23話:帰路は静かに、影は開く
「なんだ? 何事もなさすぎるぞ」
あまりにも平和すぎて、あくびが出そうになる。
だが、俺的には今も綱渡りにはかわりねぇ。命、こねている。
命の残高たりねぇな。間違いなく、たりねぇ。
今の俺の残は、よくもない……な。
【稼働残:3分23秒|予備①:なし|予備②:3時間50分41秒】
レジーネの分を最優先なんだけどな。
そういや、おれの予備にいれておけばいいか。
【製作】偽命(5分1秒)→ 破棄:集中−
【製作】偽命(55分19秒)→ 予備1へ
ああ、またこねないと。
ふぅ……肩が張ってやがる。
命をこねる。
粘土みたいに、形があるわけじゃない。
けれど、掌の奥で何かが熱をもって脈打つ。
それを“命”と呼ぶしかない感触だった。
んで残りが3分だから、そろそろ予備1で結線するか。
【破棄】稼働残:3分13秒→予備1を結線
【稼働残:55分18秒|予備①:なし|予備②:3時間50分41秒】
またこねる。
力んでいたのか、気が付いたらいかり肩だ。
ふぅ。
一息つくと体の余計な力がぬける気がした。
【レジーネ稼働残 1日5時間0分2秒】
それにしたって、宿題おおすぎんだろ。
ああ、適当に寝てすごすのって、今じゃ贅沢すぎんだよな。
向こうの世界で言う“タイムイズマネー”ってやつも、こっちじゃ通じねぇ。
俺にとっては、タイムイズライフだ。
ぼんやりと考えていると、声がした。
「ふふふ」
レジーネが俺をみて何やら笑っている。
「ん? なんだ?」
「ごめんなさい。悠斗さまがあまりにも、表情の移り変わりが多くて。顔で七変化しているみたいで、おかしかったの」
「ああ、顔にでていたか」
「でていました」
レジーネはなんだか楽しそうにニコニコしている。
その笑みは、氷の下から芽吹く春みたいだった。
ここに来るときの岩肌や壁、それに魔獣など遭遇したときの緊張感は今はない。
しかもゆっくりと歩いている。
リリは雲のようにふわふわ浮いて飛んでいて、ミミは今は先頭をまっすぐ前を向いて歩いている。
レジーネは俺の横に寄り添うようにしていた。
この娘とも一蓮托生なんだよな。この笑顔みていると命ってマジ重い。
なんで蘇生しちゃったんだろな。
出口が近づいてくると、思い出す。
好奇心?
ああ、そうだ。まぎれもない好奇心だ。
俺の原点だな。
一人なら自分の自己責任だけど、こうなるとそれだけじゃ済まないんだよな。
責任ってヤツか。
出入口の光を浴びると、どこかすがすがしい気持ちになる。
昼時の陽の光を浴びて思った。
生き返らせてよかったのかもしれないな。
ふと俺は、答えのでない思いに、自分なりに答えたつもりでいた。
「なんか、すっごく帰りは早かったね」
ミミは今までの何だったのと言わんばかりだ。
そりゃそうだ。あの得たいの知れない魔獣たちは、なぜか帰りにはいなかったからな。
本来、このぐらいの時間間隔であの場所まで往復できるのが普通なんだろう。
目の前に見えてきたのは、巨大なあれだった。
「イルダの橋~」
リリは気に入った様子だ。
ミミは肩の力が抜けている。あきらめたのか。
「ミミ、なれたのか?」
「そんなわけ、ないっしょ!」
表情は怒りでもなく悲しみと絶望を足して2で割った感じといえばいいだろうか。
まああれだな、絶望だ。
どうみたって、今にも壊れそうなほぼ透明の円柱の中を通って上空を滑っていくんだ。
あれが絶叫系でなくて何になるってやつだな。
「ヤベ」
「ん? あなたもブルッタ?」
「いんや、楽しみでしゃーねー」
「むっ」
「それではまいりましょ。師匠のところへ」
ミミが出入口で躊躇していると、レジーネが背中を押した。
「え?」
「いってらっしゃい」
「ぎゃー!」
吸い込まれるようにして上にすっ飛んでいった。
笑顔で見送るレジーネは意外と大胆だった。
「私たちもまいりましょ」
レジーネが入り、俺とリリも一緒に入った。
「ヤベーおもれー」
「きゃはははは」
俺とリリは愉快爽快だ。
このまま面白おかしく到着まで滑っていると思っていたが違った。
イテッ。なんだ、今の。
脳裏に突き刺さる痛みと胸の鈍痛。
奇妙な記憶がよみがえる。
――黒。
闇が、重い。
音がない。温度もない。
それでも、光だけが呼吸していた。
それは、剣の刃だった。
ひと振り。
空気が裂けた。
その後を追うように、無数の光条が放たれ、
空間そのものが切り分けられていく。
「影層、展開」
声がした。
――俺の声だ。
身体が勝手に動く。
思考より先に、何かが戦っている。
見えない敵。
いや、“敵”と呼ぶことすらできない。
光の矢が飛び交い、斬撃の軌跡が残光として残る。
見覚えのある手。
見覚えのない構え。
「命、消費開始」
ああ――そうだ。
この感覚、知ってる。
熱いのに、冷たい。
生きながら燃えていく。
目の前に、もうひとりの俺がいた。
その瞳は、氷みたいに澄んでいた。
感情の欠片もない。
「お前が“俺”を忘れたからだよ」
――封印が、切れた。
誰の声かも、わからなかった。
――何を?
そこまで言いかけた瞬間、光が弾けた。
耳鳴り。
眩暈。
目を開けると、リリの顔があった。
彼女の掌の光が、俺の胸を包みこんでいる。
「ダダさま、大丈夫? なんか苦しそう」
「あっ、ありがとな。そのリリの光で少し楽になったよ」
……夢、だったのか?
いや。
手のひらがまだ熱い。
焼け焦げるように、何かが残っている。
手のひらに焼き痕はない。
それでも“燃えた感触”だけが、まだ鼓動していた。
「ほんとう? やった! がんばるね」
「あっ、もう大丈夫だよ。ありがとな」
「うん。いつでも言って」
ダダさまの役にたったーと声をあげて万歳している。
よほどうれしかったんだな。
それにしても今のなんだ。本当に俺の記憶なのか。
わからん。
さっきまでの爽快感は、消し飛んでいってしまった。
遠くでミミの絶叫が変わらず聞こえるような気がするぐらいだ。
「よっと」
減速し着地。
なんとも便利だ。まるで抵抗を感じない滑りで結構癖になりそうな面白さ。
ミミは膝に手を当てて、呼吸が粗い。レジーネはなんてことなく、澄ました顔して俺たちをまっていた。
「師匠のところへ参りましょ」
「ああ」
「いこーいこ-」
「あら? 悠斗さまどうかなさいました?」
さっきの記憶が頭の片隅にのこっていたのか、返答がけだるさを答えてしまったみたいだった。
「いや、大丈夫だ」
先の記憶は一旦、頭の片隅へ追いやった。
そのままの足取りで向かう。
ほどなくしてつく。前回訪れた雰囲気となんらかわりはしない。
「やあやあ、やあ。早かったね」
「視写符をとってきた。無鳴の針もある」
「ほう。まさか針がとれるとはね」
「おいおい、鼻から取れないものを依頼したのか?」
「そんなわけあるまいさ。取れる者には取れる、それだけの話だよ」
どちらとも受け取れる。なんともいえない返答だ。
「なあ、2つ聞きたいことがある」
この時、空気がピシャリと鋭くなった。気のせいと言われればそうかもしれない。
「まずは、いってごらん」
「神殿の地下に住まう人のようで霊でもありそうな存在。見聞きしたことあるか?」
即答しないところを見ると何かありそうだ。
思案しているのは、答えにくいのか、答えられないのか。
「そうさね。どのような存在かわからないさね。その女のことは、知らない」
女? 俺はそんなこと言ったか?
いや、言っていない。
住まう人か霊なのか聞いただけだ。
どういうことだ?
俺はこの女の目を見て、視線で問いかける。
本当にそうなのかと。
今いわないということは、理由がある。
あえて、そこは今は踏み込まない。
「わかった。次に」
「影層」
この言葉を口にした瞬間、一瞬で複数の魔法陣が空中に浮かび上がる。
「……誰に、その言葉を」
女は下唇をかみ、瞳孔が細くなる。
その瞬間、床一面に円環が走った。
必死な形相でのまま光が弾け、空気が裂ける。
女の背後に、見たことのない影が立っていた。
光の中なのに、黒かった。
それが女の口を塞ぐように手を伸ばした瞬間――。
「消えた……」
レジーネの声が震えた。
「あの顔……知識としてじゃない。記憶として“影層”を見た顔だわ」
レジーネの言葉に、背筋が粟立った。
なんだ? なんだっていうんだ。
残された俺たちは、しばし何も言葉を発しないでいた。
いや、出なかった。
「師匠」
レジーネの声だけが、この部屋に響く。
レジーネが呼びかける後ろで、ミミの唇がかすかに歪んだ。誰にも見えない角度で。




