。彼女は婚約者となった第二王子に執着した。
優しい第二王子はリーズアを突き放すこともできず、その関係は危うくも均衡を保っていた。が、学園に入り平民から聖女になった少女の登場によって崩れていく。
優しい聖女に心惹かれていく王子。自分に無関心になっていく王子への焦りから、聖女を虐め始める悪役令嬢リーズア。
そして卒業パーティーの日にリーズアは断罪され、爵位返上&エルフリーナと共に北の修道院送りとなった。勿論聖女は第二王子とゴールインでベッドイン。
読んだ時、私はどうしてもリーズアを憎むことができなかった。だって、母親から無関心な態度を取られるのは私も同じだったから。
優秀な兄と比べられ、いつも家での居場所がなかった私。
おいおい泣いてしまって、過労による睡眠不足も相まって体がふらついた私は、そのまま線路に落ち轢かれてしまった。
そして今に至る。
ぎゅう、と小さい体を抱きしめた。
「貴女に、あんな想いさせないわ。母様が守るからね」
「んぅ? おかあさま、またないてるのね」
よしよしされながら、私は決意した。必ずや我が子の未来を安定させてみせると!
◇◇◇
そこから私は当主代理という立場になり日夜格闘した。
執務仕事に社畜根性で当たり、娘を可愛がりに可愛がり、新たな夫として名乗りを上げる男どもを千切っては投げ千切っては投げ……大変な三年間だったのだ。
そして、頑張ってから三年。今日娘は小説通り第二王子であるコアト殿下とお見合いの日だ。ふん、どんな小童か見届けてやろうじゃないか。
戦闘民族並みの武装と目つきの私とは裏腹に、リーズアの表情は優れない。べしょ、と情けない顔で私のドレスに縋り付いている。
「お母さま、わたくしこわいです。ずっとお母さまと二人でいたいよぉ」
悪役令嬢の面影もない、可愛らしい娘をむんずと抱きしめ頬ずりする。
「どうして怖いのですか?」
「だってだって、でんかがこわい人かもしれませんもの」
「そうしたら逃げれば良いのですよ」
「……でも、そうしたら皆に怒られちゃいます」
私はにっこり笑う。いつかの私が向けて欲しかった笑顔と言葉を、リーズアに惜しみなく贈った。
「だーいじょうぶ! 母様の後ろに隠れれば良いのです! 母様は貴女の絶対的な味方ですから!」
「わたくしがわるいのに……?」
ノンノン。人さし指を振る。
「もしそうだとしても、些細な問題です。例え貴女が間違っていたら、一緒に罰を受けるだけですもの」
言ってから、私ははっと目を見開いた。
小説のエルフリーナだって、私と同じくらい忙しかったはずだ。それも箱入り娘だった彼女にとって、公爵家という肩書きはどれほどの重圧だっただろう。
だから、リーズアに構う余裕もなかったとしたら? それの罪滅ぼしのために、爵位を返上し一緒に修道院へ行ったとしたら?
「…………」
「お母さま?」
「っあ、ごめんなさい。なんでもないのよ」
手を振る。リーズアの額を撫できすをする。
「ね、大丈夫のおまじない」
「わぁ……っ、ありがとうお母さま!」
元気を取り戻したリーズアの鼻をハンカチで拭き、私たちはいざ戦場へと歩みを進めた。
「――フィーア公爵家のリーズアです。はじめまして、第二王子殿下」
「はじめまして、リーズア嬢」
立派にカーテシーをこなしてから粛々と挨拶をするリーズアに心の中で拍手を送る。
にこやかに微笑むコアト殿下に案内され、さっきの緊張はどこへやら少しはにかんでいた。
和やかにお喋りしだした二人を見守り、そそと退散する。
それから国王陛下と王妃様にありがたーいお言葉(新しい夫の勧め)を丁重に断り、またリーズアを迎えに行った。
帰りの馬車の中、身ぶり手ぶりを交えながら何度も今日のことを話すリーズア。その姿が可愛くて心が和む。
けど、私は目を伏せた。小説の中だと一見ナヨナヨ男に見えた彼。そんな男に、愛娘を任せられるだろうか? 否、断じて否。
――ねぇ、あなたならどうする?
そう聞けば、茜の斜陽を背に受けた制服姿の彼が苦笑した。
『君は心配性だね』
だって、大事なことなのよ? 私はなにかを悩んでいて、彼に腹を立てむすくれた。
『ごめんごめん。……僕ならどうする、か。そうだね、僕なら少し時間を置くかな。物事は、こちらがその問いに対する執着を失くした時に、本性を現すから』
結局、彼の言ってることはちんぷんかんぷんなことばっかりだった。頭の良い人って凄い。
眠くなって来たのか舟を漕ぎ始めたリーズアの体を、私にもたれかからせる。
少しの猶予を頂こう。そう決めながら、私は星空を見上げた。
「ねぇ、お母さま」
三日後。夕食を食べている途中でリーズアが私を上目遣いに見た。
「もう『こんやく』ってむすばれたの?」
期待するように潤んだ瞳に、子供の成長は早いなぁと思った。ついこの間まで、恋も知らない赤ちゃんだったのに。
「いいえ、まだですよ」
「なんで、なんで? わたくし、かくごを決めましたよ」
「……私は、リーズアに幸せになって欲しいの」
おいで、と手を広げれば嬉しそうに駆け寄って膝に座る。頭をそっと撫でてから、左足に手を這わした。
「昔、貴女に怪我を負わせてしまった時。凄く後悔したのよ。だからね、もうこんな想いさせたくないの」
左足には、今でも完璧には癒えない、くるぶしから膝下にかけて大きな傷跡がある。左足だけに体重をかけてバランスを保つことはできないし、雨が降る日は痛むのか撫でて欲しいとせがまれる。
小説のリーズアにはなかった怪我。それはきっと私が転生したせいで起こってしまったのだと思う。
とある日。私が飛ばされたリーズアの帽子を、木をよじ登り取ってしまったのが原因だった。転生前から運動神経だけは良く、無意識に体が覚えていたのだろう。
それが良くなかった。大雨の日。部屋で一人でいた三歳のリーズアは、木の上で震える子猫を助けようと一人で行ってしまったのだ。
結果、私たちが見つけた時リーズアは高い木の上で猫を抱きしめ震えていた。騎士たちが手を伸ばすが、今になって怖さが押し寄せたのかうずくまっている。
「リーズア、大丈夫だよ」
夫がそう呼ぶ。騎士たちも待機し臨戦態勢の中、リーズアが動こうとしたのか態勢を変えた。
だが、濡れた木で足が滑り体が宙を舞う。間一髪で夫が受け止め地面との衝突は免れたが、落ちる途中の木の枝で引っ掻いてしまったのか、左足に深い傷ができてしまった。
後悔が、今も胸中を占める。
リーズアの体を抱きすくめた。
「愛しているわ、私たちの愛娘」
◇◇◇
一週間後。コアト殿下とのお茶会に呼ばれた。
リーズアを優雅にエスコートする殿下を、扇子で顔を隠しながら睨めつけた。変なことしたら承知しないぞ、と。
「ではお母さま、わたくしがんばってきますね」
笑顔に目が潰れる! なんて可愛らしさ!
「母様は、遠くで見守っているわね」
熟れた頬でこっくり頷くリーズアが可愛い。
そして本日も私は、国王陛下と王妃様に色々とせっつかれながら二人を見守る。
「いや、二人は年頃も近いしね。あの子もリーズア嬢を気に入っているようだったし、良かったら……」
「そうよね。見て、絵になる二人だわ」
分かりますぅ~。けど今お答えすることはできませんので、後日改めてということで〜。
社会の家畜として培われた対話スキルでうまーく流す。
その間にも、リーズアとコアト殿下は仲良くお喋りをしていた。微笑ましい。
そこでコアト殿下が椅子から降りた。リーズアの側に行き手を差し出している。庭に行きたいのかもしれない。
だが、リーズアは動揺しているようだった。首を傾げてから理由に気づく。リーズアの足が地面についていない。
体の小さい愛娘を、椅子に座る時は騎士が持ち上げてくれたが、エスコートされようとしていて騎士も近づけないのだろう。
リーズアは飛び跳ねることができない。衝撃で足が痛むからだ。
腰を浮かす。だがそれより早く、コアト殿下がリーズアを抱き上げた。そのまま地面にふわりと下ろされている。
「…………」
また幸せそうに歩き出した二人。呆然とそれを見守る。
「どうかしたのかね、エルフリーナ夫人」
「……婚約、是非結ばせてください。――結ばせてください!」
「わっ、急にエルフリーナ夫人が平伏しだした! 顔を上げよ!」
「そうですわ! 私たちにとっても願ってもない申し出なのですから!」
全力の土下座をする。やり慣れているせいか頭の中は透明で。色んなことが往々に巡った。
悪役令嬢となったリーズアを見捨てた彼。だからずっと敵対心を抱いていた。
けれど分かった。彼なら大丈夫。きっと、この判断は間違いではない。
リーズアを気にかけ、詳しいことは詮索もせず行動してくれた彼なら。それが『本性』なら。
「アウグスト様。私、間違えていませんよね?」
肯定するように、風が額を撫でた気がした。
そこで地面から引っ張り起こされ。気が触れたかと医者の下へと連れて行かれた。
それから十年。
リーズアは、花弁が開かれていくように美しい令嬢へと成長していった。
コアト殿下と切磋琢磨し、美しさに磨きをかけ……親として誇らしい限りだ。
「今日も最強で最高の娘ですね、リーズア」
手をモミモミしながら、学園に行く準備をしている娘にすり寄る。
対して、リーズアは厳しい目つきで私を見据えた。
「お母様、そういうのはやめてくださいと再三申し上げておりますでしょう」
「……ごめんなさいねぇ」
事実を述べただけだが、十八歳で年頃の娘は難しい。ドレスを買って母様への好感度ブチ上がり大作戦もこの間、大敗を喫してしまった。
そういうので関心を引こうとするのは良くないと思います、と信じられないくらいの正論で切られてしまったのだ。無念。
娘が去って行った玄関を見つめ、ため息をつく。
「私は上手に母様をできなかったのでしょうか」
ごめんなさい、親愛なるあなた。私では駄目だったのかもしれません。アウグスト様がいてくれたら、もっと上手くできたかもしれないのに。
幼い頃から婚約者同士だった彼に、恋に落ちるのは必然だった。いつも優しくて私をそっと諭してくれるあなたが好きだった。
そんなあなたなら、もっと上手にリーズアと関われたかもしれないのに。
「……いいえ、投げやりになっては駄目。年頃の女の子だもの。少し気難しくなるくらい当たり前よ」
人間の心は成長していく。時に人に頼って、時に拒絶して。私はどれほどのことをリーズアにしてあげられるのだろうか。
思考を放棄するために執務仕事に明け暮れれば、リーズアが帰ってきたらしい。帰ってきた彼女に駆け寄る。
「おかえりなさい」
「ただいま帰りました」
矢継早に告げ歩いていってしまう。目線だけで追いかける。
思い詰めたような顔だけが気がかりだった。
食堂でスープを飲みながら話しかける。
「リーズア、今日はなにがありましたか?」
「特に珍しいことはなにもありません」
「そうですか〜。リーズアが優秀ということですね、母様嬉しいです」
んぐ、とリーズアがむせた。
「ど、どうしたのですか愛娘!」
「その呼び方やめてなのよ!」
語尾も崩れるくらい苦しそうに咳をするリーズアに水を持ってくるようお願いする。
「……なんでもありません。もうお腹いっぱいなのでこちらで失礼しますね」
食べ残しも綺麗に並べられていて。しゃなりしゃなりと自室に戻る娘。
完璧に見える娘に、私は胸が痛んだ。
その晩、心配でついつい娘の部屋に訪れてしまった。小さい頃はよく来てたっけ、と笑う。
ベッドの縁に腰掛けた。
「寝顔は変わんない。昔のまんま……」
額を撫でる。ふと、大丈夫のおまじないを思い出した。娘が大きくなってからは嫌がるかなと思って控えていたけど、今ならいいかな?
「大丈夫、大丈夫。全部上手く行くわ。母様がついているから」
ちゅ。優しい音が響く。
むむむ、と暫く念じてから目を開ければ、ぱっちり目を見開いたリーズアがいた。
「〜〜っ! あ、あの、寝込みを襲ったとかそういうわけではなく……っ」
「――お母様、まだわたくしに大丈夫のおまじないしてくれるの?」
瞠目する。昔の舌っ足らずな時みたいなあどけない台詞だった。
ついこちらも、幼かった娘にするように接してしまう。
「えぇ、当たり前ですよ。貴女は未来永劫、私にとって守るべき愛しい娘ですから」
手を取る。ね、とにっこり笑えば、見開いたままの瞳から涙がポロポロ溢れた。
「ほんとう、に……?」
「はい、勿論」
「上手くできないわたくしも、嫌わない?」
「なにを当たり前なことを。リーズアが私たちの下に来てくれた日から、ずっとずっと大好きですよ」
抱きしめれば、背に縋りつかれる。嗚咽を上げながら、リーズアは私にグリグリと頭を擦り付けた。
――涙が止まって。しゃくり上げながら娘から聞かされたことは、なんとも嫌なものだった。
リーズアは虐めを受けていた。それも彼女が教科書を汚されたり靴を隠されたりするのではなく、その逆。リーズアがそれらをした側だとして、糾弾されていた。
ネット小説の悪役令嬢が行った悪行の、再現が行われていたのだ。
虐められている対象は、この春学園に編入した聖女様。
コアト殿下と共に冤罪の証拠を探したらしいが、それも難航したらしい。
幸いだったのが、それがまだ一部の生徒間でしか確認されていないこと。聖女様は全てを秘匿しているらしい。恐らく、卒業パーティーで一気に放出するつもりなのだろう。
「丁度、先生に呼ばれてその間に教科書がなくなったり……わたくしの鞄から聖女様の持ち物が見つかったり……」
今にして思えば、先生に呼ばれたのもきっと罠でした。いざ行っても、そんなこと言ってないと何度も言われましたもの。
力なくうなだれるリーズアを抱き締める。
「なんてことを……っ」
性悪聖女様! 私の可愛い娘に!
「リーズアも、なぜもっと早く母様に言ってくれなかったのですか?」
「だって」
うりゅ、と目が潤む。
「お母様は、当主代理として凛と務めを果たしているのに。わたくしは虐めの冤罪も晴らすことできない。お母様に見限られるのが、凄く怖かったのです。甘えたら嫌われると……」
「なにを言っているのですか! 私がリーズアを見限る? そんなわけありませんし幼児退行だってどんと来いですよ!」
幼児退行? 首を傾げるリーズアを慌てて誤魔化す。
咳払いをした。
「まぁつまり私が言いたいのは、私はリーズアの絶対的な味方ということですよ。貴女がやってないというなら何としても明かしてやりましょう。覚えがあるなら――一緒に罰を受けるだけです」
もう一度リーズアが泣き出す。その額に、大丈夫よときすをした。
◇◇◇
それから三日経ち。午後から、理事長先生や他の先生方を交え、聖女様とリーズアの話を改めて聞くことになった。
馬車で向かう道中。なんだか気分が落ち着かない。
「お願い、私を落ち着かせてアウグスト様」
学園に足を踏み入れた瞬間、嫌な予感は確信に変わった。
先生方が慌てた様子で私の下に走り寄ってくる。
「い、今聖女様がリーズア嬢に階段から突き落とされて――!」
他の生徒を憚りながら告げられた言葉に、私は愕然とした。
応接間に早足で向かう。油断していた。卒業パーティーまでなんの動きも見せないと思っていた。
きっと私が今日来るとどこかで聞きつけた。そして動きに出た。全校生徒全員を味方につけるために。
聖女様の作戦は姑息だった。
皆の前で、リーズアに足を引っ掛けられたみたいに階段から転げ落ちる。そこでリーズアがわざとやったように周りに思わせる。
皆がリーズアに疑念を持った所で、彼女の協力者であろう生徒たちがリーズアの今までの悪行をバラせばもうフィニッシュ。
清く正しくの象徴であるとされる聖女様。そんな彼女を疑う人間は少ないだろう。特に、ここ最近リーズアはピリピリしていたらしいし。
リーズアがやってないと言える証拠。それを見つけなければ本当に悪役令嬢にされてしまう。そんなこと、絶対に許さない。
聖女様が治療を受けてから、話し合うことになった。その間にリーズアに会う。
憔悴しきったリーズアを、コアト殿下が心配そうに支えてくれていた。
会って早々、コアト殿下に頭を下げられる。
「夫人、すみません。俺はリーズアを守れませんでした」
「いいえ。私が不甲斐ないせいで、ひとりぼっちになってしまうかもしれなかった娘を、ずっと信じてくれてありがとうございました」
顔を上げてもらい、互いに席に着く。
そこで、聖女様が取り巻きのような女生徒と男子生徒と共に入室した。
入って来た途端、リーズアを見た聖女様はわざとらしく小さな悲鳴を上げる。すぐに取り巻きたちに守られ、よしよしされている姿は不気味に映った。
「私はリーズアの母親のエルフリーナ・フィーア公爵家当主代理です。本日は、娘が虐めを受けていると聞いて参りました」
「酷い! そうやって、権力を使って全てを有耶無耶にするつもりなんですね!」
「……はい?」
言葉が、通じないのだろうか? アーユーオーケー?
目が点の私にコアト殿下が耳打ちする。
「前からずっとこの調子なんです。こちらの話を聞く気がないというか。だから冤罪だと明かすのも難航しているんです」
「なるほど」
「コアト王子様! またリーズア様と一緒になって私の悪口言っているのですか? 酷いです酷いです!」
ぴぃと泣く聖女様に、一抹の疑問を覚える。コアト殿下も敵のような言い草だ。一応小説だと一緒にゴールインでベッドインなのに。
……まさか、彼女も転生者なのだろうか? だからテンプレとしての話の流れは知っていても、細部までは分からない。ズレが生じる。
確かに、あの電子の海で同じネット小説を読んでしかも覚えている方が珍しいというものだ。
ふむ、と顎に手を当てる。
「お母様、なにか分かりましたか?」
私にべったりなリーズア。サービス旺盛なのは嬉しいけど急にべったりですね、と頭を撫でる。
コアト殿下が苦笑した。
「学園でもずっと言ってますよ。お母様はわたくしの憧れだって」
「まあ!」
「ちょ、ちょっとコアト殿下!」
和やかに話していれば、他ならぬ聖女様が吠えて意識を引き戻された。
「もう、もう! 今は私が虐められるって話でしょ? 何してるのよー!」
「そ、そうでしたね。ではまず、今までリーズアが行ったとされる虐めについてお聞かせ願えますか?」
聖女様や取り巻きたちが語った内容は、リーズアのものと大差なかった。……若干、リーズアが怖い顔をして笑っていた等足されてはいるが。
「リーズアがやってないとされる証拠を出すのは難しい、と……」
「特に、最近はこちらも警戒しているせいか虐めも行われなくなっていましたし」
「あ、でも今日起こった階段での事件は沢山の方が見ているんですよね。それなら、嘘はつけない。聖女様。今日娘が行ったことについてお伺いしてもよろしいですか?」
理事長たちが難しい顔をしている。視線が一身に集まっているにも気づかず、聖女様はぷりぷり怒りながら語り始めた。
「階段を降りようとしていたんです。そしたらリーズア様が足を引っ掛けて来たんですよぉ!」
「そうです、私たち見ていましたわ!」
「聖女様が落ちた後、リーズア嬢が不敵に笑っているのも見たぞ!」
落ちた状況で、なにもおかしなことはないように思える。右足をサッと前に出して転ばされたと言いたいのだろう。
どうしよう、何もわからない。
焦る気持ちを宥める。アウグスト様なら絶対に焦らない。着実に答えを見つけ出すから。
「あの、本当にリーズアが足を引っ掛けたのですか?」
「疑うんですか? 酷いです、こーんな感じで私の足を引っ掛けましたのに!」
学園の丈が長いスカートを持ち上げ足が見えるようにし、聖女様が片足を上げた。
「こんな感じだったと思います!」
むふー、胸を張る聖女様を呆然と見つめる。それはリーズアとコアト殿下も同じだった。
「……それでは、リーズアは違うと思います」
「もうっ、まだ言い訳ですか!?」
「いえ、本当に」
告げて良いか分からず視線をリーズアに送れば、立ち上がった彼女が胸に手を当て堂々と声を発した。
「わたくしには、歩行に制限がかかるほどの傷が幼い頃から左足にあります。今でも左だけで立ち静止することはできません。――だから、今聖女様がしたことはできないのです」
聖女様と取り巻きの顔がサーッと青くなった。
「な、なにそれ嘘じゃないの?」
「そう思われるのでしたら、あとでお医者様を呼んでください。そこで同じ動きをしてわたくしにできるのか確認してもらいます」
聖女様の目が泳ぐ。
「あっ、もしかしたら反対だったかもしれないです」
「本当ですか? 衆人の目もあった中、嘘をつくことはできませんよ」
聖女様の顔が更に青くなっていく。
理事長が重々しく告げた。
「公爵令嬢に罪を着せる。――聖女様といえどこの罪は重いですよ」
「わ、私嘘なんてついてないもん!」
「それは、今後の調査で明かすとしましょう」
騎士たちが現れ、聖女様と取り巻きたちを縄で捕らえ始めた。
「いや、なんで私がこんな目に! 聖女に転生したから、悪役令嬢に虐められれば私だけの王子様が現れるはずだったのに!」
まさか、そんな稚拙な理由でリーズアを悪役令嬢に仕立て上げたのだろうか?
怒りで、気づけば聖女様の頬を張っていた。
「貴女のその他人に無関心で自分だけの利益を追求する態度が、人の一生を左右するほどの傷を負わせることになるかもしれないと心得なさい。リーズアに謝って。心を傷つけた責任を果たしなさい!」
ひっく、と聖女様が泣き出す。
「知らないもん! 絶対謝らないから!」
捨て台詞を吐き去っていく。
そこで、ぼふりとリーズアが私に抱き着いた。
「お母様、ありがとう」
「いいえまだです。本当の恐怖はこれからで、」
「信じてくれて、ありがとう」
目をパチクリし、それから頬を緩めた。
「当たり前でしょう。私の、いいえ私たちの愛娘なのですから」
昔と変わらない甘い香りを、胸いっぱいに吸い込んだ。
◇◇◇
聖女様は、生涯を教会に軟禁され過ごすことになった。自由のない質素な生活は、段々彼女を蝕んでいくだろう。
取り巻きたちも謹慎などの罰を受けたと聞く。学園にも公爵令嬢に冤罪を被せたと広がった今、彼らの未来は潰えたに等しい。
それから五年。
今日はリーズアの結婚式。私はアウグスト様の代わりに、彼女とバージンロードを歩くことになった。
「綺麗。とっても綺麗ですよリーズア」
「えへへ、ありがとうお母様」
すっかりトゲが抜け丸くなったリーズアの腕を取る。
パールが散らされた品の良いウエディングドレスが、リーズアの美しさを盛り立てていると見惚れてしまった。
今は扉の前にいて、合図を受けたら皆が待つ教会に入る。
ふと、一際強い風が吹いた。目をきつくつむる。
――もう一度開けた時。目の前にいたのは彼だった。
「……アウグスト、様」
「久しぶりだね、エルフリーナ」
辺りには幾つもの花びらが舞っている。世界に二人だけのようだった。
リーズアの姿も見えない。
「リーズアを育て上げる君を、ずっと見ていたよ。凄く立派な姿だった」
にこにこ笑う彼とは対照的に、私の表情は曇る。
「そうでしょうか。私は、上手に母様になれたでしょうか?」
「はは、君はいつも心配性だね」
そう言って。軽やかに私の側まで来た。
「大丈夫、エルフリーナは最高の母親だったよ。大丈夫、大丈夫」
額にきすをされる。そして、いつもの大丈夫の言葉。
彼が、不安になった私によくやってくれたもの。
――弱い私が、今日まで心を奮い立たせ続けることができたおまじない。
「愛してるわ、あなた」
「僕も、君を心の底から愛しているよ」
「……っだからこそ帰ってこなかったこと許してませんからね!?」
「え、あ、はい。ごめんなさい反省してます」
甘い雰囲気から反転。すっかりお叱りモードの私にアウグスト様が弁明する。
「君とリーズアに一刻でも早く逢いたかったんだよ」
「……そう」
段々、花びらの量が多くなって彼の姿が見えなくなっていく。
「今度会ったら、その時はデートしてくださいね」
最後にそう言えば。
「オススメスポット、百個くらい見繕っておくよ」
いつものような優しい笑顔で、手を振ってくれた気がした。
「――お母様、もうそろそろ行きますわよ」
体を揺らされ、意識が戻ってきた。まだ上手く境目が付かなくて目を白黒させていると、まぁとリーズアが歓声を上げる。
「お母様、そんな素敵なブローチをつけられていたなんて気づきませんでしたわ。綺麗です」
声に導かれ胸元に目を遣る。そこには、一等輝くダイヤモンドが収まったブローチが燦然と輝いていた。きらめきはまるで朝日に照らされた銀雪で。
夫の瞳を想起した。
「ふふっ、あっはは!」
「どうなさったのですかお母様」
「ううん、馬鹿みたいと思って」
本当に可笑しかった。
急いで帰ってくるからなにを渡したかったのかと思えば、腐りもしないブローチなんて。
本当に困った人。頭が良いのにどこか抜けている人!
「あはは、やだ、笑いが止まらないわ!」
私は笑い続ける。
「ふふっ、もう、本当にあなたは……」
そっと顔を伏せる。
私は呼吸も出来ないくらいゲラゲラ笑い過ぎて、暫く涙が止まらなかった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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