あたらしい仲間
森を抜けて二日目、一行はアルトベルクという町に到着した。
町は石造りの城壁に囲まれ、門には衛兵が立っている。街道を行き交う人々も多く、商業都市としての活気が感じられた。
「おおきい町!」
ハルトが、目を輝かせた。
「わあ、いっぱいひとがいる」
ユイも、嬉しそうだ。
「……おみせが、たくさん」
レイアも、興味深そうに町を見ている。
エリカは――町を見て、何かを思い出そうとするように額に手を当てた。
「……この町……見たことがあるような……」
「記憶が戻りそうですか?」
ティオが尋ねると、エリカは首を横に振った。
「いえ……やっぱり、思い出せません」
「無理しなくていいですよ。ゆっくり休みましょう」
「……はい」
一行は、町の門をくぐった。
門番が、馬車を見て目を丸くした。
「これは……勇者様ですか!?」
「ええ、まあ……」
ティオは、少し困った顔をした。
「通行許可証は――」
「いりません! どうぞ、お通りください!」
門番は、深々と頭を下げた。
「勇者様のご到着、お待ちしておりました!」
「……そうですか」
ティオは、馬車を進めた。
町の中は、想像以上に賑わっていた。露店が立ち並び、商人たちの声が響いている。
「ティオにいちゃん、あそこ! おもちゃやさん!」
ハルトが、窓から身を乗り出した。
「ハル、危ないから中にいて」
「えー」
ハルトは、不満そうだったが、素直に中に戻った。
エリカは――三人の様子を見て、小さく笑っていた。
「みんな、元気ね」
「ええ。元気すぎて、困るくらいです」
ティオは、苦笑した。
宿に到着すると、ティオは部屋を二つ取った。
一つは三人とティオ、もう一つはエリカとダリウスが使う予定だった――が、エリカが遠慮した。
「あの……私、女性ですし……一人で別の部屋を……」
「そうですね。では、エリカさんは一人部屋で」
ティオは、宿の主人に追加の部屋を頼んだ。
部屋に荷物を置くと、三人はすぐにエリカの部屋に遊びに行った。
「エリカおねえちゃん! あそぼ!」
ハルトが、エリカの手を引いた。
「ええ、いいわよ」
エリカは、優しく笑った。
「何して遊ぶ?」
「かくれんぼ!」
「宿の中では危ないわ。他のお客さんの迷惑になるもの」
「じゃあ、なにする?」
ハルトが首を傾げると、ユイが提案した。
「おはなし、きかせて!」
「お話?」
「うん! エリカおねえちゃん、おはなししってる?」
「……ごめんね。覚えてないの」
エリカは、困った顔をした。
だが――ふと、何かを思いついたように顔を上げた。
「でも……魔法なら、見せられるわ」
「まほう!?」
三人の目が、一斉に輝いた。
エリカは、手のひらを上に向けた。そして――小さな火の玉を作り出した。
「わあ!」
火の玉は、ゆっくりと宙を舞う。まるで生きているかのように、優雅に動いた。
「すごい……」
ユイが、息を呑んだ。
火の玉は――やがて、小さな鳥の形に変化した。
「とりさん!」
ハルトが、拍手した。
火の鳥は、部屋の中を一周すると――ふわりと消えた。
「……きれい」
レイアが、小さく呟いた。
エリカは――三人の笑顔を見て、嬉しそうに笑った。
「喜んでもらえて、良かった」
ティオは、部屋の入口からその様子を見ていた。
エリカの笑顔は――とても、優しかった。
この人は――本当に、悪い人ではないのかもしれない。
ティオは――そう思い始めていた。
その日の夕方、ティオとダリウスは町の情報収集に出かけた。
三人は、エリカと一緒に宿に残ることになった。
「エリカさん、三人をお願いします」
「ええ、任せてください」
エリカは、笑顔で頷いた。
ティオとダリウスが出かけた後、エリカは三人と一緒に部屋にいた。
「ねえ、エリカおねえちゃん」
ハルトが、エリカに話しかけた。
「なあに?」
「おねえちゃんは、おぼえてないけど……まえは、なにしてたの?」
「……分からないわ」
エリカは、少し寂しそうに笑った。
「家族も……友達も……全部、思い出せない」
「……さみしい?」
ユイが、心配そうに尋ねた。
「……そうね。少し、寂しいかも」
エリカは、窓の外を見た。
「でも……今は、みんながいるから」
エリカは、三人を見て微笑んだ。
「だから、寂しくないわ」
「……エリカおねえちゃん」
ユイは、エリカに抱きついた。
「ユイたちが、いっしょにいるよ!」
「ありがとう、ユイちゃん」
エリカは、ユイを優しく抱きしめた。
ハルトも、エリカの隣に座った。
「ハルもいるよ!」
「ええ。ありがとう、ハルトくん」
レイアは――少し離れた場所から、エリカを見つめていた。
「……レイアちゃんも、こっちにおいで」
エリカが手招きすると、レイアはゆっくりと近づいた。
そして――エリカの膝に、そっと頭を乗せた。
「……」
エリカは、レイアの頭を優しく撫でた。
「レイアちゃんも、一緒にいてくれるのね」
「……うん」
レイアは、小さく頷いた。
だが――その表情は、まだどこか複雑だった。
エリカの匂い――時々、変わる。
優しい匂いの時と――怖い匂いの時。
今は――優しい匂いだった。
だから、レイアは――エリカを信じたかった。
でも――何か、引っかかる。
レイアは――その答えを、まだ見つけられないでいた。
その夜、ティオとダリウスが戻ってきた。
「お帰りなさい」
エリカが、出迎えた。
「ああ、ただいま。三人は?」
「もう寝ています」
「そうですか。ありがとうございました」
ティオは、部屋を覗いた。
三人は、一つのベッドで仲良く眠っている。シロも、三人の足元で丸くなっていた。
「良かった……」
ティオは、安堵の息を吐いた。
「エリカさん、何か問題はありませんでしたか?」
「いえ、特に。みんな、いい子たちですね」
「ええ。元気すぎて、大変ですが」
ティオは、苦笑した。
エリカは――少し考えてから、ティオに尋ねた。
「あの……この子たちは、本当に勇者なんですか?」
「ええ」
「でも……こんなに小さいのに……」
「僕も、最初は信じられませんでした」
ティオは、三人の寝顔を見た。
「でも、この子たちは――本当に、凄い力を持っています」
「……そうなんですね」
エリカは、三人を見つめた。
「でも……それって、辛いことじゃないですか?」
「……え?」
「こんなに小さいのに――世界を救う、なんて」
エリカの言葉に、ティオは少し驚いた。
「……そうですね」
ティオは、頷いた。
「確かに、辛いかもしれません」
「……」
「でも――この子たちは、それでも前に進んでいます」
ティオは、三人を見た。
「誰かを助けたい、守りたいって――そう思って」
「……優しい子たちなんですね」
「ええ。本当に」
ティオは、小さく笑った。
エリカは――その笑顔を見て、少し驚いた。
「……ティオさんも、優しいんですね」
「え?」
「この子たちのこと――本当に、大切に思っているんですね」
「……ああ」
ティオは、少し照れくさそうに答えた。
「この子たちは――僕の、家族ですから」
「家族……」
エリカは、その言葉を繰り返した。
「……いいですね」
エリカの表情は――どこか、寂しそうだった。
翌朝、一行は町の市場を訪れた。
三人は、目を輝かせて店を見て回っている。
「わあ! これなに!?」
ハルトが、珍しい果物を指差した。
「それは、南の国から来た果物だよ」
店主が、優しく説明した。
「甘くて、美味しいんだ」
「たべてみたい!」
「じゃあ、一つ買おうか」
ティオは、果物を買った。
ハルトは、嬉しそうに果物にかじりついた。
「おいしい!」
ユイとレイアも、果物を分けてもらって食べている。
エリカは――その様子を見て、微笑んでいた。
「みんな、幸せそう」
「ええ。こういう時間が――一番、大切ですから」
ティオが答えると、エリカは少し驚いた顔をした。
「……戦争中なのに?」
「ええ。だからこそ――です」
ティオは、三人を見た。
「こういう平和な時間を――守りたいんです」
「……そうですか」
エリカは、何かを考えるように俯いた。
「私も……誰かを、守りたかったのかな」
「……エリカさん?」
「いえ、なんでもありません」
エリカは、首を横に振った。
だが――その表情には、どこか寂しさが残っていた。
市場を見て回った後、一行は町の広場で休憩を取った。
広場には、大きな噴水がある。子供たちが、噴水の周りで遊んでいた。
「ねえ、ティオにいちゃん! ハルもあそんでいい?」
「ああ、いいぞ。でも、危ないことはするなよ」
「はーい!」
ハルトは、広場に駆け出した。ユイとレイアも、後を追う。
エリカは、ベンチに座って三人を見守っていた。
「……いいですね」
「え?」
「子供たちが――こうして、無邪気に遊べるって」
エリカは、微笑んだ。
「戦争中だっていうのに――この子たちは、笑っている」
「……ええ」
ティオも、三人を見た。
「この子たちは――深刻じゃないんです」
「深刻じゃない?」
「ええ。世界が大変でも――この子たちは、今を楽しんでいる」
ティオは、小さく笑った。
「それが――この子たちの、強さなんだと思います」
「……なるほど」
エリカは、三人を見つめた。
ハルトは、他の子供たちとかくれんぼをしている。
ユイは、噴水の周りの花を見ている。
レイアは――少し離れた場所で、静かに座っている。
「……あの子」
エリカが、レイアを指差した。
「レイアちゃん、一人でいることが多いですね」
「ああ。レイアは――少し、不思議な子なんです」
「不思議?」
「ええ。人の心が――見えるみたいなんです」
「……心が、見える?」
エリカは、少し驚いた顔をした。
「それって――」
その時、レイアがこちらを見た。
じっと――エリカを見つめている。
エリカは――その視線に、少し動揺した。
「……」
レイアは、ゆっくりと立ち上がり、こちらに歩いてきた。
「……エリカおねえちゃん」
「なあに、レイアちゃん?」
「……だいじょうぶ?」
「え?」
「……かなしそうな、かおしてる」
レイアの言葉に、エリカは――ハッとした。
「……そう、見える?」
「うん」
レイアは、エリカの隣に座った。
「……エリカおねえちゃん、なにか、おもいだした?」
「いえ……まだ、何も……」
エリカは、首を横に振った。
「でも――時々、胸が痛くなるの」
「……」
「何かを――失ったような気がして」
エリカは、空を見上げた。
「でも――それが何なのか、思い出せない」
レイアは――エリカの手を握った。
「……だいじょうぶ。きっと、おもいだせるよ」
「……ありがとう、レイアちゃん」
エリカは、レイアの頭を撫でた。
ティオは――その様子を見て、少し安心した。
レイアは――エリカを、受け入れ始めているようだった。
それは――エリカが、本当に優しい人だという証なのかもしれない。
その日の午後、一行は町の図書館を訪れた。
エリカが――もしかしたら、本を見れば記憶が戻るかもしれないと思ったからだ。
図書館は、古い石造りの建物だった。中には、無数の本が並んでいる。
「わあ……」
エリカは、本棚を見回した。
「すごい……」
「記憶に、引っかかるものはありますか?」
ティオが尋ねると、エリカは首を横に振った。
「いえ……でも、本を読むのは――好きだった気がします」
エリカは、一冊の魔法書を手に取った。
ページをめくると――複雑な魔法陣が描かれている。
「……これは」
エリカの目が、真剣になった。
「……分かる。この魔法、使えるわ」
「本当ですか?」
「ええ。体が――覚えている」
エリカは、ページをめくり続けた。
「火の魔法、風の魔法……これも、これも……」
「……すごいですね」
ダリウスが、感心したように言った。
「相当な実力の魔導師だったようだ」
「……でも、肝心のことは思い出せない」
エリカは、本を閉じた。
「私は――誰なのか」
その時、ハルトがエリカの服を引いた。
「エリカおねえちゃん、げんきだして」
「え?」
「おもいださなくても、いいよ」
ハルトは、笑顔で言った。
「いまのエリカおねえちゃんが、すきだから」
「……ハルトくん」
エリカの目に、涙が浮かんだ。
ユイも、頷いた。
「うん。まえのエリカおねえちゃんも、いまのエリカおねえちゃんも、おなじだよ」
「……みんな」
エリカは、三人を抱きしめた。
「ありがとう……」
レイアは――静かに、エリカを見つめていた。
今――エリカの匂いは、優しかった。
本当に――優しかった。
だから――信じたい。
レイアは――そう思った。
その夜、宿の部屋で。
三人は、もう眠っている。
ティオは、窓の外を見ながら、ダリウスと話していた。
「エリカさんのこと――どう思いますか?」
「……難しいな」
ダリウスは、腕を組んだ。
「確かに、魔法の実力は本物だ。相当な訓練を受けている」
「……ええ」
「だが――それ以外のことは、何も分からない」
ダリウスは、エリカの部屋の方を見た。
「記憶喪失というのも――本当かどうか」
「……疑っているんですか?」
「疑っているわけではない。だが――」
ダリウスは、ティオを見た。
「警戒は、怠るな」
「……はい」
ティオは、頷いた。
だが――心の中では、思っていた。
エリカは――きっと、悪い人ではない。
三人への接し方を見れば――分かる。
あの優しさは――嘘ではない。
ティオは――そう信じたかった。
翌朝、出発の準備をしていると――エリカが部屋を訪ねてきた。
「あの……ティオさん」
「はい?」
「私……本当に、一緒に行ってもいいんでしょうか」
エリカは、不安そうに尋ねた。
「記憶もないし――正体も分からない私が……」
「構いませんよ」
ティオは、笑顔で答えた。
「この子たちも――エリカさんのことを、気に入っていますから」
「……でも」
「それに――」
ティオは、エリカを見た。
「エリカさんは――悪い人ではないと、僕は思います」
「……どうして、そう思うんですか?」
「三人への接し方を見れば――分かります」
ティオは、三人を見た。
「あの優しさは――嘘じゃない」
「……ティオさん」
エリカの目に、涙が浮かんだ。
「ありがとう……ございます」
「どういたしまして」
その時、ハルトが部屋に入ってきた。
「エリカおねえちゃん! いっしょにいこう!」
「ええ。一緒に行くわ」
エリカは、涙を拭いて笑顔になった。
ユイとレイアも、やってきた。
「やったあ! エリカおねえちゃん、なかまだね!」
「……うん。なかま」
三人は、嬉しそうに笑った。
エリカは――その笑顔を見て、胸が温かくなった。
ありがとう――みんな。
エリカは――心の中で、そう呟いた。
馬車が、町を出発した。
エリカは、窓の外を見ながら――何かを考えていた。
私は――誰なのだろう。
どこから来たのだろう。
何を――していたのだろう。
答えは――まだ、分からない。
でも――
エリカは、三人を見た。
三人は、シロと遊んでいる。
笑い声が、馬車の中に響いている。
今は――これでいい。
この子たちと一緒にいられれば――それで、いい。
エリカは――そう思った。
だが――
時々――頭が痛む。
何かが――引っかかる。
まるで――自分ではない何かが、心の奥に潜んでいるような。
そんな――不安。
エリカは――その不安を、振り払おうとした。
大丈夫。
きっと――大丈夫。
エリカは――そう自分に言い聞かせた。
馬車は――次の町へ向かって、ゆっくりと進んでいく。
空には――薄い雲が広がり始めていた。
まるで――何かの予兆のように。




