30話:匂いは門を指す
「塔にしちゃ、でかいな」
これまで記憶にある中では一番大きい。
城かと思うほどの円柱の幅で、雲よりも高い気がする。
「これほどの大きさだと、相当高度な実験をしていそうですね」
レジーネはどこか感心した様子。
「例えばどんななんだ?」
「そうですね。多重転移を用いた高高度移動や高高度から下降実験などができますね」
「とんだ先でまたすぐに飛ぶとかか?」
「ええ、そう思っていただくとよいと思います」
うん。よくわからん。
それが必要なのかもふくめてだ。
とくに施錠もされていない扉は木製で、押せば見開きで中に入れた。
何か防犯的な仕掛けもない。
誰かがあさるなんて想定していないんだろうな。
まぁ俺たちがきても、何がどうなっているんだかわからん。
奴らの記憶の一部だとこの上のフロアにヒントがある。
帝都エドにつながる転移門があるはずだ。
とは言っても見てわかっても、動かしかたや飛ばせても定員人数までわからん。
「転移系はですね。その昔賢者ラフィが作ったともいわれています。なので、ここにある帝都エドへの転移門も同じ系統を組んでいるのではないかというのが私の予想です」
さすが専門家。
俺にはさっぱりだが、系統が同じなら操作性も同じになるのは俺でも理解できる。
「その前に少しまってくれ」
俺の残存稼働時間が30分を切っている。
予備はまったくない。
【レジーネ稼働残:23時間5分20秒】
【製作】偽命(5分1秒)→ 破棄:集中−
【製作】偽命(42分38秒)→ 破棄:集中−
【製作】偽命(20時間39分17秒)→ 予備1へ
【製作】偽命(2分31秒)→ 破棄:集中−
【製作】偽命(7時間45分10秒)→ 予備2へ
ひとまず、これでいいか。
思ったより、数値が高い命が作れるな。
リリの持つ、「灯りの巣」並みだ。
なんでだ? 場所か?
まあいい。先を急ぐか。
まずは目的の場所の確認だ。
他には目も触れず、すぐに上段への階段をみつけ上がる。
上の階についた途端、目を奪われた。
一瞬で空気が変わりやがった。
塔の中だろ? なのに、雲が流れるし、風が吹き抜けるって変じゃねぇか。
光だって、どこから差しているのか、わかんねぇしよ。
それでもな、草木のざわついて、柑橘のような甘い匂いが鼻をくすぐる。
な、わけわからん。
「どうして……自然がここにある?」
俺の声と同時に、地面がうねった。
黒い影がいくつも割れて――牙がのぞく。
「魔獣……!?」
次の瞬間、風が裂けた。
牙と爪が、空そのものを切り裂いて迫ってくる。
「マジか……思考加速」
レジーネが息を詰めた。
「永久凍土!」
「いくよ!釘神」
「どう~にでも、な~れ~」
出た!リリの適当魔法。
どうしても俺には、そのように聞こえる。
でも効果は絶大だ。
ミミやレジーネの傷が瞬く間に回復。
もちろん俺も回復していく。
「いけー! 喰らいやがれ」
黒顎で目の前の魔獣にくらいつく。
間髪いれず横から飛び出す魔獣は左腕の白顎で対応し喰らう。
思考加速が入らねぇ。
左右の顎を全開にし、正面から。
次に右は黒顎で魔獣の頭を喰らう。
左は、白顎を射出。飛びながら一気にかっさらう。
間に合わねぇやつはけり上げる。
白顎が戻ってきても、減らない。
その分喰らった分の命の秒数はうなぎ上りだ。
おいおいプラス2時間かよ。
喰らった相手の命を換算しても数分が関の山。
ところがここだと数時間。
儲けているけどな。
まったく、でたらめな場所だな。
なんだ、きりねぇぞ。
最初に入ったあの地下迷宮と同じく鶏魔獣と同じであふれてくる。
「悠斗様、減らないです」
「悠斗、なんかやばくない?」
「撤退だ。俺はしんがり。お前ら先に入り口へ」
「悠斗さま――」
「いいから、早く」
入って間もないため、すぐに出てこれた。
途端、魔獣たちは俺たちを見失ったようなそぶりだ。
「なんだ。難易度高くねぇか?」
「いまの沸き方だとキッツって感じ」
「ええ、そうですね。私もかなり消耗しました」
「ちょっと待ってくれ記憶を辿る」
俺はまだ息が落ち着かない。
見た感じなら、この出入口を潜り抜けると存在を検知するみたいだな。
待てよ。俺が吸い取ったラフィのコピーのヤツらの記憶は偽物ってことはあるのか?
いや、それはなさそうだな。
明らかに俺が吸いとるのは知らない様子だった。
本当にこの塔か? ん?
この記憶だと別のゲート起動場所があるな。
「1階に別の起動する箇所があるみたいだ」
「えーっ。それは早くいってよー」
「悪い悪い、俺もよくしらなかった」
「でもよかったですわ。悠斗様がご存じなら、解決策はあると思いますの」
息が落ち着いたところで、確認してみるか。
「皆大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。いつでもいけます」
「うん。ダイジョブ」
「ダダさま、いこーいこー」
「んじゃいくか。ついてきてくれ」
俺の知っている記憶は、かなり靄がかかっている。
なんか、濃霧の中を歩く感じなんだよな。
しかも匂いつき。
なんだよ。これクセェよ。
魚を干しているような生臭さだ。
ん? ということは、このクセェのが正解の道順ということか。
「多分な――」
俺は足を止める。
「どうしました悠斗様」
「臭くなる」
「え? 匂いですか?」
「ああ、この先匂いのする方へ向かう。それが答えだ」
1階は天井は高いが目視できる。
複数の通路がいりくんで迷路に感じる。
それでもはっきりしているのは、匂いだ。
「あっちか」
匂う。マジで生魚を干した感じの匂いだ。
これヒントがなければ迷うやつだな。
どんどんきつくなり、鼻が曲がりそうだ。
「キッツゥー」
最初にミミが悲鳴をあげた。
「これは、なかなかですね」
次にレジーネが根を上げ始めた。
俺とリリは言ってもどうにもならないし、言わないのは共通していた。
これはある意味嗅覚をもつ、「人除け」とも言えるな。
まさに耐え忍ぶ。
突き進んだ先に見えてきたのは大きな広間だ。
人の背丈の3倍程度はありそうな、白い八本の石柱が円環に立ち並ぶ。
中心部も円環があり、二十人ぐらいは立っていられそうな感じだ。
ここが例の場所ってわかるんだが、どうやって動かすんだ。
「レジーネわかるか?」
「ええ、少し調べてみます」
操作台かと思われる場所を慎重に触れている。
だが、それほど時間がかからなかった。
というのも、難しい顔つきが笑顔になったからだ。
「わかったのか?」
「ふふ。わかりますか? これ作った人はかなりものぐさかもしれません」
「ものぐさ?」
「はい。おそらく一人で操作して、一人で向かうそんな作られ方です。簡単にできるように作られています」
「転移するには魔石とか必要なのか?」
「この操作台の意味することの理解がただしければ、あと数回はいけます」
「ただ、帝都エドとは書いてないんだろ?」
「これがですね。わざわざ書いてあるんですよ」
「マジで?」
「はい。これは帝都エドで。エンシェント、ファーリング、これはかすれて見えない物と4か所あります」
「帝都エドの名称以外全部知らんな」
「はい。これは、伝記で記された場所です。神々がいたとされる場所ですが実在したんですね」
レジーネは目を輝かせながらいう。よほど興奮しているのは、歴史好きなのか?
「どうやっていくんだ?」
「この歯車を行きたい名称に合わせて、あとはこの大きな石を押すだけです。メモリをみると手を10回たたいたあとぐらいに転移される様子です」
「ざっくり10秒ってところか」
「再度同じ場所にいくには、この石がもとの位置にもどってから押せばいけます」
レジーネが装置を操作し、円環の魔法陣が輝きを帯び始める。
「円環の中に先に行ってくれ、押したらすぐいく」
「わかりました」
小走りにレジーネは円環に入り、あとは俺だけだ。
「よし――押すぞ」
悠斗が中央の石へ手をかける。
全員が円環の中へ入る。魔法陣が振動を始める。
「行くぞ。みんな準備は――」
その瞬間。
「うわっ!」
足元のケーブル状の管に足を取られ、悠斗は見事に転倒。
石の上にあった手が、ガンッと滑るように強く押し込まれる。
「ちょっ、押しすぎです悠斗様!?」
「え? いや、今のは――」
床の魔法陣が眩く輝く。
光がうねり、空気が裂ける。
「待て! まだ俺――っ!」
レジーネの声、ミミの悲鳴、リリの小さな叫び。
彼女たちの姿が、光に吸い込まれていく。
悠斗は床を蹴って駆け寄る――が、間に合わない。
「悠斗様、手を――」
届かない。光に飲まれながら、レジーネの指先が宙に溶けた。
「くそっ、待て、まだだ!」
光が収束し、音が止んだ。
そこに残っているのは――悠斗ひとり。
魔法陣の中心には、微かに焦げた“命の結線”の紋が残っている。
【命の結線 切断】
「……レジーネ」
声が出ない。
胸の奥の冷たい穴が、心臓の音を吸い込んでいく。
「しまった……」
静寂の中で、円陣の石からかすかに脈動が走る。
レジーネが言っていた言葉が、ふと蘇る。
「メモリをみると手を10回たたいたあとぐらいに転移される様子です」
「再度同じ場所に行くには、この石が元の位置にもどってから押せばいけます」
「……そういうことか」
悠斗は拳を握る。
膝をついたまま、息を整えた。
「待ってろ。今、すぐに行く」
掌を石の上に置く。
再び、魔法陣が輝きを取り戻す――。
――続く。
悠斗は――? レジーネは? リリは? そして、暗躍するミミの行き先は。
点在する帝都エド、ラフィの影、失踪する人々。
すべての針が、ひとつの“秤”へと集まる。
帝都エド編、始動。
「……終わらせる。――影層、展開」




