小さな命
村を出て三日が経った。
三人は、まだ元気がなかった。
ハルトは、木剣を持とうとしなくなった。馬車の中で、ぼんやりと外を見ているだけだ。
「ハル、少しは食べないと」
ティオが、パンを差し出しても、首を横に振る。
「......おなか、すいてない」
「そうか......」
ティオは、心配そうにハルトを見た。
ユイは、窓の外を見ながら、時々涙を流していた。
「ユイ、どうした?」
「......なんでもない」
だが、その目には明らかに悲しみが浮かんでいた。
レイアは、いつもティオのそばを離れなくなった。
「......ティオにいちゃん、いかないで」
「ああ、どこにも行かないよ」
「......ほんと?」
「本当だ」
レイアは、ティオの服をぎゅっと握っていた。
ダリウスが、馬を並べてきた。
「ティオ、子供たちの様子は?」
「......良くないです。食欲もないし、笑顔も見せません」
「そうか......」
ダリウスは、深刻な表情を浮かべた。
「あの経験は、この子たちには重すぎたか」
「......どうすれば、いいんでしょうか」
「分からん。だが——時間が、必要だろう」
ティオは、馬車の中を見た。三人は、静かに座っている。
その姿を見て、ティオの胸が痛んだ。
昼過ぎ、街道沿いの森を通り過ぎようとした時だった。
「......」
レイアが、急に立ち上がった。
「レイア?」
「......なにか、いる」
「え?」
ティオは、馬車を止めた。
「何がいるんだ?」
「......いきもの。ちいさい、いきもの」
レイアが、森の方を指差した。
「行ってみるか?」
「......うん」
ティオは、三人を連れて森に入った。
レイアが指差した方向へ進むと——小さな鳴き声が聞こえてきた。
「クゥーン......」
「これは......」
ティオは、茂みの中を覗いた。
そこには、小さな白い子犬がいた。いや——子犬ではない。狼の子供だ。
その足には、罠が食い込んでいた。血が滲んでいる。
「わんちゃん......」
ハルトが、小さく呟いた。
「いたそう......」
ユイが、涙を浮かべた。
子狼は、怯えた目でこちらを見ている。
「......助けてあげたい」
レイアが、小さく言った。
「でも、狼だぞ。危ないかもしれない」
ティオが言うと、レイアは首を横に振った。
「......だいじょうぶ。このこ、やさしいこ」
「......」
ティオは、子狼を見た。確かに、まだ幼い。人を襲うような年齢ではない。
「分かった。助けよう」
ティオは、慎重に近づき、罠を外した。子狼が、小さく鳴いた。
「クゥーン......」
「大丈夫だ。もう痛くないぞ」
ティオが、子狼を抱き上げた。
「ユイ、治してあげられるか?」
「......」
ユイは、少し躊躇した。
前回のことが、頭をよぎったのだろう。
「ユイ......?」
「......でも」
ユイは、子狼を見た。
「いたそう......たすけてあげたい」
「......そうか」
ティオは、子狼をユイの前に差し出した。
ユイは、小さな手を子狼にかざした。
「......いたいの、いたいの、とんでけ」
温かい光が、子狼を包んだ。傷が、みるみる治っていく。
「クゥーン!」
子狼が、元気に鳴いた。そして——ユイの手を舐めた。
「......!」
ユイの目が、少し輝いた。
「わんちゃん、げんきになった」
「ああ、ユイが助けたんだ」
「......ユイが?」
「そうだ。ユイの力で、この子は助かったんだ」
ユイは、子狼を見つめた。子狼も、ユイを見つめている。
「......よかった」
ユイの目から、涙が零れた。だが——それは、悲しみの涙ではなかった。
子狼は、三人に懐いた。
ハルトが手を伸ばすと、子狼は嬉しそうに尻尾を振った。
「わんちゃん、かわいい」
「ああ、可愛いな」
ハルトは、久しぶりに笑顔を見せた。
レイアも、子狼を撫でている。
「......ふわふわ」
「気持ちいいか?」
「......うん」
レイアも、小さく笑った。
ユイは、子狼を抱きしめていた。
「わんちゃん、なまえつけてもいい?」
「ああ、いいぞ」
「じゃあ......シロ!」
「シロか。いい名前だな」
「うん!」
ユイは、久しぶりに明るい声を出した。
ティオは、その様子を見て、少しほっとした。
「ティオ、この子狼はどうする?」
ダリウスが尋ねた。
「......連れて行きましょう」
「だが、狼だぞ。大きくなったら——」
「その時は、その時です。今は——この子たちに、必要な存在だと思います」
ティオは、三人を見た。
三人は、シロと一緒に遊んでいる。その顔には、笑顔が戻っていた。
「......そうだな」
ダリウスも、納得したようだった。
その夜、宿の部屋で、三人はシロと一緒に眠った。
シロは、三人に囲まれて、安心したように丸くなっている。
「シロ、あったかいね」
「うん」
「......かわいい」
三人は、久しぶりに穏やかな表情をしていた。
ティオは、その様子を見守っていた。
「ティオにいちゃん」
ハルトが、声をかけてきた。
「ん?」
「ハル......まえのこと、まだかなしい」
「......そうか」
「でも——シロをたすけられて、うれしかった」
ハルトは、シロを撫でながら言った。
「ハル、わかった。まもるって、こういうことなんだね」
「......」
「だれかをたすけて、よろこんでもらえる。それが、うれしい」
ハルトの言葉に、ティオは頷いた。
「ああ、そうだな」
「でも......まえは、まもるために、ころさなきゃいけなかった」
「......ああ」
「それも、まもるってことなの?」
ハルトの問いに、ティオは少し考えた。
「......そうだ。時には、そういうこともある」
「......むずかしいね」
「ああ、難しいな」
ティオは、ハルトの頭を撫でた。
「でも——ハルが、そうやって考えることが、大切なんだ」
「......かんがえること?」
「ああ。答えは、すぐには見つからないかもしれない。でも——考え続けることが、大事なんだ」
「......うん」
ハルトは、小さく頷いた。
ユイが、シロを抱きしめながら言った。
「ユイね、おもった」
「何を?」
「ユイは、たすけたい。だれでも、たすけたい」
ユイの目には、決意が浮かんでいた。
「でも——たすけられないときも、あるんだよね」
「......ああ」
「そのときは、かなしくても......しかたないの?」
「......」
ティオは、ユイを見た。
「ユイ、悲しむことは——悪いことじゃない」
「......え?」
「誰かを助けられなかったとき、悲しむ。それは、優しさの証だ」
ティオは、ユイの頭を撫でた。
「その悲しみを感じられる君は——本当に、優しい子なんだ」
「......」
ユイの目から、涙が零れた。だが——それは、前よりも少し、軽い涙だった。
レイアが、小さく呟いた。
「......ティオにいちゃん」
「ん?」
「レイアね、おもうの」
「何を?」
「いつか、だれもころさなくていいせかいに、なるといいなって」
「......」
ティオは、レイアを見た。
「ああ。オレも、そう思う」
「ほんと?」
「ああ。そして——君たちなら、そんな世界を作れるかもしれない」
「......わたしたちが?」
「ああ。君たちは、特別だから」
レイアは、小さく笑った。
「......がんばる」
「ああ。でも、無理はするなよ」
「......うん」
三人は、シロと一緒に眠りについた。
その顔は——少しだけ、穏やかだった。
翌朝、ティオは外でダリウスと話していた。
「子供たちは、少し元気になったようだな」
「ええ。シロのおかげです」
「あの子狼か......不思議なものだな」
ダリウスは、空を見上げた。
「小さな命を救うことで、この子たちは——少しだけ、前に進めたのかもしれん」
「......そうですね」
「だが——まだ、完全には立ち直っていない」
「ええ。あの経験は、まだ心に残っています」
「そうだろうな」
ダリウスは、ティオを見た。
「だが——君がいる限り、この子たちは大丈夫だ」
「......オレには、何もできていません」
「いや、君は十分にやっている」
ダリウスは、ティオの肩を叩いた。
「この子たちにとって、君は——なくてはならない存在だ」
「......ありがとうございます」
ティオは、宿の窓を見た。
三人は、シロと一緒に遊んでいる。その笑い声が、聞こえてくる。
「......少しずつ、前に進んでいるんですね」
「ああ。焦る必要はない。この子たちのペースで、進めばいい」
「......はい」
ティオは、小さく笑った。
出発の時、三人はシロを馬車に乗せた。
「シロも、いっしょにぼうけん!」
ハルトが、嬉しそうに言った。
「ああ、一緒だ」
シロは、馬車の中で元気に走り回っている。
「シロ、おちつかないね」
「まあ、子供だからな」
ユイが、シロを抱きしめた。
「シロ、ずっといっしょだよ」
「クゥーン!」
シロが、嬉しそうに鳴いた。
レイアは、窓の外を見ていた。
「......ティオにいちゃん」
「ん?」
「これから、どこいくの?」
「次は、大きな街に寄る予定だ」
「......たのしみ」
レイアは、小さく笑った。
馬車が、動き出す。
ティオは、三人を見た。
まだ、完全に元気になったわけではない。
でも——少しずつ、前に進んでいる。
それで、十分だ。
ティオは、手綱を引いた。
シロが、馬車の中で元気に鳴いている。
三人の笑い声が、聞こえてくる。
その声を聞きながら——ティオは、小さく笑った。
世界は、まだ深刻だ。
でも——この子たちは、少しずつ、深刻さと向き合い始めている。
そして——その先に、何があるのか。
ティオには、まだ分からなかった。
だが——きっと、大丈夫だ。
この子たちなら——きっと。
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すみません体調を崩して思考がまとまらず次の話が難航してます。
明日にはあげたい……です꜀( ꜆×ࡇ×)꜆




