15話:賢者ノックス、写しの契約
「なんだよ。俺は観察動物じゃねぇよ」
「ふふふ。お主、可愛いな」
「ゲッ。そういうセリフを吐く奴は、ロクでもねぇ奴ばかりなんだよ」
この女、妙にニヤつくな。
「なんだよ?」
「うん」
――被せて「こ」。
「うんこー!」リリが合いの手。
そこにミミが割ってきた。
「ちょっと……ねえ。おバカでしょ? あんたら何やってんの?」
「うんこー!」
リリが楽しそうに俺の頭上で回転してやがる。
……笑い声の余熱だけが、妙に静かに残った。
【稼働残 11時間7分3秒|予備 3時間0分0秒】――うんこネタでかなり時間を使っちまった。
そんでどうするんだっけか?
ああ、そうだ。聞きたいことがあったんだ。
「ちょいそこのヴァーダー君。あたしに聞きたいことあるんだろ?」
「ああ」
「まあ、立ち話も何だ、きなさい」
くるりと背中を見せると歩き出す。まるでついてくるのが当然と言わんばかりだ。
「悠斗様、行きましょ。ミミさんもリリも」
「わかった」
「了解〜」
「いくよー」
今気がついたが、違和感だらけだ。
草木が生き生きして見えているだけで、実際は違う気がする。
どうにもこの違和感に我慢ができず俺は白牙で方々に伸ばし、空中に食らいつくと何度目かで何かの手応えを得た。
寒天みたいな弾力で、白牙をむにっと押し返してくる。
丘の風が頬を撫でる。――草は揺れるのに、風の音がない。
土の匂いもしない。足裏に“踏み心地”が乗らない。
我慢ならず、白牙を空へ伸ばし噛ませる。三度目で薄膜の抵抗を噛み切った。
ざらりと景色が剥がれ、緑が退き、骨のような廃墟が露出した。
「ほう」
賢者が一度だけ振り返り、何事もなかったように歩を進めた。
レジーネもミミやリリもようやく気が付く。
「その感覚で十分だよ。ここは私の可動域で塗った張りぼてだ。本体は、遠い」
「外では姿と声しか出せない。手が届くのは床紋の内側だけさ」
賢者の足は草を踏まない。影も落ちない。
「それに、時間は人を変えるのさ」
諦め気味のため息を含んだ賢者の声は、寂しげでもあった。
まだ多少は時間がある。
ならば歩きながらこねるか。
【製作】偽命(25分11秒)→ 破棄:集中−
【製作】偽命(34分3秒)→ 破棄:集中−
手の中の熱が、砂みたいにこぼれ落ちる。
ここは稼げる。歩きながら、ひたすらこねる。
体感にして五分程度だろうか。
目の前の巨木は、幹回りだけで家が呑み込めそうだ。
根元に家が齧りつくように埋まり、幹に沿って二階までせり上がっている。
樹皮の割れ目から、室内の灯が呼吸みたいに漏れていた。
巨木は家を呑む太さだ。樹齢は“万”を疑うほど。
「静かだろう? 音は情報だ。奪えば気配も薄くなる――覚えておきな」
「さあ、入っとくれ」
「広いな」
あまりの広さに口をついて出た。
三人掛けのソファに腰掛けると向かいの同じく三人掛けのソファに賢者は優雅に腰掛ける。
床に薄く焼きついた紋が円を描いていた。賢者はその円から一歩も出ない。
手を伸ばしても、円の縁で指先が空気に弾かれるみたいに止まる。
「そこに置いときな。ここから先は触れないのさ」
賢者は指を鳴らす。円の内側だけに波紋が走り、書物がふわりと棚から浮かび、賢者の手元に収まった。
「要件はなんだい? 話してごらん。ここにいる私は本体じゃない。意識だけ。
この床紋より外へは出られないし、触れられない」
「さっき案内できたのは、声と幻だけさ」
「要件は三つ――いや、四つ。
一、灰鳴でも結線を切らせない方法。
二、偽命を長くする手立て。
三、レジーネの親族――水晶に収められている者たちの解放。
それと、界人を受け入れる町があるなら知りたい」
「知らない。興味がなかったから、調べてもいない。ただ、手がかりは一つ」
「どこだ?」
「アルフォンシア神殿の地下深く。〈鐘胆録〉という石盤が眠ってる。
読めるようにするには『無鳴の針』が要る。石盤は動かせない。読めれば糸口が拾える。保証はしない。空振りなら、それまで」
「また遺跡か」
「ふぅん。その悩みはレナのことかい?」
「よくわかるな」
「視えるからさ。ここの連中には持てない視界だよ、ヴァーダー」
「偽命で強引に繋いでる」
「なら持続は短い。長くて二、三日。普通は数分。合ってるね?」
こくりと頷く。
「どうせ見返りだろ。対価は?」
「大正解! いいね勘のいいこは大好きだよ」
「はあ、それで何すればいい?」
「そうこなくちゃだね。レナいい亭主見つけたな」
「あぅ。お師匠様……」
「『無鳴の針』を一本、持ち帰っておくれ。それがなければ〈鐘胆録〉は読めない」
賢者は床紋の内側で指を弾き、薄い札を一枚浮かせた。円の縁で止まり、こちら側にそっと落ちる。
「視写符だ。針で刻みをなぞれば文脈が転写される。写しを私に渡しな。紐解きはこっちでやる」
「針は音を食う獣の巣に刺さっている。手を出せば“気配”も削がれる。覚悟はあるかい?」
「まあ、時間はあるからな。構わないぜ。皆もいいだろ?」
「了解〜」
「うん! いいよー」
「悠斗様、そんな安請け合いしていいのですか?」
「それクリアしないと先に進めないんじゃ、選択肢なんてないだろ?」
「それもそうですが、お師匠様のクエストは……」
賢者は笑みを消し、卓に指を一度だけ鳴らした。
「……どのみちロクでもないよ。だが選んで進むなら、道は開く。写しを持って生きて戻ったら、続きを話そう、ヴァーダー」
「ああ、行ってくる。皆行こうぜ」
俺は皆を連れて賢者の家を出た。
来た道を戻る途中、レジーネはどこか気乗りしない様子だ。
ミミは恐る恐るレジーネに聞いた。
「ねえ、やっぱり魔導トンネルだよね」
「そうね。それが一番早いわ。ミミさんなら一度経験したから大丈夫よ」
「リリは楽しかったかなー」
レジーネは不安なのか、いつもより表情が固い。
「そこまで気張らなくて大丈夫だ。俺たちで切り抜ける」
「ええ、ありがとうございます。私、母様や父様。それにお姉様に生きて会えると思ったら、いてもたってもいられなくて」
指をぎゅっとレジーネは握った。
「ああ、そうだよな。それは皆同じさ。誰だって、大切な人と再会できるならそうなる」
「ありがとうございます。悠斗様」
俺はそうは言うものの、自身のことは何も覚えていないことに今更ながら気付かされた。
ここで痛感した。だからどうにもならない。今は目の前に集中しよう。
それに偽命を作り続けなければ、俺もレジーネも生きて行けない。これは死活問題でもある。
だからこそ、俺の力の本質を知る必要もある。
皆が当たり前のようにある明日が、俺は必死に作らないとその明日どころか一時間先ですら存在が危うい。
「なあ、レジーネ。アルフォンシア神殿の地下はどうなっているんだ?」
「あそこは、聞いた話だと魔獣が地上に出てこないように封鎖したのが目的だけど、それ以前に何かの研究をしていたと言われているわ」
「つまり、研究で生み出した魔獣が封じられている場所とも言えるのか?」
「はい。そのため得体のしれない未知なる魔獣の巣窟になっていてもおかしくありません。だから、師匠のクエストはいつもハードなのです」
「それでも行くしかないな」
「そうですね。悠斗様のお力が必要です」
「ん? 俺だけじゃないぜ、ミミもいる。レジーネの魔法も頼りにしている。ほら、俺ってさ命こねないとだろ? 俺とレジーネの分も」
「私を頼っていいんだよ。まっかせなさい。星導の戦士でもあるからね」
「リリもがんばるよー」
「ありがとうございます。私もできる限り力を尽くします」
俺いつの間にか、色々背負ってきたな。
まあ、どうにかなるだろう。というか、どうにかするしかねぇよな。
とりあえず、目先の偽命をこねとスライダーを楽しむか。
俺は魔導トンネルを見上げ、深呼吸した。行く。




