ゆうしゃの到着
翌朝、ティオは人々の視線で目を覚ました。
馬車の周りに、難民たちが集まっている。その数、数十人。皆、静かに、だが期待に満ちた目でこちらを見つめていた。
「......何だ?」
ティオは、寝ぼけ眼で周囲を見回した。
「ティオにいちゃん、おはよう」
ハルトが、馬車の中から顔を出した。
その瞬間、人々がどよめいた。
「勇者様だ......!」
「昨日、魔族を退けたのは......」
「あの子供たちが、本当に勇者なのか......」
ざわざわと、噂が広がっていく。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ティオは慌てて立ち上がった。
「この子たちは、まだ小さくて——」
「勇者様! どうか、私の娘を——」
一人の女性が、娘を抱えて前に出てきた。娘は高熱で苦しんでいるようだ。
「ユイ......」
ティオが止める前に、ユイが馬車から降りてきた。
「......だいじょうぶ。なおしてあげる」
ユイは、娘に手をかざした。温かい光が包み、娘の顔色が良くなっていく。
「......ありがとうございます! 勇者様!」
女性が、涙を流しながら頭を下げた。
それを見た他の人々も、次々と近づいてくる。
「私の息子も!」
「こちらの傷も!」
「お願いします、勇者様!」
「ちょっと、待って——!」
ティオは、人々の間に割って入った。
「ユイは、まだ子供なんです! そんなに一度に——」
「......だいじょうぶ」
ユイが、ティオを見上げた。その目には、涙が浮かんでいる。
「みんな、くるしそうだから」
「ユイ......」
ティオは、何も言えなかった。
ダリウスが、ティオの肩に手を置いた。
「止めるな。これも、勇者の務めだ」
「でも......」
「大丈夫だ。私が見ている」
ダリウスは、ユイを見守りながら、人々を整列させた。
「一人ずつ、順番に。勇者様を困らせるな」
人々は、ダリウスの言葉に従って列を作った。
ユイは、一人ひとり丁寧に治癒していった。その度に、小さく「いたいのとんでけ」と呟きながら。
昼過ぎ、ようやく全ての治癒が終わった。
ユイは、疲れた様子で座り込んでいた。
「ユイ、大丈夫か?」
ティオが駆け寄ると、ユイは小さく笑った。
「うん。でも、ちょっとつかれた」
「そうだよな......無理させて、ごめん」
「ううん。みんな、よろこんでくれたから」
ユイは、周囲を見た。人々は、笑顔でユイを見つめている。
「ありがとうございます、勇者様!」
「我々の命の恩人です!」
人々が、次々と感謝の言葉を述べた。
ハルトも、子供たちに囲まれていた。
「ねえねえ、きのうのキック、すごかったね!」
「どうやったの? おしえて!」
「えへへ、あのね——」
ハルトは得意げに、昨夜の戦いを語っていた。もちろん、大部分は子供の空想だが、周りの子供たちは目を輝かせて聞いている。
レイアだけは、静かに馬車の中に座っていた。ティオが声をかける。
「レイア、疲れたか?」
「......ちょっとだけ」
「そうか。少し休もう」
「......ティオにいちゃん」
「ん?」
「みんな、よろこんでる。それでいいの?」
「......ああ、いいことだよ」
ティオは、レイアの頭を撫でた。
「君たちが、こうして人々を助けてくれる。それは、素晴らしいことだ」
「......そっか」
レイアは、小さく笑った。
難民キャンプを出発して数時間後、街道の先に大きな門が見えてきた。
「......あれが、帝都か」
ティオは、息を呑んだ。
巨大な城壁。そびえ立つ城。街道には、行き交う人々と馬車。リーエの街とは、規模が違う。
「すごい......」
ハルトが、目を輝かせた。
「おおきいね!」
ユイも、興奮した様子だ。
「......いっぱいひとがいる」
レイアが、ぼそりと呟いた。
その時、前方から馬に乗った一団が近づいてきた。
先頭にいるのは、豪華な装飾を施した鎧を着た騎士。その後ろには、ローブを着た老人と、高級そうな服を着た役人たちが続いている。
「あれは......」
ダリウスが、馬を止めた。
「帝都からの出迎えだ」
一団は、ティオたちの前で止まった。先頭の騎士が、馬から降りた。
「私は、帝国騎士団長、ガルバドス・フォン・クライネだ」
騎士——ガルバドスは、威厳のある声で名乗った。
「ダリウス殿、よくぞご無事で」
「ガルバドス殿。お久しぶりです」
二人は、軽く頭を下げ合った。
ガルバドスは、馬車の中を見た。
「......この子供たちが、勇者か」
「はい」
「......幼いな。だが、報告は受けている。魔族を退けたとか」
「ええ。この子たちは、確かに力を持っています」
ガルバドスは、馬車に近づいた。ハルト、ユイ、レイアが、きょとんとした顔で見上げている。
「......君たちが、世界を救う勇者か」
「ゆうしゃ?」
ハルトが、首を傾げた。
「それって、なに?」
「......」
「ライダーよりもえらいの?」
「......その、だな」
ガルバドスは、言葉に詰まった。
後ろから、ローブの老人が前に出てきた。
「私は、宮廷魔導師のゼフィランです。勇者様の召喚儀式を執り行った者です」
老人——ゼフィランは、深々と頭を下げた。
「この度は、召喚に失敗し、勇者様方をこのような辺境に......誠に申し訳ございません」
「しっぱい?」
ユイが、不思議そうに言った。
「私たち、しっぱいなの?」
「い、いえ! そういう意味では——」
ゼフィランは、慌てて訂正しようとした。
レイアが、ぼそりと呟いた。
「......このおじいちゃん、こまってる」
「え?」
「じぶんのせいだって、おもってる」
ゼフィランの顔色が変わった。
「......なぜ、それを」
「だって、かおにかいてあるもん」
レイアは、首を傾げた。
ティオは、慌ててフォローした。
「あの、この子は少し——」
「いや、構わん」
ゼフィランは、苦笑した。
「確かに、私の責任だ。魔族の妨害を防げなかった」
「魔族の妨害......」
「ええ。召喚儀式の最中、何者かが介入しました。そのせいで、召喚の座標がずれ——」
「なるほど。だから、辺境に現れたのか」
ダリウスが、納得した様子で頷いた。
一行は、帝都の門をくぐった。
街道の両側には、人々が並んでいた。その数、数百人。皆、馬車を見つめている。
「勇者様だ!」
「本当に、子供なのか......?」
「でも、魔族を倒したんだろ?」
ざわざわと、噂が飛び交う。
「すごいね、ティオにいちゃん! みんながみてる!」
ハルトが、興奮した様子で言った。
「ああ......」
ティオは、人々の視線に耐えきれず、俯いた。
「何だか、恥ずかしいな......」
「ティオにいちゃん、かおあかい」
ユイが、クスクスと笑った。
レイアは、静かに窓の外を見ていた。
「......みんな、きたいしてる」
「期待?」
「うん。わたしたちに、なにかしてほしいって」
レイアの言葉に、ティオはハッとした。
そうだ。この人々は、この子たちに期待している。戦争を終わらせてくれると、世界を救ってくれると——
だが、この子たちは、まだ幼児だ。世界を救うなんて、大それたことを——
「ティオ」
ダリウスが、声をかけてきた。
「君は、不安か?」
「......正直、不安です」
「そうだろうな」
ダリウスは、前方を見た。
「だが——この子たちは、すでに多くの人を救っている。君が見てきた通りだ」
「......はい」
「君の役目は、この子たちを守ることだ。それ以外は、考えなくていい」
「......分かりました」
ティオは、、頷いた。
馬車は、城の前で止まった。
巨大な城門。その前には、赤い絨毯が敷かれている。両側には、騎士たちが整列していた。
「さあ、勇者様方。降りてください」
ガルバドスが、馬車の扉を開けた。
ハルトが、最初に飛び降りた。
「わあ! おっきいおしろ!」
ユイも、ティオに手を引かれて降りた。
「すごいね、ティオにいちゃん」
「ああ、すごいな」
レイアは、ティオに抱っこされて降りた。周囲を見回し、小さく呟いた。
「......いっぱいひとがいる。でも、みんなきんちょうしてる」
「そうだな......」
ティオも、周囲の騎士たちを見た。皆、緊張した面持ちで三人を見つめている。
城門が開き、中から一人の男が現れた。
豪華な衣装を身にまとい、王冠を被っている。その存在感は、圧倒的だった。
「......皇帝陛下」
ガルバドスが、跪いた。周囲の騎士たちも、一斉に跪く。
ティオも、慌てて膝をつこうとした——が、ハルトが皇帝に駆け寄った。
「ハル! ちょっと——」
「ねえねえ、おじさんだれ?」
ハルトが、無邪気に尋ねた。
周囲が、凍りついた。
皇帝は——笑った。
「ハハハ! 私は、この国の皇帝、レオンハルト三世だ」
「こうてい? それって、えらいの?」
「ああ、一応な」
皇帝は、ハルトの頭を撫でた。
「君が、勇者ハルトか。噂は聞いているぞ」
「えへへ」
ハルトは、嬉しそうに笑った。
皇帝は、ユイとレイアも見た。
「君たちが、ユイとレイアだな」
「はい」
ユイが、緊張した様子で答えた。
「怖がらなくていい。私は、君たちに感謝している」
「かんしゃ?」
「ああ。君たちは、この国を——いや、この世界を救ってくれる。それが、勇者の使命だ」
皇帝の言葉に、三人はきょとんとした顔をした。
「せかいをすくう......?」
ハルトが、首を傾げた。
「それって、どういうこと?」
「......」
皇帝は、少し困った表情をした。そして、ティオを見た。
「君が、この子たちの保護者か?」
「は、はい。ティオ・ランベールと申します」
「そうか。大変だったな、若いのに」
「いえ、そんな......」
皇帝は、笑顔でティオの肩を叩いた。
「これからも、頼むぞ。この子たちを——そして、この国を」
「......はい」
ティオは、頷いた。
だが、心の中では——胃が痛かった。
その夜、ティオは城の一室で、三人を寝かせていた。
豪華な部屋。大きなベッド。暖炉の火が、部屋を暖めている。
「ティオにいちゃん、きょうたのしかった!」
ハルトが、ベッドの上で跳ねた。
「ああ、良かったな」
「おしろ、おっきかったね!」
ユイも、嬉しそうだ。
レイアは、静かにティオを見つめていた。
「......ティオにいちゃん、つかれてる?」
「え? いや、大丈夫だ」
「......うそ」
レイアは、首を傾げた。
「おなかいたいんでしょ?」
「......なんで分かるんだ」
ティオは、苦笑した。
「さっきから、ずっとおなかおさえてたもん」
「そうか......バレてたか」
ティオは、ベッドに座った。
「正直、疲れた。今日は、色々ありすぎて」
「......ごめんなさい」
ユイが、申し訳なさそうに言った。
「いや、君たちのせいじゃない」
ティオは、三人の頭を撫でた。
「ただ、オレは——この先、どうなるのか不安で」
「......だいじょうぶ」
レイアが、ティオの手を握った。
「ティオにいちゃんがいれば、だいじょうぶ」
「......そうか」
ティオは、小さく笑った。
「ありがとう、レイア」
「じゃあ、ねよう!」
ハルトが、ベッドに潜り込んだ。ユイとレイアも、続く。
「ティオにいちゃんも、いっしょにねよ!」
「ああ、そうだな」
ティオも、ベッドに入った。
三人は、すぐに眠りについた。
ティオは、天井を見上げた。
明日から、どんなことが待っているのだろう。皇帝は、何を命じるのだろう。
不安は尽きなかった。
だが——この子たちがいる限り、きっと大丈夫だ。
そう信じて、ティオも目を閉じた。




