6話:白牙解放
【位置:溜め池・中央島(保管庫)】
【稼働残:35秒|予備①:28秒|予備②:34秒】
島の縁を〈顎〉で削って石粉をひと握りつくる。
扇状に撒くと、宙と水面で粉が裂け、歪みの稜線が浮いた。
ついでに鉄棍で水面を薙ぐ。波紋の位相が乱れる地点――頭、首、腹。見えた。
「ん? 何だ!」
左腕の骨が、負荷も痛みもないのに軋んだ。
皮膚の下で、じわりと熱が走る。蠢く何かが、自分じゃない。
脳裏で分かる――右腕と対になるやつだ。
【白牙:解放】
返還の累積が閾値を超えた――そんな手応えだ。
「……来い」
左腕が右腕と同じく、狼の顎に変わる。真っ白だ。
おいおい、これじゃどちらも顎じゃねぇか。
やるしか、ねぇんだよっ!
――拒絶はなかった。むしろ、懐かしい感覚すらある。
五指を動かす感覚で、顎が動く。
今は考えるより行動だ。
〈思考加速〉。世界が灰に沈む。
近いのは島の影から突き上がる一本。
島の縁を一歩踏み切り、右の黒牙を喉前へ浅く差し入れて嚙み千切る(嚥下なし)。
筋が切れる手応えだけ、飲み込まない。
【返還:+12秒/呪蝕なし】 → 【稼働残:47秒】
解除。
「グバッ!」
蛇がのけぞる。首の関節が半拍、遅れる。
二撃目で捻り切る。胴が水へ崩れた。
二本目が口を丸ごと開けて噛みに来る角度だ。
静かな風切り――左腕が、勝手に伸びた。
だが狙いは全然ダメだ。盛大にズレる。
「この感覚、違う! ああ、クソが!」
よくわからんが、こうか?
伸びる。だが違う。違う。
再度伸びるのはわかったが思うような方向にいかない。
というより感覚が違うんだ。
慣れない左手で箸を使っている感覚に近い。
集中だ。集中しろ。
こうやって、こうだろう。そんで、こうだ!
やっと、思ったのと近い方角に伸びる。
そして先の蛇に噛みついた。
【白牙・伸顎 −2秒 → 命中(霧粒ノイズ 0.3秒有利)】 → 【稼働残:45秒】
先端だけが直線で飛び、顎の端を噛み留める。白い霧粒が弾け、動きが半拍止まる。
俺は足を一歩入れ、右の黒牙で喉輪を捻り抜く(嚥下なし)。
【返還:+15秒】 → 【稼働残:1分】
蛇が痙攣して沈む。屈折膜が解け、ただの肉色になった。
「……もう、いねぇのか」
あたりを見渡しても、水面のさざなみだけ。
息がまだ荒い。胸の内側で、命の音がやけに響く。
気配集中。目を皿にする。
……いないのか? 本当に?
俺の息と心音しか聞こえねぇ。
さてと――取るか。
首根の裏、環椎のあたりを指で探り、黒牙の歯で小さく切り出す。
魔核(小)を二つ、魔法袋へ。
【取得:魔核(小)×2 → スタック 2/100】
泡がぶわと咲く。三本目。
「チッ、またか」
島の縁の外を円を描いて回っている。盾みたいに石柱の陰を使ってくるタイプ。
「柱、借りるぞ」
島の支柱の根元へ黒牙を斜めに入れ、角を落とす。
【環境破壊:寿命コストなし(経過のみ)】
傾斜が生まれ、蛇の進路がズレた瞬間――
【白牙・伸顎 −2秒 → 空振り(肩止め:短)】
「ちっ」息が漏れる。肺が焼けるように乾く。
半歩、横へずれる。視界の端で秒針が喉を刺す。
もう一度、真正面。今度は外せない。
【白牙・伸顎 −2秒 → 命中(霧粒ノイズ 0.3秒有利)】 → 【稼働残:56秒】
噛み留めた瞬間に、右の黒牙で頸を切り落とす(嚥下なし)。
【返還:+11秒】 → 【稼働残:1分7秒】
静かになった。だが、胸の奥ではまだ金属の音が鳴っている。
水面の輪がほどけるたび、呼吸が一拍遅れる。
白い左腕が呼吸に合わせて震え、やがて無理やり収まった。
「……これが“白牙”か。伸びるのは一直線だけ。柱や盾には弱い。覚えた」
しばらく待つが敵が現れない。
もう一度あの石壇の中身を確認したが、空だ。
島の蓋を戻し、足場の角度を蹴ってならす。
胸の奥でいつものロクロを回しこね始めた。
数秒単位の物は次々と捨てていく。
なかなか今回も当たりが出ねぇな。作られるの十秒未満のクズの偽命。
そろそろ当たりがでないと相当まずいな。
焦りを噛み潰す。……一旦、気持ちを落ち着かせ、ここでこねるか。
ああ、なんだかな。
両腕が魔獣の顎って時点で、俺もう人間やめてるよな。
あ、俺もう死んでるんだった。元・人間か。
それでも――生き延びたい。当たり前の、それが全部だ。
指が焼けるように熱い。
俺はひたすらこねまくる。
ここは湿度・温度が安定してる。鼓動も落ち着く。成功率が一段上がる感覚。
あれ? 待てよ。今使った魔石、さっき取った魔石キューブじゃねぇのか?
【触媒:魔石キューブ(低格)×1 消費 → スタック 29/100】
……まさか。指の震えが止まらねぇ。
「来た……! 5時間だ。やっと……だ」
笑ってるのか泣いてるのか、自分でもわからなかった。
【製作】偽命(5時間)予備①(28秒)→破棄
【製作】偽命(5時間)→予備①に格納
ミミは――まだ。あいつなら要領よくやるだろう。
そういや、あいつエドと言ってたが江戸なのか江都なのかわからん。
陰陽師っぽいのも考えると純和風な場所ってことなのか。
ひと段落したせいか、他人のことまで考えられるぐらいまで落ち着いた。
「あと少し稼いでから合流できるだろうか。どこにいるのかもわからん」
そもそも俺がいる位置もわかんねぇな。落ちたら上がるただそれだけだ。
俺は次の歪みを探した。




