潜む影
翌朝、ティオは三人を連れて、城内の神殿へ向かった。
今日は、正式な勇者認定の儀式が行われる。貴族や高官たちが集まり、三人を「勇者」として承認する——そういう儀式らしい。
「ティオにいちゃん、これきゅうくつ」
ハルトが、新しく仕立てられた服の襟を引っ張った。白を基調とした、勇者らしい装束だ。
「我慢しろ。今日は大事な日なんだから」
「でも、うごきにくい」
「......分かるけど、今日だけだから」
ユイも、同じような服を着ている。髪には、白いリボンが結ばれていた。
「ユイ、このリボンかわいい?」
「ああ、とても似合ってるよ」
「えへへ」
レイアは、静かにティオの手を握っていた。いつもの目隠れ三つ編みに、小さな花飾りがついている。
「......ティオにいちゃん、きんちょうしてる?」
「ああ、正直な」
「だいじょうぶ。ティオにいちゃんは、やさしいから」
「......ありがとう」
ティオは、レイアの頭を撫でた。
神殿の扉が開き、ダリウスが出迎えた。
「準備はいいか?」
「はい。......と言いたいところですが」
ティオは、三人を見た。ハルトは服をいじり、ユイはあくびをしている。
「......大丈夫か、これ」
「大丈夫だ。子供らしくていいではないか」
ダリウスは、笑っていた。
神殿の中は、荘厳な雰囲気に包まれていた。
高い天井。ステンドグラスから差し込む光。そして——集まった貴族たち。その数、百人以上。
「うわあ......」
ハルトが、目を丸くした。
「いっぱいひとがいる」
ユイも、緊張した様子だ。
レイアは、周囲を見回していた。
「......」
中央の祭壇には、皇帝レオンハルト三世が立っていた。その隣には、宮廷魔導師ゼフィラン。そして、神官たちが並んでいる。
「さあ、勇者様方。こちらへ」
ゼフィランが、手招きした。
ティオは三人を連れて、祭壇へ向かった。貴族たちの視線が、痛いほど突き刺さる。
「ティオにいちゃん、みんなみてる」
ハルトが、小声で言った。
「ああ。でも、大丈夫だ」
祭壇の前で、三人は並んで立った。ティオは、少し後ろに下がる。
皇帝が、声を上げた。
「本日、ここに集いし者たちよ。我々は、歴史的瞬間に立ち会っている」
皇帝の声が、神殿に響き渡る。
「異世界より召喚されし三人の勇者——ハルト、ユイ、レイア。彼らこそが、我が帝国を——いや、この世界を救う希望である!」
貴族たちが、拍手した。
ハルトは、きょとんとしている。
「......なにいってるの?」
「シッ、静かに」
ティオが、慌てて制した。
ゼフィランが、前に出た。
「では、勇者認定の儀式を執り行います。勇者様方、どうか前へ」
三人は、ゼフィランの前に立った。
ゼフィランは、杖を掲げた。
「古の誓約に従い——」
その時、ハルトが手を挙げた。
「ねえ、おじいちゃん」
「......は、はい?」
ゼフィランが、困惑した表情を浮かべた。
「おしっこいきたい」
「......え?」
神殿が、静まり返った。
ティオは、顔を覆った。
「ハル......今じゃない......」
「でも、でる」
「......」
皇帝が、笑い出した。
「ハハハ! 子供らしいではないか! ゼフィラン、少し休憩を取ろう」
「は、はい......」
ゼフィランは、苦笑しながら頷いた。
休憩後、儀式は再開された。
ゼフィランが、再び杖を掲げる。
「古の誓約に従い、汝らを勇者と認定する。神の加護を——」
その時、レイアが小さく呟いた。
「......へんなにおい」
「え?」
ティオは、レイアを見た。
「どうした?」
「......このへやに、なんかへんなにおいがする」
「変な匂い?」
ティオは、周囲を見回した。だが、特に何も——
「......あのひと」
レイアが、指を差した。
その先には、ゼフィランの後ろに控えている若い男がいた。魔導師の弟子だろうか。黒いローブを着て、静かに立っている。
「あのひと、においがちがう」
「匂いが違う......?」
ティオは、男を見た。特に変わった様子はない。だが——
レイアの直感は、今まで外れたことがない。
「ダリウスさん」
ティオは、小声でダリウスを呼んだ。
「どうした?」
「レイアが、あの男を......」
ダリウスは、男を見た。その目が、鋭くなる。
「......確かに、何かおかしい」
ダリウスは、剣の柄に手をかけた。
その瞬間、男がこちらを見た。
その目——人間ではない。
「しまった、バレたか!」
男が、叫んだ。
次の瞬間、男の体が変化した。肌が灰色になり、角が生え、翼が広がる。
「魔族だ!」
ガルバドスが、剣を抜いた。
貴族たちが、悲鳴を上げて逃げ出す。
「くそっ、こんなところで——!」
魔族は、窓に向かって飛び出そうとした。
だが——
「まてー!」
ハルトが、飛びかかった。
「ハル!」
ティオが叫んだが、もう遅い。
ハルトは、魔族の足に抱きつく。
「にげちゃダメ!」
「ガキが! 離せ!」
魔族が、ハルトを振り払おうとした。
「ライダー——キィィック!」
ハルトが叫び、蹴りを放った。
炎が爆発し、魔族は壁に叩きつけられた。
「ぐあっ!」
魔族が、倒れる。
ダリウスとガルバドスが、すぐに駆け寄り、魔族を取り押さえた。
「動くな!」
「......くそっ」
魔族は、観念したようだった。
魔族は、地下牢に連れて行かれた。
ティオは三人を連れて、皇帝の私室に呼ばれた。そこには、皇帝、ガルバドス、ゼフィラン、そしてダリウスがいた。
「まさか、宮廷に魔族が潜んでいたとは......」
皇帝が、深刻な表情で言った。
「レイア様が気づかなければ、我々は——」
「......においが、へんだっただけ」
レイアが、小さく呟いた。
「匂いが違う......か」
皇帝は、レイアを見た。
「君の能力は、噂以上だな」
「......?」
レイアは、首を傾げた。
ゼフィランが、深く頭を下げた。
「申し訳ございません。私の弟子として受け入れた者が、まさか魔族だったとは......」
「いつから、潜入していたのだ?」
「おそらく、数ヶ月前からかと。召喚の儀式の準備中に、助手として加わりました」
「......では、召喚の妨害も」
「おそらく、あの者の仕業です」
ゼフィランは、悔しそうに拳を握った。
「尋問しよう」
ガルバドスが、立ち上がった。
「魔族の目的を、吐かせる」
「待て」
皇帝が、手を上げた。
「私も、同席する。この件は、重大だ」
「陛下が、自ら......?」
「ああ。そして——」
皇帝は、ティオを見た。
「君も、来い。そして、その子たちも」
「え、子供たちもですか?」
「ああ。あの魔族は、この子たちを恐れている。その方が、話しやすいだろう」
「......分かりました」
ティオは、頷いた。
地下牢は、薄暗く冷たい空気が漂っていた。
魔族は、鎖に繋がれて座っていた。その体には、魔力を封じる呪符が貼られている。
「さあ、話してもらおうか」
ガルバドスが、剣を抜いて魔族の前に立った。
「お前の目的は何だ? なぜ、宮廷に潜入した?」
「......」
魔族は、黙っていた。
「答えろ! さもなくば——」
「まて、ガルバドス」
皇帝が、前に出た。
「脅しても、話すまい。別の方法で行こう」
皇帝は、三人を見た。
「勇者様方、前に出てくれ」
「......?」
三人は、魔族の前に立った。
魔族は、三人を見て——顔色を変えた。
「......貴様ら」
「ねえ、おにいちゃん、なんでわるいことしたの?」
ハルトが、無邪気に尋ねた。
「......」
魔族は、答えなかった。
「わるいことすると、みんながかなしむよ?」
ユイが、涙を浮かべながら言った。
「......」
魔族の表情が、少し揺れた。
レイアが、じっと魔族を見つめた。
「......おにいちゃん、こわいの?」
「......何を言っている」
「わたしたちのこと、こわいんでしょ?」
「......」
魔族は、目を逸らした。
「だから、さっさとやっつけようとおもってた」
「......」
「でも、できなかった。わたしたちが、つよすぎて」
レイアの言葉に、魔族は歯を食いしばった。
「......その通りだ」
魔族が、ようやく口を開いた。
「お前たちは——化け物だ。幼児のくせに、魔族を一瞬で倒す」
「化け物......」
ハルトが、首を傾げた。
「ハルたち、かいぶつなの?」
「......違う」
ティオが、ハルトの頭を撫でた。
「お前たちは、勇者だ。化け物なんかじゃない」
「......勇者、か」
魔族が、笑った。
「そうだ、お前たちは勇者だ。だからこそ——我ら魔族にとって、脅威なのだ」
「脅威......」
皇帝が、前に出た。
「お前たちは、この子たちを恐れているのか?」
「ああ。召喚の時点で始末すべきだった」
「だが、失敗した」
「......ああ。妨害はしたが、完全には止められなかった。まさか、幼児が召喚されるとは思わなかった」
魔族は、悔しそうに言った。
「最初は、幼児なら脅威ではないと思った。だが——違った」
「......」
「お前たちは、年齢に関係なく、強すぎる。そして——純粋すぎる」
魔族は、三人を見た。
「お前たちは、善悪の区別なく、傷ついた者を助ける。敵だろうと、味方だろうと関係なく」
「それが、何か問題か?」
皇帝が尋ねた。
「......問題だ」
魔族は、笑った。
「お前たちは、戦争を終わらせるだろう。だが——それは、我ら魔族の敗北を意味する」
「......」
「だから、お前たちを殺そうとした。何度も。だが——できなかった」
魔族は、項垂れた。
「もう、遅い。お前たちは、強くなりすぎた」
尋問が終わり、一行は地上に戻った。
ティオは、三人を連れて部屋に戻った。
「ティオにいちゃん、あのおにいちゃん、かわいそうだったね」
ユイが、涙を拭いながら言った。
「......ああ」
ティオは、頷いた。
「でも、悪いことをしたんだから、罰を受けるのは当然だ」
「......でも」
「ユイの優しさは、素晴らしい。でも——悪いことをした人を許すかどうかは、別の問題なんだ」
「......むずかしい」
ユイは、困った顔をした。
ハルトが、ティオの服を引いた。
「ねえ、ティオにいちゃん。ハルたち、かいぶつなの?」
「......違う」
ティオは、ハルトを抱き上げた。
「お前たちは、勇者だ。強くて、優しくて、素晴らしい子たちだ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
ティオは、三人を抱きしめた。
「お前たちは、誰かを救うために、ここにいる。それを、忘れないでくれ」
「......うん」
三人は、頷いた。
レイアが、小さく呟いた。
「......ティオにいちゃん、やっぱりやさしい」
「そうか?」
「うん。だから、だいすき」
「......ありがとう」
ティオは、レイアの頭を撫でた。
その夜、三人はすぐに眠りについた。
ティオは、窓の外を見た。
魔族は、この子たちを恐れている。そして——殺そうとしている。
これから先、もっと危険な戦いが待っているだろう。
だが——この子たちを守る。
それが、自分の役目だ。
ティオは、小さく息を吐いた。胃が、また痛かった。




