難民キャンプの夜
街を出て五日目、一行は街道沿いの開けた場所に差し掛かった。
そこには、無数のテントが立ち並んでいた。
「......難民キャンプか」
ダリウスが、低い声で呟いた。
「難民......?」
ティオは、キャンプを見つめた。
数百人はいるだろうか。老人、女性、子供——戦える年齢の男は、ほとんど見えない。皆、疲れ切った表情で座り込んでいる。服はぼろぼろで、顔には絶望の色が浮かんでいた。
「戦火を逃れて、ここまで来た人々だ」
ダリウスが説明する。
「帝国は、彼らを保護すると約束した。だが——実際には、食料も住む場所も十分ではない」
「......そんな」
ティオは、言葉を失った。
馬車の中から、三人が顔を出した。
「ティオにいちゃん、あそこにいっぱいひとがいる」
ハルトが、キャンプを指差した。
「ああ。ちょっと、寄っていくぞ」
「うん!」
ティオは馬車をキャンプの入口に止めた。帝国の兵士が数名、警備をしている。
「我々は帝都へ向かう者だ。少し休憩させてもらえないか?」
ダリウスが、兵士に告げた。
「ああ、構いませんが——」
兵士は、馬車の中の三人を見て、目を丸くした。
「......その子供たちは?」
「事情があってな。心配するな」
ダリウスの威圧感に、兵士は黙って頷いた。
ティオは三人を連れて、キャンプの中に入った。
キャンプの中は、想像以上に悲惨だった。
テントは古く、破れているものも多い。焚き火の周りには、痩せた人々が集まっている。子供たちは、泥にまみれて座り込んでいた。
「......ひどい」
ティオは、小さく呟いた。
ユイが、ティオの服の裾を引いた。
「ティオにいちゃん......あのひと、いたそう」
ユイが指差した先には、包帯を巻いた男性が座っていた。傷は深く、血が滲んでいる。
「ああ......」
ティオは、どうすればいいか分からなかった。自分には、何もできない。
だが——ユイは、男性に駆け寄った。
「ユイ! 待って——」
ティオが止める前に、ユイは男性の前に立っていた。
「......いたいの、いたいの、とんでけ」
ユイが、小さな手を男性の傷にかざした。
次の瞬間、温かい光が傷を包んだ。男性の傷が——消えた。
「......え?」
男性は、呆然と自分の腕を見た。傷が、跡形もなく消えている。
「これは......奇跡か?」
「ユイ!」
ティオが駆け寄った時には、もう遅かった。周囲の人々が、ユイを囲んでいた。
「今の子が......!」
「傷が治った! 本当に治った!」
「お願いです、私の息子も......!」
人々が、次々とユイに近づいてくる。
「ちょっと待ってください! この子はまだ——」
ティオが制止しようとしたが、人々の勢いは止まらなかった。
「......だいじょうぶ」
ユイが、ティオを見上げた。その目には、涙が浮かんでいた。
「みんな、いたそうだもん。ユイ、なおしてあげる」
「ユイ......」
ティオは、何も言えなかった。
ユイは、次々と人々の傷を治していった。その度に、涙を流しながら。
その頃——キャンプの外れ、森の影で。
一人の男が、キャンプを見つめていた。
いや——男ではない。その背中には、小さな翼が生えている。角も、額から突き出ている。
魔族だ。
「......あれが、勇者か」
男——魔族の斥候、ゼクスは、双眼鏡でキャンプを観察していた。
馬車から降りた三人の幼児。その中の一人——髪を二つに結んだ女の子が、次々と人々の傷を治している。
「治癒魔法......いや、あれは魔法ではない。神聖な力だ」
ゼクスは、舌打ちした。
「くそ、本当に勇者だったのか。しかも、幼児三人......」
報告は受けていた。帝国の勇者召喚が、何らかの理由で失敗し、幼児三人が辺境に現れたと。
魔王は、最初は笑っていた。
「幼児? ならば脅威ではない。放っておけ」
だが、部下の一人が進言した。
「いえ、幼児だからこそ、今のうちに始末すべきです。成長する前に」
魔王は、しばらく考えた後、ゼクスに命じた。
「偵察してこい。本当に勇者なのか、確認しろ。もし脅威と判断したなら——始末しろ」
ゼクスは、その命を受けてここまで来た。
そして今——目の前で、幼児が奇跡を起こしている。
「......脅威だ。間違いなく」
ゼクスは、剣の柄に手をかけた。
「今なら、まだ間に合う。あの幼児たちを殺せば——」
その時、ゼクスの背筋に悪寒が走った。
誰かに、見られている。
ゼクスは、慌てて身を隠した。周囲を見回すが、誰もいない。
「......気のせいか?」
だが——確かに、誰かの視線を感じた。
ゼクスは、もう一度キャンプを見た。
三人の幼児のうち、一番小さな女の子——目隠れ三つ編みの子が、こちらを見ていた。
いや——見ている、というより、見抜いている。
「......まずい」
ゼクスは、森の奥へ逃げ込んだ。
「......だれか、みてた」
レイアが、ぼそりと呟いた。
「え?」
ティオは、レイアを見た。
「もりのなか。わるいひと、いた」
「悪い人......?」
ティオは、森の方を見た。だが、何も見えない。
「ダリウスさん!」
ティオは、ダリウスを呼んだ。
「どうした?」
「レイアが、森の中に誰かいたと......」
「......ふむ」
ダリウスは、剣を抜いて森の方へ向かった。しばらくして、戻ってきた。
「足跡があった。人間のものではない——魔族だ」
「魔族!?」
ティオの顔色が変わった。
「おそらく、斥候だろう。我々の様子を探っていたのだ」
「それは......」
「今夜、襲撃があるかもしれん。警戒しろ」
ダリウスの表情は、険しかった。
夜が訪れた。
キャンプには、焚き火の明かりだけが灯っている。人々は、テントの中で眠りについていた。
ティオは、三人を馬車の中で寝かせた。ハルトとユイは、すぐに眠りについた。だが、レイアは目を開けていた。
「......レイア、眠れないのか?」
「うん。なんか、いやなかんじがする」
「......そうか」
ティオは、レイアの頭を撫でた。
「大丈夫だ。ティオにいちゃんが、守るから」
「......うん」
レイアは、ようやく目を閉じた。
ティオは、馬車の外に出た。ダリウスが、剣を抱えて座っていた。
「交代しましょうか?」
「いや、まだいい。君は少し休んでおけ」
「......はい」
ティオは、馬車の近くに座った。
静かな夜だった。風が吹き、焚き火が揺れる。遠くで、フクロウが鳴いた。
その時——
「来たぞ」
ダリウスが、立ち上がった。
「え?」
ティオも立ち上がった。だが、何も見えない。
「どこに——」
次の瞬間、森の中から影が飛び出してきた。
黒い影——魔族だ。
その数、五人。全員が武器を構え、こちらに向かってくる。
「ティオ、子供たちを守れ!」
ダリウスが叫び、剣を構えた。
「はい!」
ティオは馬車の前に立ち、剣を抜いた。
魔族の一人が、ダリウスに斬りかかった。だが、ダリウスは軽々と受け止め、反撃する。
「くそっ!」
魔族が後退する。
残りの四人が、ティオに向かってきた。
「来るな!」
ティオは剣を振るったが、一人を相手にするのが精一杯だ。残りの三人が、馬車に迫る。
「しまった——!」
その時、馬車の扉が開いた。
「ティオにいちゃん!」
ハルトが飛び出してきた。
「ハル! 危ない!」
魔族の一人が、ハルトに剣を振り下ろした。
「ライダー——キィィック!」
ハルトが叫び、飛び蹴りを放った。
次の瞬間、魔族は炎に包まれて吹き飛んだ。
「な、何だ!?」
残りの魔族が驚愕した。
ユイも、馬車から出てきた。
「みんな、けんかしちゃダメ!」
ユイが泣きながら叫んだ。その涙が光となり、周囲を包んだ。
魔族たちが、光に包まれて苦しみ始める。
「ぐああっ! 浄化の光......!?」
レイアも、馬車から顔を出した。
「......わるいひとたち、もうやめて」
レイアの言葉に、魔族たちは動きを止めた。まるで、心を見透かされたかのように。
「くそっ......この子たちは......!」
魔族のリーダーが、撤退を命じた。
「逃げるぞ! こんな化け物相手にできるか!」
魔族たちは、森の中へ消えていった。
戦闘が終わり、ティオは三人を抱きしめた。
「無事か!? 怪我はないか!?」
「だいじょうぶ!」
ハルトが、笑顔で答えた。
「ハル、かっこよかった?」
「......ああ、かっこよかったよ」
ティオは、安堵の息を吐いた。
ダリウスが、魔族が逃げた方向を見つめていた。
「......あの魔族たち、恐怖していた。幼児に、恐怖していたのだ」
「そうですね......」
「この子たちは、本物の勇者だ。間違いない」
ダリウスは、三人を見た。
「だが——これで、魔族もこの子たちの存在を知った。これから先、もっと危険な戦いが待っているだろう」
「......はい」
ティオは、三人を見た。ハルトは元気に笑い、ユイは安心した表情で、レイアは静かにティオを見つめていた。
この子たちを、守らなければならない。
どんな敵が来ても——
「ティオにいちゃん、おなかすいた」
ハルトが、突然そう言った。
「......え、今?」
「うん。たたかったら、おなかすいちゃった」
ユイも、頷いた。
「ユイも、おなかすいた」
「......」
ティオは、深く息を吐いた。胃が、また痛い。
ダリウスが、笑っていた。
「フフ、やはり子供だな」
「......はい」
ティオは、荷物の中から携帯食を取り出した。
世界は深刻だ。
魔族が襲ってきて、戦争は激化している。
でも——この子たちは、深刻じゃない。
それが、きっと——この子たちの強さなのだろう。
明日は更新出来ないかもです。




