7話:外結線
「マジめんどくさいぞ……またかよ」
狭い一本道の通路で遭遇していた。
奥からワラワラと湧き出る。
そいつらは、鶏の頭をした人型の筋骨隆々な魔獣だ。
手には腕の太さよりもある棍棒を握っている。
俺は、対面していた。
どうしようもなく、ため息がでた。
湿った石の匂いと濡れた羽根の生臭さが鼻を刺す。胃がきゅっと縮み、喉が一つ鳴った。
「イカれてるな。こいつら」
連中の口は締まりが悪い。
涎が垂れて目は明後日の方を向いている。ヤベェ直感が「退け」と脳裏で鳴る。体が後ずさる。
経験値や実績値があれば、ここは最高だろう。そんな物ははなから無い。
あるのは差別と絶望とほんの少しの戦闘力だ。後、食欲もな。
まだ俺を敵とみなしていないのか、それとも出揃ってから襲ってくるのか。
通路に隙間なく敷き詰めるようにして鶏頭はぎゅうぎゅう詰めに押し込んでくる。
通路の空気がぐしゃりと詰まる。頬が内側へ押し込まれた。
左耳がビーッと割れる。視界の一枚が引き裂かれ――次の瞬間、
「グハッ!」
頬骨が砕ける。温い血が顎を伝い、視界が紙切れのように裂ける。金属の味が舌に回った。
【未知速度:検出/予備動作なし】
【致命傷:発生】
顔がほとんど陥没しやがった。
予備②の34秒を胸に叩き込む。鼓動が暴れ、視界が白に滲んだ。クソッ、顔は戻った――突っ込む。
【結線:状態全快】
【稼働残:34秒|予備①:5時間|予備②:なし】
丸い表示の縁が一瞬ちらつく。肺の奥がざわつき、声が出ない。〈思考加速〉、入れる。
〈思考加速〉――灰にノイズ。世界が薄皮のように震え、足先が遅れる。
動作の繋ぎ目が擦り切れ、時間が詰められていく。
息を呑む暇もなく、目の前の鶏頭が迫ってくる。
速すぎる。目が追えねぇ。外したら、顔が割れる。
せっかくの五時間を消費なんてしたくねぇ。
こねる! 俺はこねるゾォおお!
偽命をこねる――6秒。破棄。ロクロは空回り、指先が震え、汗が掌を滑る。
秒が俺の心音を奪っていく。
もう一回だ。
来やがった! これ、フラグじゃねぇよな?
【製作】偽命(11時間32分0秒)→予備②に格納
【触媒:魔石キューブ(低格)×1 消費 → スタック 28/100】
白牙!
空振り。肩がビキ、と止まり、奥歯に血の味。くそ、角度が違う。
修正――斜め差し。
次も同角。肘の返しで再現。
少し距離の離れた相手の頭を食らいつき、もぎ取る。
黒牙で、正面の“棍棒を振り上げた鶏頭”の首をもぎ取る。
一拍読み違えた。棍棒じゃない、踏み込みだ。軌道修正、首へ。
ペッ。歯茎が痺れる。嚥下してねぇ、返還なし――無駄噛みだ。吐き捨てる。
チッ、時間が減るじゃねぇか。
「食いまくってやらぁ!」
叫びと一緒に顎が前へ出る。息が荒い。次々と敵の頭を噛みちぎり、床に叩きつけた。
「ソラ! ソラ! ソラ! ソラ! ソラああああああ!」
俺は全力だ。もう瞬きする暇もなくもぎ取る。
次々と大根を抜くが如く、猛烈な勢いで鶏頭が減っていく。
「ハァ……ハァ……」
肘の接合部が汗でぬめる。白と黒の顎根が、呼吸に合わせて小刻みに震え続ける。
体が鉛みたいに重てぇ。汗も止まらねぇ。
ハァ……ハァ……だめだ。喉の奥が狭まり苦しくて、息を吸うたびに焼ける。
なんで、終わねぇんだよ。息の音だけが、心音を鼓舞しやがる。
胸が押しつぶされるように打つ。
【稼働残:48秒】
思考加速の間でしか太刀打ちできねぇ。こいつら早すぎんだよ。
解除した途端、さっきと同じく顔かまた別のどこかを棍棒で潰されるだろう。
試せねぇな。死ぬ。
これじゃ解除できねぇよ。
膂力はあるが、簡単に食いちぎれるところを見ると、極端に脆い。
最初から一撃必殺で攻めてくるのは、それが理由かもしれない。
このままだと、思考加速で突っ走るか、偽命を燃やして耐え続けるしかねぇな……。
短くなりやがった。灰色の世界が剥がれ、視界の輪郭が揺れる。もう半拍だ。これ以上やれば戻る。間を――挟め。
クソ、宿帰って寝てぇんだよ。
あ、一応ミミも探さないとな。その前にこの鶏頭、後何体だ?
数えるのやめた。来るぶん噛む。
「いくぜ!」
一体、棍棒をわざと落として踏み滑ってくる。反射で壁に肩をぶつけた。痛い。無視。
「オラ! オラ! オラ! オラ! オラ! オラ! オラあああああー!」
首がもがれても思考加速の間では、こちらの方が早く相手がそれに気がつくまで時間差がある。
通路の奥までようやくたどり着いたところを見ると、今のが最後尾のようだ。後は周囲にはいない。
「今度はなんだってんだ?」
白い石畳の部屋は広く天井も高い。大ホールという感じだ。
そこに忽然と顔だけの像が壁面に巨大な円盤の中にあり、いかにも罠な気がしてならない。
『真実の口』じゃねぇ。『罠の餌食』だ。
白骨が目につき始めた。
風はないのに、円盤の口だけが薄く鳴っている。
どういうことだ? これまで一つも見かけなかったがここにはいくつもある。
壁に持たれて崩れている者。そのまま倒れている者など複数だ。
出入り口近くの骨が、手帳を握っていた。拝借してめくる。
『白靄=保全庫?』『他色は毒』『眼=封相』『白は“待避”』
走り書きだらけで確証はないが、ここ一帯に“保存寄りの処置”があるのは間違いなさそうだ。
他にも何か書いてあるが、今は読んでいる暇はなさそうだ。
使えそうな物をバッグ一式、魔法袋に収めた。
いや、待てよ。
なんだここは。なんでここだけ人がいるんだ。
よく見るとこのホールは崩れかけた壁面が方々にある。
腐っているがまだ肉体をもつ者もいる。
まるで、ここに押し込められ逃げ場を失った者の最期を見ている感じだ。
白い靄はずっと薄く流れている。腐敗臭は弱いのに、骨は乾いていない。
【観測】靄:持続/腐敗臭:低/骨:乾燥なし
とりあえず“保存寄り”。言い切っておく。
とはいえ、俺が入ってきた入り口は開いていたんじゃないのか?
もしかするとこいつらは鶏頭に追われてここにきて、逃れようがなくなったということなのか?
何も起きない。壁に背を貼りつける。喉が鳴る。干し肉を噛み、水で押し流す。
干し肉を二片、霧の内と外に置く。十数カウント、数える。
【観測】外=縁から乾き戻り/内=湿度維持、色変なし
保存寄り――で“確度”を一段上げる。
鶏頭は現れないし、石像は動かない。
手帳に記載の霧と光は気になるが、まだなんとも言えない。
そういえば、大量にある回復ポーションをあの腐った遺体に振りかけたらどうなるか、純粋に興味が出てきた。
「何者かしらねぇけど。ちょっと試させてくれ」
それっ――
俺は頭からドバドバとふりかけてみると、異様な光景をみた。
そんなことってあるんか?
回復薬をぶっかけると、肉が逆巻きに戻り、皮膚の繊維がほころびて閉じる。温い匂いが鼻をつき、汗が凍った。
まるで生きている様に見えるけど、と首元に手を当てるが脈拍はない。
やはり死んだままなのだ。
見かけははっきり言ってかなりの美女。見た目は二十代前半――肩までのブロンド。
生前はかなり多くの者に言い寄られたんだろうと思う。
まあ、死んだら終わりだな。
これでポーションは生死にかかわらず肉体の損壊が直せることを知る。
恐らくはとんでもない高級なポーションなのかもしれない。
もしかして俺が作る偽命を与えることってできるのか?
死んだ者限定ならどこかできそうな気がしてきた。
【外結線・触媒:魔石キューブ(低格)×3 消費 → スタック(低格) 25/100】
【製作】偽命(4時間)
え? マジで? あれほど苦労していた時間単位の偽命ができやがった。
これって試せってことか?
でもどうやるんだ。
心臓付近に手を当て、結線するイメージをいつものように絞り出す。あれ? 空気が薄い。
【結線:状態全快】
【レイナ・アルフォンシア・レジーネ:稼働残:4時間|予備:[ー]】
【制約:外結線は単線/予備不可/施術者半径10m以内で安定】
【範囲制限】保存域(白靄影響下)外での初期起動は失敗率 高
【対価:施術者 加速効率 −1段(灰ノイズ増)/リンク維持 −3秒/分】
できちまった。これってまずいな。
軽い確認のつもりだったけど。これ人の命を俺と同じ運命にしちまったな。
胸の底が冷える。貸した寿命が薄く逆流する。これ以上は持っていかれる。
視界の端に細い帯が一本、伸びる。レジーネの残り時間だ――貸しの形。
やっちまったものは仕方ない。
今の状況を説明すべくゆすり起こしてみる。
「おい、大丈夫か? おい、意識はあるか?」
呼吸をし始めたことは胸の上下で確認できた。
瞼が動き始めゆっくり目を開き始めた。
「おい、大丈夫か?」
「え? 危ない! あら? あらら?」
自らの体を何度も触れ、確認し始めた。
「詳しい説明は後だ。お前は白骨化し始めていた。俺の力で短時間だけ蘇生した」
「蘇生? そんな。あなたは神?」
そんな目で俺を見るなよ。ああ、やっちまったな。
「違う、今はこの場所に落ちてきた。お前あの石像知っているか?」
「はい。私はあれの毒霧にやられました」
「霧と光でわかることは?」
「はい」
霧の種類についてと光について確認すると、白以外は毒で白は目から光線が走り、溶かすようだ。絶対にやばい奴だ。
「レイナ・アルフォンシア・レジーネだな? 蘇生する時に名前がわかった」
「その名は真名。それがわかるということは、あなたはやはり神なのですね」
「違う。共犯者だ。お前と俺な」
「ふふ。おかしな人。なんと呼べば」
「悠斗だ。お前はレイナがいいか?レジーネか?」
「レジーネとお呼びください。悠斗様」
「帯、荒れてますわ。……今は、密着した方が安定します」
「離れると切れる。半径十メートル以内、できるだけ触れてろ」
「理由は十分。全部預けますわ」
「一拍で――結線起動。……今」
肩と額を合わせる。呼吸を一つ、二つ。拍動が重なる。
石の冷たさと彼女の体温――余計な声が消え、帯がまっすぐに伸びた。
【外結線:接触面↑|呼吸同期|損失/分:+3秒 → +1秒】
【外結線:安定化(半径≤10m)】
しばらくして、頬を上気させたレジーネが、うっとりと目を上げる。
指先に体温だけが残っている。帯は滑らかだ。
「……生き延びたな」
「ええ、必要だからですわ」
さて、問題はこれからだ。
レジーネがいうには、この石像を倒し鍵を得ることでこの石像のふもとにある魔導具に差し込むことで出られるという。
まさにどん詰まりなわけだ。
つまり、今俺は単独であの意味のわからない石像と対面しぶっ壊す必要がある。
いくら噛み砕ける魔獣の顎と言ってもな。
石、相手に効くのか?(黒は捻り、白は直線――通らない筋だ)
継ぎ目か、楔か、目だまりの溝。――どれか一つ、割れる筋を探す。




