19話:顛末を告げる声
……太鼓の音が遠ざかり、沈黙が世界を包んだ。
「……音が消えた」
さっきまでの鼓動も、剣の熱も、嘘みたいに遠い。
その“静けさ”が、次の不吉を知らせていた。
「待っていたよ、11人目」
現れたのは、妖艶な女性で見た目は20代後半ほど。
その黒い瞳の縁には、一筋だけ乾かぬ涙の跡があった。
光を吸い込むようなその黒は、なぜか“黒涙”の名を思い起こさせる。
傾国の美女と言われれば、誰もが間違いないと答えるほどの女性だ。
この者が発した言葉のすべてが疑問でしかなかった。
「誰だ?」
俺が今最善と思える問いかけはそれだけだった。
様子からして、レジーネもミミもリリも知らない。
この女性は、俺以外の者には興味がないかのように、彼女たちの存在には気にも留めていなかった。
「まずは欲しいんだろう?――無鳴の針」
なんだこいつは。なぜ知っている?
「……予定より少し早いけど、上が急かしていてね。お前が潰れる前に渡しておけってさ」
「上?」
「気にするな。ただの観測者の独り言さ」
女は笑い、針を俺の掌へ落とした。
冷えが骨に這い上がる。
【付与:静寂の誓約/発声干渉(軽)/鼓動パターン混線リスク】
「代価は音さ。読む者は自分の音を少し失う。それでも要るかい?」
「……借りる」
「いい返事だよ、十一人目」
戸惑いしかない。
もうこの瞬間から、何が狙いか気になってしかたなかった。
「予言の通りさね。気にせず受け取りな。私は、すべての終わりが、どんな音で閉じるか見てみたいのさ」
「顛末が見たい? 抽象的だな」
「十一で揃うと、鐘胆録は別の頁を開く。誰も最後まで読めなかった。……今度は?」
この一言で俺は無理やり納得したつもりで、でも警戒は怠らずにいた。
「なら受け取っておく」
「あと、鐘胆録の石板はこの先をしばらくいった先にあるけど、勇者魔獣もいるから気をつけな。倒してもいいし、好きにするといい」
なんだこいつは、協力的すぎるぞ。しかも勇者と名のつく魔獣だと。
勇者が魔獣に落ちたのか、それとも魔獣が“勇”の名を奪ったのか――わからない。
「なんでそこまでするんだ?」
「さっき言った通りさね。ことの顛末さえ知れればいい」
「どこまで知っている?」
ニヤリと口角をあげると、レジーネやミミとリリを眺める。
「何を」
「もう行きな。……この頁は、まだ早い」
勇者のことなど大して気にすることもない様子だ。
そのまま女はゆっくりと背を向け――
「……無傷で返す、それが条件だからね、主様」
誰にも聞こえぬほどの声で、女はそう呟いた。
◇
「様子が違うな」
白い石造の壁面や天井と通路に先までとは違う静謐さがある。
神聖さがあると言っても言い過ぎではない。
「ええ、ここだけ神殿の一角のようです」
レジーネは思案していた。そこにリリが顔を挟んできた。
「んー。なんか他のダダ様がいる感じ? でも何か違うかな」
首をかしげながら言う。
「あ、ああ」
俺はそのまま前を向いて歩き出す。
俺の残り時間を確認してみた。
【稼働残 42分30秒|予備①:58分11秒|予備②:3時間50分41秒】
レジーネの残り時間はまだ大丈夫だ。
【レジーネ稼働残 2日10時間25分11秒】
顛末を知りたいといいながら、ついてくるわけでもないあの女性に違和感しかない。
ただ悪意は誰も感じることはなかった。それが勘違いなのかは、今はまだ判別がつかない。
「これはすごいな」
俺は思わず口をついてでた。
行き着く先は円形の聖堂のような場所で天井が見えないほど高い。
あまりにも荘厳で静謐な雰囲気から、今まさに何かが降臨しても不思議ではない場所だ。
ステンドグラスから穏やかな光が指す。空気は冷んやりし、森の中の空気の匂いに近い。
ただ知識として知っている聖堂に近いというだけで、まるで違う。
その大きな違いは、目の前に聳え立つ人の彫像だ。目の前の像は、肘から先が鱗と蛇骨に置き換わり、左に小盾。台座の銘は擦れて読めない。
「“勇の左、蛇の右”……古い祈りの型式かもしれません」レジーネが囁く。
「俺の狼とは違うタイプか」
思わず、みたままを俺は呟いた。
「ん〜まるでわからないわ。この彫像とあの遺骨何か関係あるの?」
ミミも困惑していた。
「この彫像は私も初めてみます」
レジーネも知らないとなると、当時から知られていない可能性もある。
「なあ、生贄と言うけど、当時何を基準に誰に対して贄の供物を与えていたんだ?」
「それについては、私も今皆さんが知っている以上のことは知らないです」
鐘胆録の石板はこの先というが、ここの聖堂ではなさそうだ。
この先の彫像の裏にある扉がその先なのかもしれない。
「ここならある意味、安全と言えるかもな」
「ええ、私もそう思います。ここは聖堂ですし」
「そしたらここで休むの?」
ミミがどこか嬉しそうに言う。
「一旦、ここで休んでから向かおう」
◇
俺は、各自備え付けのベンチに横になり、一夜を過ごした。
「寝てるのか……」
ミミは仰向けに横たわり、静かな呼吸をくり返していた。
だが、何かうなされている。
魔導灯の淡い光が頬を照らし、唇がわずかに開いている。
その光景が、まるで夢の中で誰かを待っているように見えた。
「……力。食う……あたしの……」
なんだ? 何を言っているんだ?
背中を指でなぞられたような感覚が走った。
その声が空気を冷やした。
一瞬、俺の首筋を風が撫でた気がした。
夢の中の声にしては、はっきりしすぎていた。
何を言っているんだこいつは。
俺は、息を殺して様子を見る。
「……力。食う」
まただ。
俺は何か秘密に触れたのかもしれないと思った。
翌朝――。
魔導灯の淡い光が、まだ夜の名残を抱えたまま、ミミの頬をやわらかく照らしていた。
まだ、レジーネとリリは寝息をたてている。
ミミはゆっくりとまぶたを開ける。
髪が頬にかかり、寝起きの瞳がわずかに潤んでいる。
……けれど、その瞳の奥に、何か冷たいものが一瞬だけ光った。
「……おはよう、悠斗」
声は掠れて、どこか甘さを含んでいた。
俺は平静を装いながらも、心臓の音がうるさい。
「よく、眠れた……か?」
「うん……でも、変な『夢』を見たの」
「いいのか? 聞いて?」
「いいよ。でもね、さっきまで覚えていたのに思い出せない」
「まあ、夢なんてそんなものだろ?」
「そうなんだけど」
どこか歯切れが悪い。
「何か言ってなかった? あたし」
「ああ、言ってたな」
「え? なんて」
「しきりにあたしのってな。子供のころの夢じゃないか?」
胸の奥で何かが警鐘を鳴らした。答えは言わない。
まあ、嘘でもないな。すべてに答えていないだけだ。
何か勘がささやく気がする。こいつはヤバイと。
力を食うってことは、こいつは自分のために相手を犠牲にしている可能性すらある。
悪いほうに考えて、最悪の場合を想定したほうがいいな。
でも俺は顔に出さない。
ミミはいつもと異なる表情をみせる。
「そっか、うーん子供のころにおもちゃ取り上げられたことかもね」
こいつ気が付いていないのか?
目は見開き、口角が上がっているのを。
「よくある話だな。たまたま思い出したんじゃないか」
「それもそうだね。ありがと」
もし、万が一相手を殺して力を奪うタイプなら、俺を狙う可能性があるだろう。
珍しい、“咬んで奪う”力だからな。
俺なら仮にやられても、自己蘇生ができる。
なら、自己蘇生は目撃していないし、知らない相手なら反撃のチャンスはあるな。
たった一言「……力。食う」の寝言だけど、なぜか確信に変わりそうな。
そんな予感が俺の胸の中で渦巻いてきた。
……そして、その夜、風の音だけが妙に重かった。




