17話:2-3-2:蛇群の門
「なんだ? また聞こえやがる」
ズン・ドン|ズン・ドン・ドン|ズン・ドン
――二拍、三拍、二拍。一定の“2-3-2”で再び始まった。
奥から風が流れてくる。湿った空気が否応なしに肌にまとわりつく。
リズムが変わった? また何か起きるのか。
まずいな。偽命が足りない。
【稼働残 2時間43分13秒|予備①: なし|予備②:なし】
【レジーネ稼働残 2日18時間22分11秒】
今襲われたらかなりまずいことになる。
俺は焦りつつも準備に取り掛かる。
「リリ、灯の巣は今できるか?」
「うーん。ちょっとまってて……ダメみたい。後1日ぐらいたたないとできなさそう」
「そうか、わかった。少しまってくれ、予備の偽命をこねる」
【製作】偽命(45秒)→ 破棄:集中−
【製作】偽命(2秒)→ 破棄:集中−
【製作】偽命(58分11秒)→ 予備1へ:集中−
何でだ。うまくいかねぇ。だが、約一時間ばかりのヤツは早速予備に入れこむ。
【製作】偽命(30分1秒)→ 予備2へ:集中−
【製作】偽命(10分34秒)→ 破棄:集中−
【製作】偽命(3時間50分41秒)→ 予備2:上書き:集中−
これでひとまずは埋めた。
【稼働残 2時間43分13秒|予備①:58分11秒|予備②:3時間50分41秒】
一つだけ気になるのは、あのシャチ頭の気配と姿だ。
俺たちが踏み込むまで、浄化膜の外側から見えなかったことだ。
前に出くわした熊の魔獣と同じなのか。
あの時も屈折膜で致命傷を受けてから、反撃したっけな。
見えない系は、やっぱさハードすぎるぜ。
だってそうだろ? あんなのを避けられるヤツなら、ここにはいねぇよ。
どれほど肉体が強靭に変わってきても、やられる時はやっぱある。
戦いの素人であるのは変わりないし、実戦経験の積み重ねても我流だしな。
その時、脳裏をかすめたものがあった。
なあ――待てよ。
前回は鶏頭が溢れかえっていたが、今回はこのシャチ頭じゃねぇーよな。
だとしたら、ヤバすぎんぞ。
奴から奪ったこの剣で、ぶった斬りしまくるより他にねぇ。
一体どんな仕組みなんだこの剣。
刃は真っ赤に灼熱な状態で、触れると火花が飛び散る。
まあ、斬れるなら、なんでもいいか。
まただ。
腹の底まで響き渡る和太鼓の叩きつける音が先より大きい。
ズン・ドン|ズン・ドン・ドン|ズン・ドン
ズン・ドン|ズン・ドン・ドン|ズン・ドン
何度も反復する。
目の前の通路の奥から得体の知れぬ気迫が迫りくる気がしてならない。
「来るぞ!」
「わかった!」
「ええ、援護するわ」
「がんばるよー」
マジかよ。
人の胴体ほどの太さをもつ大蛇が通路いっぱいに溢れ出し、迫る。
俺は構えた剣を下から大きく振り上げ、頭部を切断。
「まだだー!」
喉が焼けるほど叫んで、剣を振り下ろす。
次の個体の頭部が、空気を裂いて飛んだ。
今は動き回るしかねぇ。
振り下ろした剣を次は袈裟斬り。
この勢いで!
そのまま横一文字に振り抜く。
さらに勢いをつけて体を軸に、回転。
奥歯を噛み締めた。
斬り漏らしは後衛の連中らに任せ、俺はただ剣を振り続けた。
ミミの星導とレジーネの氷結魔法が俺の斬り漏らしを撃破していく。
「符壁」
拳を握り、二本指を立てるとミミとレジーネの前に薄い皮膜で覆われる。
「レジーネ今!」
「はい! 氷結槍!」
符壁に阻まれて動けない大蛇は、一瞬動きを止めた。
その隙にレジーネの氷の槍が頭部を貫く。
さらに続けた。
「いくわ! 断罪!」
頭上からギロチンの巨大な刃が複数の大蛇の胴体を真っ二つに切断。
「やるね。またいくよ。符壁!」
「ありがとうございます。はい!」
ミミとレジーネの連携がとれている中、リリは空中を回転しながら飛び回る。
「どうにでもな〜れ〜」
――彼女の癒しは、呪文ではなく“願い”だ。
悠斗にはそうにしか聞こえなかった。ってかこれ何回目だ?
だが、この時、光の粒が俺たちを包んだ。
俺が過度に思考加速を使うと、加速が弱まるため、今は使わずに温存していた。
それ故に、小さな生傷が絶えない。
このリリーのやる気のないような詠唱で、俺以外の傷は明らかに癒されていく。
「波がとまった!」
【出現門:蛇群】収束/床紋 明滅→消
「思考加速!」
我先にと突っ込む顎に灼刃を食わせる。
火花が散り、熱で皮膜が縮む。抵抗が抜けて、刃は骨ごと滑る。
【特性】高温切断/表皮タンパク凝固→抵抗減
再出現なしを確認して、息を吐く。
「解除」
胸の内壁が軋む。疲労は限界に寄っている。焦っても答えは出ない。
「ダダ様、全部倒しちゃったねー」
「そうか? なら少し、休もうぜ」
「悠斗、ここで?」
「ああ。ここから動くと、また何が起きるかわかんねぇ」
「……賛成です」
【符号】3-2-2:ジャラァ(屈折膜/光線)|2-3-2:蛇群(浄化膜内)
俺だけ太鼓が聞こえる理屈は、まだ拾えない。
「なあ、リリ。さっきの太鼓、やっぱ聞こえないか?」
「聞こえないよー。特定の人だけの合図、だってダダ様が言ってた」
「俺、か……」知らない俺は、ずいぶん物知りらしい。
灼刃を壁へ投げ、掌で呼ぶ。「灼刃、返れ」
刃は軌道を逆再生して柄が手に収まる。
【命名】灼刃〈回帰〉|錨:回帰 設定済
【制約】回帰:視線/印紐付け 直線20m内
何度か試す。挙動は安定。上出来だ。
「悠斗、それ面白いね」
「……借り物の力だ。顎も、剣も」
「使いこなそうとしてるのはあなた。十分、あなたの力よ」
「ほめても何もでねぇぞ?」
「わかってるって」
ため息を一つだけ吐いて、通路の先を探る。鐘胆録、無鳴の針――先へ進む。
……太鼓も、息づかいも、沈んだ。
ただ、沈黙だけが、脈を打っていた。
【スキャン】敵性反応なし/床紋:沈黙




